落ちこぼれとして騎士団を追放された剣士~魔力0かと思ったら魔力不全(MD)でした。俺は冒険者として幸せになります。どうか君たちも幸せに……えっ俺がいなくなったせいで処刑寸前?しらんがな~

山田康介

短編だからこれが最後です。

「リューク、お前を騎士団から除名する」


 騎士団に所属していた俺は、17歳の誕生日に騎士団長に呼び出された。

 誕生祝いでもしてくれるのかと思ったら、いきなり事実上の追放宣言をされてしまった。

 それなりに頑張っていたつもりだったが、どうやら何かが駄目だったらしい。

 団長の隣に立つ副団長が嫌らしい笑みを浮かべながらこちらを見ている。


「そんな!どうしてですか、俺は必死に騎士団のために働いて……」


「どうしてだと?リューク。当たり前だろう?お前は入団してから戦場で活躍どころか、模擬戦でさえ一度も勝ったこともないんだからな。万年荷物持ちの最下級騎士がよ」


『万年荷物持ち』悔しいがそれが俺の騎士団での二つ名だ。

 子供の頃から物語の騎士に憧れていた俺は、生まれ持った剣の才能と鍛えぬいた体を使って、入団試験の模擬戦で同期の受験者全員を1人で倒して入団した。これが14歳の頃だった。


「副団長……それくらいにしておけ。……だが、彼の言う通りだ。お前は魔力を使えない。魔力で身体強化ができない戦士など騎士団には必要ない」


 入団試験で偉業を為した俺は、将来の騎士団長を期待されていたほどだった。最初の内は俺も過度な期待だと思いつつ、誇らしくも思っていた。だが、それも魔力の使い方を教わるまでだった。

 成人である15歳に達して、団長が直々に魔力の使い方を教えに来た日だった。

 騎士団に入団した他の子供たちが次々と魔力の使い方をマスターして、1人また1人と身体強化を使った訓練に移っていく中で、俺だけが魔力を使えずにいた。そうして最後には団長までもが俺を見放して、俺は1人訓練場に残されていた。

