第7話 お茶しましょう!

この前に電話で話してから1か月くらい経った夜の9時ごろ、携帯に連絡が入った。菜々恵からだった。


「田村です。元気にしていますか?」


「田村さん、そちらこそどうなの?」


「抗がん剤治療を続けています。マーカー値も下がって落ち着いています」


「それはよかった」


「それで抗がん剤治療の間隔をあけて様子を見ようということになっています」


「それは良い方向かな」


「今度の井上さんの通院予定はいつですか?」


「今度の金曜日、8月20日だけど」


「その日は私も診察があります。抗がん剤治療はないのでお茶しませんか?」


「僕は10時までには診察が終わるけど」


「私も10時には終わるので、それからどうですか?」


「午前中は休暇を取っているので時間が取れるから大丈夫だ」


「それなら1階の受付のベンチで待ち合わせしましょう」


「了解した。楽しみにしています」


「私も」


◆ ◆ ◆

今日は患者さんがいつもの日よりも多かった。初診の患者さんがいると診察に時間がかかる。でも10時少し前には診察を終えることができた。


診察は体調を聞かれて、血圧を測るだけだ。血圧が高いと腎臓に負担がかかるので、調べているのだと思う。ネットで調べたらそう記載されていた。血圧はいつも正常の範囲内だ。


また、半年に一度は血液検査をして腎機能を調べている。毎回正常値で異常はない。ただ、尿にタンパクが出ているだけだ。それも±が多い。時々+が出ることもあるが、主治医はあまり気にしていないようだ。


体調を聞かれて「別に変わりありません」と答えると、すぐに2か月後の診察の日を告げられる。都合が良いと答えると診察は終わる。5~6分の診察だ。今日も異常なし。異常があっても困る。


1階のロビーへ降りて行って、順番を待って医療費を支払う。これに結構時間がかかる。今日は菜々恵を待っているので遅くなってもかまわない。


10時過ぎに菜々恵が1階のロビーへ降りてきた。僕を見つけるとニコッと笑った。菜々恵は僕の隣の席に黙って座って支払いの順番が回ってくるまで待っていた。


支払を終えた菜々恵と喫茶室へ向かう。広くはないが席は混んでいない。窓際の場所に二人掛けの席を見つけて座った。コーヒーの券を2枚買ってカウンターに出し、出来上がると呼んでくれる。セルフサービスだが値段も安い。


「どうだった?」


「今日は血液検査でマーカー値などを見るだけだったけど、随分下がってきた」


「良い方に向かっているのか?」


「先生は思った以上に抗がん剤が効いていると言っています」


「これを続けるしかないのか?」


「先生にお任せしているけど、これがベストと言っておられたから」


「最初に会った時から少し痩せて見えるけど、食欲は?」


「このごろ、少し出てきました」


「体力をつけるためにもできるだけ食べて栄養を取った方がいい」


「そう思って、食べられるときはできるだけ食べています」


「大学の友人から聞いた話だけど、がんには免疫能を上げるのが良いそうだ。僕に免疫能が上がる食べ物を勧めてくれたけど、ヨーグルト、バナナ、リンゴが良いそうだ。僕も朝、ジュースにして飲んでいるけど、お腹にも良いみたい」


「ヨーグルト、バナナ、リンゴなら私も嫌いでないからジュースにして飲んでみます」


「イワシの頭も信心から。気休めにしかならないかもしれないけどね」


「試せるものは何でもやってみます」


「仕事は?」


「今は休職中ですが、病院の栄養士をしています」


「働いている病院へ入院したらよかったのに」


「内情を知っているので、救急隊員の人に相談してここにしました。うちの病院だときっとただの蕁麻疹と診断されていたと思います」


「勤めている病院にはなんと言っているの」


「救急車に運ばれたのがこの病院だと言ってあります」


「今は治療に専念するしかないね」


それから、菜々恵は僕のことを聞いてきた。僕はなぜ病院通いをしているかを話した。菜々恵には尿にタンパクが出るので腎機能を定期的に検査していると説明した。彼女はそれ以上のことは聞かなかった。


それから、ここ3年間の仕事の話をした。また、結婚していないことも話した。でも菜々恵は僕がまだ結婚していないことを知っていた。


それから中学の女子の同窓生の話を聞かせてくれた。ほとんど結婚したようだった。僕は菜々恵が婚約して破談になったことやホテルから病院へ職場を変えたことについてはあえて聞かなかった。本当は聞きたかったのだけど、菜々恵にいやなことを思い出させたくなかったからだ。


別れ際に菜々恵は今度、食事でも一緒にしたいと言ってきた。食事を誘われるとは思わなかった。菜々恵は少し変わったと思った。僕は菜々恵の体調の良い時を言ってくれれば、いつでも喜んで付き合うと答えておいた。

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