第十七話:ミカンサ・クーラの野望

万之葉 文郁

これは医療行為です

 目を覚ますと、僕は台にうつ伏せに寝かされていた。台の顔にあたる部分には穴が開いていて下を向いていても息ができる。

 意識がはっきりしてくると、下半身に違和感を感じた。

 何かスースーすると思ったら、何も履いていない尻が持ち上げられ、尻穴が晒されていたのだ。

 信じられない体勢に、体を起こそうとしたが何かに肩を抑えられて動けず、首を回して横を向いた。目の前には僕の肩を押さえている男がいた。

「おい、何をする!」

 僕は思わず大声を出す。

「あっ、起きちゃいました? もう少し寝ててくれてよかったのに。すぐに終わりますからじっとしててくださいね」

 物腰の柔らかい男は僕をを安心させるかのようににっこり笑う。その笑みに思わず安心しそうになるが、ハッと我に返る。

「僕に何をする気だ!」

 男を睨みつけながら言うが、この体勢では力が入らずまったく迫力がない。


「男がギャーギャー騒がないの」

 僕の足元から聞いたことのある女の声が聞こえる。女が動いた空気の揺れに柑橘系の匂いを感じた。姿は見えないが、彼女はミカンサ・クーラか。

「これからお尻に埋め込まれた種を除去するわ。大人しくしてて」

 ミカンサのゴム手袋をした手が尻に触れる。

「種って」

 僕の尻穴の奥に埋められているという種。それを取り出そうというのか。

「本当はワセリンを使ってゆっくり堪能したいところだけど、そこのへミュオンがキシロカインゼリーを使った方が後が楽って言うから、それを使ってあげるわ」

「キシロ……?」

「キシロカインゼリー。局所麻酔薬ね。これで痛みは感じないわ」

 僕は横にいる彼を見る。彼は同情するような眼差しを見せて僕に頷く。

 尻に冷たいジェルのようなものが入れられビクッとするが、しばらくするとその辺りが温かく感じ力が抜けた。

「効いてきたわね。じゃ、いくわよ」

 ミカンサは僕の尻穴に指を突っ込んだ。

「あっ……」

 尻穴にえもしれぬ違和感を感じる。しばらくかき混ぜた感覚の後、指が抜かれた。

「取れたわ」

 見せられた手の中にいたのは、思ったより大きなカタツムリ。

 どす黒く粘液で光ったそれに背筋がスッと凍ったような感覚がした。


 ***


 処置が終わり、下履きを履いて椅子に座る。

 僕の前にはミサンカが白衣を来て座っていた。足を組んで座る姿はチエコさんに負けずとも劣らない美しさだ。けれども……彼女の胸元に目が行く。

「……女って男が自分の胸を見ているってすぐわかるのよ。男が思っている以上にね」

 不機嫌なミカンサの声にサッと視線をそらす。彼女の横に立っているへミュオンは苦笑を漏らしている。

 部屋を見渡すと、病院の診察室のようだった。まるで、映画のセットに入り込んでしまったような妙な感覚に陥る。


「ここは?」

 僕はソワソワしながら質問する。

「ここは私たちの拠点になる場所よ」

「私たち?」

「ワイズプロジェクトよ」

 ワイズプロジェクトとは映画製作チームではなかったのか。栄吉が疑問に思っていると、それを見抜いたのかミサンカが口を開く。

「ワイズプロジェクトはただ映画を作っているだけじゃない。それは私たちの仕事のほんの一部」

「一部?」

 ミカンサは頷く。

「そう。私たちのもともとの使命は妖刀葉桜の真の力の開放と、匣陽炎の破壊よ」

「え……葉桜と陽炎は実在するのか」

「えぇ。ずっと昔からね」


「葉桜は長い時を極東の一つの里を守るために在ったけれども、私たちの研究でその力は世界に影響を与える程強い力を秘めているとわかったの。そして、それと対をなす陽炎は世界を破壊するほどの力があることも。そこで我々は葉桜の保護と陽炎の回収をしようとした。けれど、その一足先に陽炎が盗まれた」

「映画は本当にあったことだったのか」

 ミカンサは首を横に振る。

「いいえ、全てが実際にあった訳ではない。映画や演劇は我らの仲間を探すための符号。そして、潜在意識を呼び起こすには穴が必要なのよ」

「穴?」

「隙間なくピースがはまった世界は身動きが取れなくなるものよ」

 何か掴みどころのない話になってきた。


「でも、匣が盗まれたのは本当なんだな?」

 僕は話題を戻そうとする。

「そう、その盗んだハルカ・アナトリアと彼女の雇い主が世界を壊そうとする元凶。私たちは彼らの野望を食い止める必要がある」

 ミカンサは重々しい声を出す。

「矢場杉栄吉。あなたには我々と共に世界を救うべく立ち上がって欲しい」

「世界を救う……」

 僕に何をしろというのか。


 ミサンカはビシッと僕を指差す。

「あなた、魔法少女になりなさい!」

「はい?」

 控えめに言って意味がわからん。

「ミカンサ。日本のテレビの見過ぎ。彼はそもそも少女じゃないよ。そんなことを言ったら、後の人が困るよ」

 へミュオンが苦笑いをして、助け舟を出す。

「後の人?」

 僕の問いかけには答えず、ミカンサはコホンと咳払いをし、再び僕を指差す。


「じゃあ、正義のヒーローになりなさい!」

 ……いや、あまり変わらなくない?

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第十七話:ミカンサ・クーラの野望 万之葉 文郁 @kaorufumi

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