 まるで今のように。


「そんな、でも俺は荷物持ちでもなんでもやります。だから……」


「見てられねえな。これが入団試験で俺をのした奴の姿かよ」


「ッ……!!」


「いずれにせよ、身体強化ができないのなら騎士団のお荷物ってわけだ」


 今の副団長は俺と同期で、入団試験で俺に負けるまでは無敗を誇っていたらしい。有名な一子相伝の剣術の流派の子息である彼は、そのせいか俺のことを嫌っていた。

 自分に向けられるはずだった賞賛を、一時でも奪った相手として恨んでいるのだろう。

 今はもう、次期団長の座はあいつだと噂されているが。


「今まで、ありがとうございました……」


「おう、さっさと荷物まとめて出ていきな」


「……副団長」


「ははは、すいません。でもやっと俺の部隊からお荷物がいなくなるかと思うと、俺はうれしくて」


 団長の執務室から出ていく俺の背後で、副団長が楽しそうに語っている。

 なにが『お荷物がいなくなってうれしい』だ。あいつは自分の部隊だというのを言いことに、雑用を押し付けたり、やってもいない罰として暴力をふるったりは日常だった。


 部屋に戻って荷物をまとめていると、ノックが鳴った。誰かが訪ねてきたようだ。

 恐る恐る扉を開けると、そこには俺と同年代の女の子が立っていた。

 燃えて輝く炎のように長い紅赤の髪に、同じく煌めく紅い目を持った彼女は、『炎輝の戦姫』と呼ばれる騎士団のナンバー3。そして俺と同じ村で育った幼馴染のフィーナだ。


「リューク本当なの?騎士団から追放されるって」


「……ああ、残念だけどそうだよ」


 フィーナはそれを聞いて顔を俯けて、肩を震わせている。


「……フィーナ」


 泣いているのかと肩に手を置こうとした途端、フィーナは顔を上げた。


「アッハハハハハ」


 この女は大声で笑っていた。

 忘れていた。この女はこういうやつだ。

 騎士団に入ってからは、あまり親交を深めていなかったから忘れていたが、この女は何かにつけて俺を見下し、喧嘩を吹っ掛け、真正面から悪口を言う。村にいた時からこいつが嫌いだった。村で一番強かった俺に勝手について回っては、『リュークは私の事が好き』なんて嘘を広めて、虎の威を借りる狐みたいに威張っていた。俺が騎士団に行くと言ったら、こいつもついてきた。


「……悪いが、荷物をまとめないといけないんだ。閉めるぞ」


「おっと、それはないだろう。リューク!せっかく追い出しに……じゃなかった、見送りに来てやったんだから」


 扉を閉めようとした途端、扉に足が挟まれた。誰かと思えば、副団長だった。

 先程と同じように嫌な笑みを浮かべてこちらを見ている。友好を示しているようで、実際は腹の中で誰もかれもを見下している。こいつを見ているとフィーナを思い出す。


「だから、今荷物をまとめているんだろ。さっさと作業に戻らせてくれよ……」


「はっ。馬鹿か?お前はもう騎士団員じゃねえんだ。俺が出て行けと言ったら、さっさと出て行けよ。不法侵入者は斬ってもいいんだぜ?」


 副団長は俺を見て、腰に下げている剣を少し抜こうとする。脅しとわかってはいるが、俺はこいつには勝てない。やろうと思えば俺の全力なんて赤子の手をひねるように、いなされるだろう。おとなしく部屋の中の既にまとめてあった分の荷物だけ持って出ていく。


「ああ、そうだ。リューク1つ言っておくけど故郷には帰らないでね」


「は?」


 廊下を去っていこうとする、俺の背後からフィーナが声をかけてくる。その内容は信じがたいものだった。


「私たち結婚するの」


 驚いて後ろを見ると、フィーナが副団長の腕に手を絡ませている。そして、2人ともあの下品な笑みを浮かべている。

 顔をゆがめて黙っていると、フィーナは再び声をかける。


「結婚したら報告しなきゃいけないでしょ。あんたが故郷で私とダーリンの悪い噂でも流したら嫌だもの。まあ、どうせあの村の人は親のいないあんたの話なんて、信じないでしょうけど」


「そういうことだ。悪いなお荷物クン。ああ、この街で生きるのも俺が許さない。お前を見ているとイライラするからな。お前はどっかの国にでも行くんだな。破ったらお前を殺しに行くぜ」


 最悪だ。故郷に帰ろうとしていたのに、それさえ潰された。だが、ここで逆上したって意味はない。こいつらに返り討ちにされるだけだ。

 元の道を進んでいく。

 俺はまだ剣士としての道を諦めていない。なぜなら努力する道が前にある限りは進んでいけるからだ。そうやって進んでいけば、いつかはこの努力だって実を結ぶはずだから。

 後ろで下品な笑い声を上げている2人を背に、俺は騎士団を、この国を出た。



 ガタガタと激しく揺れ、樽に置いてあったコップが倒れそうになる。

 咄嗟に手を出して、コップを受け止めるが中身が飛んで馬車の床に零れる。


「うおっ!危ねえだろ、気をつけろ!」


「す、すいません……」


 俺の向かいに座っていた男は、舌打ちをして木枠に肘をついてまた眠り始めた。

 故郷に行く事も、王都で仕事を探すことも潰された俺は、冒険者の都へと行くことにした。

 冒険者の都は、どこの国にも属さず自由の都とも呼ばれている。ここならあの騎士団と会うこともないだろうから、ここでやり直すことにしたんだ。

 馬車の窓から都が見えてきた。門には冒険者の印であるコンパスのマークが描かれた旗が立てられている。

 俺はここでうまくやっていけるんだろうか……。戦士として身を立てるにしても、誰もかれもが身体強化を使う。そんな中でろくに魔力を扱う事もできない俺が、冒険者になんて……。やはり、このまま故郷に帰ってしまおうか。殺されるのなら、そこまでだったというだけだ。


