【KACPRO20216】とびたつ君に【第6回お題:私と読者と仲間たち】

なみかわ

とびたつ君に

『とびたつ君に

 大きな声で

 ありがとう、と 言いました』



 25年ほど前に卒業したのハードカバーの詩集で、一番開いた跡がついていたのが、このページだった。この詩は嫌いじゃないけど、「大きな声はけしからん」などと言う奴もいるのだろうか。--僕は大きな紙袋にそれを入れ直した。中には10冊ほどの本があった。



『あなたの通勤時間をカイテキに』と鳴り物入りで導入された、有料座席の車両を連結したスペシャル快速は、空気を運んで久しい。僕はそれを横目に、向かいのホームから、緑準急に乗る。去年と比べれば明らかに人は少ないものの、頭にキャラクターのヘアバンドをつけて、大きな買い物袋ショッパーを持ち歩く女子高生っぽい集団はそれなりにいた。


 僕は図書館へ本を返しに、キャンパスに向かっている。今年になって6回目、そして今日がになる。明日の卒業式(学位授与式)で、同じゼミの女子たちが華やかな袴姿を皆に見せる頃--僕は就職先の近くの部屋へ荷物を出す。この日しか業者の予約が取れず、かなり考えたが--先生も、お世話になった就職部キャリアセンターの職員さんも、だからね、またいつでもここへ来なさいとアドバイスしてくれたので、休むことを決めた。


 去年の今頃は、学校の行事がぱたぱたと中止になり、ホームページをこの4年間で一番見たのではないだろうか。そして学生ポータルサイトへのアクセスがなかなかできなかった5月から6月。オンライン授業が始まって、携帯スマホしかなくて学校のPCも使えない友達は、何人か実家に帰ってしまった。

 就職活動も、最終面接までは、の説明会から、オンライン面接、電話と--慣れないことが続き、いつもは一人暮らしの友達を羨ましがっていたが、いまさら家のありがたみを感じた。


 対面授業も再開され、何度か登校するうち、だんだんと駅の向こう側にあるパチンコ屋や、改札から学校までにある店が何軒か閉店していった。今日もまた、あったはずの居酒屋の看板が外されていた。



「ああ、わざわざありがとうございます。でもよかったんですよ?」

 図書館カウンターの職員さんは、手際よく本の裏表紙のバーコードをスキャンしながら話してくれる。「引っ越しの予定が変えられなくて」と式に行けないことを告げると、残念そうに反応し、僕のマスクを見上げた。

「あの、時間があったら」

「はい?」

「旧図書館のとか、見て行ってくださいね」



 大学図書館の入っていた建物は、僕が入学した時に、老朽化のため取り壊しが決まっていて、本をひたすら新館へ移動させている職員さんの姿を何度も見た。

 取り壊しは去年のゴールデンウイークからの予定だったが、工事はすぐに始まらず、「夏休み頃から色々重機の音が聞こえてきたぜ」と大学の近所に下宿している後輩から聞いた。

 秋学期に、建物にはもうぐるりと囲みがしてあった。--それには4階建てほどの高さはなく、すでに取り壊し済みだった。



 そこは整地され、芝生の広がる公園になっていた。中央の立て札によると、現在置かれているいくつかのベンチは、後々、ここに植えてあったポプラを再利用した木材のものに置き換わるという。


「それと、遊具みたいなものも作るらしいで」

「おっ」

 文字に見入っていた僕が振り返ると、同じ用事か、折りたたんだ袋を片手にした友達がいた。

「久しぶり」

 2メートルくらい距離を取って話す。

「お前も明日来られへんかったけ?」「いや、本持って来るのめんどかったし、あと、も見納めやからな」

「もうは無いけど」

 ほんとうにこの4年間の最後の1年は、圧縮されたようにあっという間だったな、としばらく、会話した。

「なんか、実感わかんなあ」

「せやな、なったし」

 でも区切りの時は確実に来ていた。風にはどこからかの花とか花粉のにおいが混ざっていたし、向こうにある講堂前では、明日の準備をする職員さんが出入りしている。

 あとで挨拶に寄る、キャリアセンターの前にある掲示板にだって、偉い人からの『卒業おめでとう』と書いた祝電があるだろう。

 わずか数分だと思うけど、僕と友達は、しばらくただぼんやりと、立っていた。



 新館の窓を見た。

 今頃、職員さんは僕が読み終えたそれらを、元の棚に戻しているのだろうか。


 卒論を書くために参考にした本、息抜きに読んだ小説。

 就活を終えて、4月からの仕事の予習ができそうなもの。

 そしてなんとなくこの時期にふと読みたくなった詩集。


 きっとまた、次の読み手に取ってもらえるだろう。

 --どの本も、ハードカバーは角がこすれ、ページのめくり跡もあったから。


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