第47話 ふたりと、強力な助っ人達1

 随分と荒れた屋内をひょい、と覗き込んだ水雪みずゆきは、そこに懐かしい顔を見つけた。


「あー! 水雪!」


 それは、向こうも同じだったようだ。いきなり名前を呼ばれる。


 ふくふくとした掌を上げて、ひょこひょこと左右のヒゲを揺らしているのは、カワウソだ。


「どっか行ってたのか? 長い間、見なかったなあ」


 その隣で足を広げて座っているのは子狸だ。手に持った串にかぶりつき、すい、と団子をひとつを抜き取る。


「ちょっと、あの世に行ってたにゃ」


 水雪は、破れた戸板の穴から室内に入ると、きょろきょろと琥珀色の瞳を室内に巡らせる。


「大天狗や、女狐は?」


「まだ来てないよー」

「それより、あの世ってなに」


 カワウソと子狸が目を輝かせて尋ねる。


 廃屋になって久しい建物なのだろう。

 カワウソと子狸は我が物顔で炉端に座っていた。


御姫おひいさんを連れて行ったついでに、七代様にもお会いできて……。あの世でゆっくりしていたにゃ」


 カワウソの隣に座ると、串団子を差し出してくれた。

 鼻を近づけると、懐かしい香りがする。

 ぴん、と尻尾が立った。


「千寿堂のかにゃ?」

「うん。伊織いおりがくれた」


「懐かしいにゃあ」

 ぷるぷると頭を振ってヒトガタになると、水雪はカワウソから串団子を押し頂く。


「相変わらず、変化がうまいなー。ぼくなんて、まだ顔がうまくいかないや」

「ぼくもだよ。尻尾が隠せない」


 むしゃむしゃと獣の姿で器用に串団子を食べるカワウソと子狸に、水雪は苦笑した。


「そりゃあ、こう見えても、ふたりよりは長く生きているからにゃあ」


「顔を見なくなって、どれぐらい経ってたっけ?」

 カワウソが首を傾げ、指を折る。


「十年とちょっとにゃ。戻ってきてびっくりしたにゃよ。夜が明るいにゃ」


「そうだろー!?」

「もう、困っちゃうよね!」

 カワウソと子狸の不平不満を聞き流し、水雪は、串団子をほおばる。


「おお! あの味にゃ! この世に戻ってきた気がするにゃあ」


「そういや、なんで戻ってきたのさ」

 食べ終わった串を手で弄んでいたカワウソが尋ねる。


「それがにゃあ。千代様がいらっしゃったにゃ」

「あの世に?」


「あの世に」

 水雪が頷く。


「天寿を全うされたのだけどにゃ。会うなり、おっしゃるにゃ。『戻ってきて、水雪』って」


「戻るって、どこに」

 子狸がつぶらな瞳をまんまるに見開く。


「瀧川家に、にゃ」

 ぽりぽり、と鼻の脇を水雪は掻いた。


「にゃんでも、慶一郎けいいちろうと志乃ちゃんの間に生まれた次男が……。手に負えないそうでにゃあ」


和織かずおりみたいな感じ?」

 けらけら笑いながらカワウソが言う。子狸も肩を揺らした。


「ひどいよねー、和織」

「いっつも伊織とケンカな」


「和織も、あやかしが視えるんだったっけにゃ?」


「視えるよー」

「きょうだいの中で、あいつだけね」


 伊織と小夏はふたりともあやかしが視えるというのに、その子たちはほとんどその能力を受け継がなかった。


 視えて、気配を感じられるのは末っ子の和織だけ。


「長男の慶尚よしなおも、長女の美慶みよしも、わっしの気配すら感じないのに……。次男の継慶つぐよしは、あやかしがバッチリ視えるし、にゃんかこう……。を持っているにゃ」


「変な力?」


 カワウソと子狸が声をそろえる。水雪は食べ終わった串を炉に放り込み、うにゃあ、と唸った。


「手に触れずに物を動かしたり、人を吹き飛ばしたり……」


「わお」

 カワウソと子狸が顔を見合わせてうれし気に尾を振る。


「いや、これが大変にゃよ。まだ年端もいかない子だからにゃあ。気持ちのままに使っちゃうにゃ。それで今、阿弥陀寺に預けられてるにゃ」


鳩羽はとばのところ?」

「そういえば、最近、あいつ、傷だらけなのはそのせいかあ」


 ふう、と水雪はため息をつき、足を床に投げ出す。ひょっこり現れた二股の尾を左右にゆすりながら、火の入っていない炉を眺める。


「さっき、慶一郎と志乃ちゃんに会ったんだけどにゃあ……。本当に困っていて……」


 まだ幼いからだろう。

 継慶は、人よりもあやかしに混じりたがる。


 その考えをなんとか改めさせようと四苦八苦する慶一郎と志乃。


 それはそうだ。

 異能を持つとはいえ、継慶は人の子だ。人の世に適応せねば。


 だが、継慶にはそれが理解できない。


 興味深い世界が自分の目の前にある。なぜ、堅苦しい人間の世にとどまらねばならぬのか。


(このままでは、親子の間で、溝は深まるばかりにゃあ……)


 ふう、とため息を吐き、水雪は口を開いた。


「にゃあ、カワウソ、子狸」


「うん?」

「なんだ?」


 カワウソは串をさくさくと炉の灰に突きさして遊び、子狸は、大天狗と女狐の分の串団子に手を出そうとしていた矢先だった。


「わっしを手伝ってくれないかにゃ。あの童を人の世に混じらせてやりたいにゃ」


「いいんじゃない、放っておけば」

「そうそう。あやかしの世界の方が面白いって」


 誘ったものの、カワウソも子狸も反応が薄い。きゃっきゃと、二匹で笑いあっている。


「でも、本物のあやかしじゃないから、どうなっても知らないけどねー」

「ねー」


 そうなのだ。


 いくら継慶があやかしの世界に興味を持ったとしても、しょせんは人の子。

 生きていくことはできまい。


 低級のあやかしに弄ばれてしまいだ。


(……千代様の頼みでもあるしにゃあ)


 水雪の本音も、カワウソと子狸と同じだ。

 人の子など、どうなろうが知ったこっちゃない。

 だが。


『お願い、水雪。あの子を守ってやって』


 千代に泣かれてしまっては、断れない。

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