「あの、大丈夫ですか?あなた酷い顔をしていますよ」


 顔を上げると、近くに座っていた同年代くらいのシスターが急に話しかけていた。長い金髪を書き上げて、こちらの顔を覗くように顔を下げ、綺麗な碧眼をこちらに向けている。

 しかし、シスターはここら辺では珍しい服をしているな。巫女服……だったか、以前本で見たことがある数多の精霊を祀る多神教のシスターの制服だったはずだ。つまりこの人はシスターではなく、巫女というわけだ。

 そんなことより、俺はそんなに酷い顔をしていただろうか。


「……見た所冒険者でもありませんね。冒険者の都には何しに行かれるのですか?」


「実は先日職場を解雇されたので、冒険者にでもなろうかと……でも、もう故郷に帰ってしまおうかと思っていたところです」


 巫女はふうんと相槌を打つと、微笑んで言った。


「それはもったいないですよ。この都は冒険者の都。どなたでも歓迎する街です。職場を解雇されたからと、気を落とさず頑張りましょうね」


「あ、ありがとうございます……」


 話をしていると馬車が止まり、巫女はふらりと降りていった。

 なんだったのだろう……。でも、酷い顔をしている俺を励ましてくれているんだから、多分いい人なんだろうな。

 ……俺も悩むのはやめて、前に進まないと。


「よしっ!まずは冒険者ギルドに行こう」



「それでは、これで登録は終了です」


 俺は冒険者ギルドに行って登録を済ませていた。受付の女性が渡した紙に色々記入していたら、いつの間にか登録が終わっていた。心配していた魔力を扱えないことに関しても何も言われなかったし、ここが犯罪者以外ならだれでも歓迎しているという、あの男の言葉は正しかったのだろう。


「それじゃあ、さっそく依頼を……」


「あ、お待ちください。まだ1つ残っていました。ここに行って診断を受けてください」


 そういって受付が手書きの地図と紹介状を渡してくる。


「なんですか?これ」


「登録の前の健康診断です。怪我や病気を治すために冒険者に最初にサービスとして行うことになっています」


 なるほど、確かに冒険者が怪我や病気を持ったまま仕事をしたら大変だもんな。まあ、俺は健康体で一度も病気も怪我もしたことないから大丈夫だと思うが。

 それにしても。冒険者の登録にはこんな手が込んでいるのか。騎士団に入団した時には、こんなことはしなかった。やはり冒険者の都は国に縛られていない分、進んでいる所もあるんだろう。


「分りました。それでは行ってきます」


 俺は冒険者ギルドを後にして、書かれている地図通りに街を進んだ。街に着いたばかりの時は、冒険者ギルドに行くことを優先していてよく見ていなかったが、やはりこの街は進んでいる。

 王国では、大通りを少し外れた裏道にはガラの悪い連中がたむろしていて、非番の日に街に出るとよく絡まれたものだ。これでも騎士団の端くれだったので毎回返り討ちにしていたが。

 そんなことを考えながら歩いていると、目的地に着いた。だが、ここは……。


「教会?」


「はい、そうですよ」


 びっくりした。いきなり隣にいた人が相槌を打ってきたので、横を見ると巫女が立っていた。


「あら、ごめんなさい。驚かすつもりはなかったんですけど。何か御用ですか?……あら、あなたは先ほどの冒険者志望の方……そうですか、診断を受けに来たのですね。どうぞどうぞ~」


 巫女に背中を押されて教会の中に入って行くと、そのまま祭壇の前まで押されてしまった。


「あの、巫女さん。体の診断をすると思っていたんですけど、なんで教会なんですか?」


 俺がそう質問すると、巫女は前に出てきて笑った。


「ご存じないですか?この教会は『医療の教会』です。癒しの神を祀り、その教会に仕える巫女達は癒しの力を得るのですよ。それと、私の事は『巫女さん』でなくエルゥとお呼びください!」


 巫女さん改め、エルゥは俺から受け取った紹介状を読みながら、俺に事実かどうか確認を取っていく。その途中で、エルゥの読み上げる声が止まり、難しい顔をした。


「どうかしましたか?」


「リュークさんは魔力が使えないのですか?」


「……はい」


 返事が遅れてしまった。やはり、この街でも魔力が使えない者は役立たず扱いなのだろうか。そう不安に思い、拳を握り締める。

 しかし、彼女の続けた言葉は俺にとって信じられない言葉だった。


「そうですか。多分原因は魔力不全ですね~」


「は……?」


「『は』ではないです。魔力不全です。MDとも言いますね。魔力の流れる経路が詰まっている事で魔力が使えなくなる、ちょっとした不調の1つです。でも大丈夫ですよ。こうやって癒しの力を使えば……はい、治りました」


 そういってエルゥが俺の胸のあたりに手をかざすと、暖かいものが全身を流れる感覚がして、その後腹の底から力が湧いてきた。

 な、何が起こっているんだ?俺が魔力不全(MD)?魔力不全ってなんだ?経路が詰まる?というか今治ったのか?

 俺が頭に?をいくつも浮かべていると、エルゥは手を俺の顔の前で振った。


「あれ、リュークさん?どうしたんですか?大丈夫ですか?もしもーし?」


 エルゥには悪いが俺はしばらくの間、動けそうにない。



「王威流剣術・天地横断!」


 1歩軽く踏み込み、2歩目で大地を踏みつけるように加速し、そのまま腕に力を流す。

 横一閃。高速で振られた剣は、その軌跡を煌めきで示した。

 俺が剣を鞘に納めると、遅れてアースドラゴンの首が落ちる。

 今日の依頼はこれで終了か。

 俺は辺りに首と胴に分けられ、山のように積みあがっているアースドラゴン達の死骸を眺め、少し昔の事を思い出す。


 あの後エルゥに聞いた話では、魔力不全は生れつきや何かの事故が原因でなってしまうものだそうで、冒険者の都や他の国では結構当たり前に知られていることだそうだ。むしろ、生まれてから今まで一度も、あの症状が出ていて、医者に掛からなかったことが『異常』だそうだ。

 まあ、こうやって外に出てきて分かったけど、あの王国すごく文明的に遅れていたみたいだからなぁ……。

 元々、王や貴族、騎士の権力が強く市民の権利なんてほぼ認められていないから、外から人が来ることもないし、内から外へ出ることも容易にはできなかった。というか1度外から優れた書籍を持ち込もうとして、国家反逆として殺された外交官がいたし。


 その後、エルゥに魔力の使い方を習った俺は、身体強化の方法も習得して無事冒険者として活動を始めた。どうやら俺の魔力は人類最高峰を呼ばれる程にすごかったらしく。もともと鍛えていた剣術と相まって、俺は冒険者の中で頭角を現していった。

 そうして1年が経った。

 結果的に俺は物語の騎士にはなれなかったけど、強い剣士にはなれた。

 夢を諦めて故郷に帰ろうとしていた俺を引き留め、長年俺を悩ませていたMDを治してくれたエルゥに感謝している。



 依頼を済ませた俺はエルゥのいる教会までやってきていた。今日の依頼の分で買いたかったものが買えたのだ。

 教会に入り、目に入った巫女にエルゥの場所を聞くと、笑みを浮かべながら奥の部屋にいると教えてくれた。同じニヤニヤした笑顔でも、騎士団のあいつらとは大違いでまるで不快ではない。きっと俺が何をしようとしているのか分かっているのだろう。

 礼を言いつつ、奥の部屋へと入ると、エルゥがこちらに気づいて笑いかけてきた。


「リューク!また会いに来てくれたんですか?嬉しいです!」


 俺よりも少し小さい彼女が駆け寄って抱き着いてくる。この1年の間に俺とエルゥはその……恋仲になっていた。


「エルゥ。ただいま。……今日は俺たちが会ってから1年だね」


「わぁ、覚えていてくれたんですか!私、今日のためにごちそうを用意したんです。教会の人間が贅沢をすることは、推奨されていないんですけど……今日くらいはいいですよね!」


 俺が記念日を覚えていたことがよほど嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべながら喜ぶエルゥを宥めながら、俺は懐の『プレゼント』に手を伸ばす。


「それで、よかったら……これを受け取ってほしいんだ」


「え、これって……」


「ああ。俺と結婚してくれ。エルゥ」


 俺の手には指輪がある。巫女である彼女に相応しいように見た目は豪華ではなく、それでも良い素材と魔法の加護のついた、俺のできる限り高価で気持ちの込めた指輪だ。安物を渡そうかとも思ったが、俺とエルゥの人生を掛けた『お願い』なんだ。だったら俺が稼げるだけの金をつぎ込まないと不誠実だろう?

 ちなみに、巫女は結婚を許可されているので何も問題はない。

 彼女が受け入れてくれたらの話だが……。


「あなたと出会ってから色々なことがありました。お友達が死んでしまって悲しかった時も、私が教会本部に認められてこの都の巫女長になってうれしかった時も、あなたがずっと一緒にいて、分かち合ってくれました」


 これは……。


「だから、人生で一番うれしいこの時をあなたと一緒に分かち合いたいです!」


 俺の懐にエルゥが突っ込んでくる。抱きしめ、エルゥの体温を感じながら頬つねってみる。


「夢じゃないよな?現実なんだよな!」


「そんなに、頬をつねらなくたってこれは現実ですよ。リューク!」


 俺たちはお互いを抱きしめあいながら、人生で一番の喜びを分かち合った。

 喜びの中、頭の片隅で1年前俺を追い出した奴らの事を少し思い出した。思えば、あいつらに追い出されなければ俺はエルゥに出会うことも、MDが治ることもなかっただろう。

 そう考えると、あいつらに少し感謝をしなければな。

 どうかあいつらが、それなりに幸せにやっていますように。




「おい、どうなっているんだ副団長!なぜ資材を運ぶための馬車が1つもないんだ!」


 執務室では、騎士団長の声が鳴り響いていた。リュークが団を抜けてから半年間は何も問題はなかった。団長は特に何も気にしていなかったし、副団長やフィーナは邪魔者がいなくなったと喜んでいた。一般団員だけは雑用係がいなくなって、仕事が増えたので少し残念そうにしていたが。


 ただし、それも半年経って雪の降る冬に突入してからは一変した。

 最初の歪みは魔物討伐のための遠征に行った時であった。

 冬の荷物運びは過酷である。空気は凍っていると錯覚するほどに痛く、道は雪が積もり凍結する。雑用をする団員は寒さでまともに動けなくなり、資材を運ぶ馬は使い物にならない。

 なので、火を扱えるマジックアイテムや、雪や氷を溶かし進む特殊な加工をした馬車を使っていたの。

 しかし、リュークが入ってからそれらは必要なくなった。リュークは身体強化をせずとも異常なまでの体力を発揮し、すべての寒中での雑用を肌着1枚で行い、団員全員分の荷物を普通の馬車に入れて、それを引いて運んでいた。


「うるせえ、怒鳴るんじゃねえクソ団長!1年前にもう売っちまったよ!」


 そうして、この無能な副団長は役職について一番最初に、大馬鹿をやらかした。

 火のマジックアイテムや、特殊な加工をした馬車を売ってしまったのだ。


「お前、その口の利き方……!いや、いい。それよりも、なぜ売った!?あれは高価で貴重な物で滅多に手に入らんのだぞ!」


「うるせえ!リュークにできることなら、俺たちにだってできると思うだろ!」


 と、こういう考えで売ってしまったのだ。10分程度の雑用ならばともかく、2、3日の往復の行軍中ずっと馬車を引いて歩くことなど、基礎体力が異常なリュークにしかできないことだったのだが。


「そうよ!それにあんただって『急に収支が増えた』って喜んでいたじゃない!」


 フィーナが大声を上げて抗議する。

 リュークに任せていた仕事を見て、それまで使っていたマジックアイテムや馬車を売ることを提案したのはこの女である。


「クソっあの時の臨時収入はそれか……!」


 頭を抱えているこの団長も、そうとうな脳筋だった。収支報告はまともに読めないので適当にハンコを押して許諾していただけである。


「おい、副団長!フィーナ!どうにかして、功績を挙げないと俺達全員処刑だ。この冬の度重なる魔物や盗賊の討伐の失敗で王は大層お怒りなんだよ!」


 そう言って団長が頭を抱えた瞬間、扉が蹴破られ、武装した男たちが雪崩れ込んでくる。

 男たちが剣を突き付けると、蹴破られた扉を踏みながら貴族服に身を包んだ壮年の男が現れた。


「動くな。我々は王宮守護だ。貴様らには国家反逆の疑いがかけられている」


「違うのよ!私たちは悪くないの……そう!あの男が悪いのよ!あのリュークが」


「ほう……リュークか。1年前までこの団に所属していた下級騎士だな」


 男が髭を触りながら答えると、団長たちは活路を見出したと考えたのか、口々にリュークのことを罵り始めた。


「そうだ。あの男がマジックアイテムや馬車を売り払い、逃亡したのだ!」


「あいつは卑怯者だ!金のためなら何でもするってよく言ってたからな!」


「リュークは私たちが結婚するって聞いて、嫉妬してこんなことしたのよ!あいつ私のこと好きだったから!」


 男はふむふむと相槌を打っていた……が、突然撫ぜていた髭を思い切り引き抜き言い放った。


「嘘をつくな、この馬鹿者共がッ!事前調査で既に貴様らが、団の資材を売り払ったことも、リュークがフィーナを嫌っていた事も分かっておるわ!」


 見出したと思った活路を潰され、団長たちは目を丸くして固まる。

 それを見て少し落ち着いたのか、男は手に握っていた髭の残骸を投げ捨て続ける。髭はそこらへんに立っていた兵士の顔に当たって落ちた。


「だいたい貴様らの言っていることが真実だとしても、我々にはもう手出しはできんわ」


「そ、それはどういう意味ですか?王宮守護殿」


 平静を取り戻し口調が元に戻った副団長が恐る恐る尋ねると、男は副団長を睨みつけた。


「愚かな貴様らが追い出した下級騎士は、S級冒険者となっているという事だ。『剣王』なぞという二つ名まで付けられてな。……もう話はいい、お前ら取り押さえろ!」


 S級冒険者とは、冒険者の中でも最高位の存在である。ただでさえ高位の冒険者は。魔物に対する貴重な対抗手段として丁重に扱われる。その最高位ともなれば、国でさえ簡単には手出しできない、むしろ下手に出るべき存在である。


「こ、こんなの何かの間違いだ……これは夢だ。そうだ、そうに違いないアハハハハハハ!」


 自分の追い出した男が、世界最強ランクになっていた。そんな事実を受け入れられずに副団長は発狂した。それを見た団長もフィーナも、自分達の行く末を悟って、黙って俯くだけだった。


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落ちこぼれとして騎士団を追放された剣士~魔力0かと思ったら魔力不全(MD)でした。俺は冒険者として幸せになります。どうか君たちも幸せに……えっ俺がいなくなったせいで処刑寸前?しらんがな~ 山田康介 @Yamada1651

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