第4話 菜々恵との思い出(2)

菜々恵とは3年前に二人で会った時以来だった。彼女が中学3年の同窓会幹事だったこともあり、同窓会があるごとに会っていた。高校生の時は毎年、文化祭に招かれて訪ねていた。


菜々恵は僕が行くと嬉しそうに会場を案内してくれた。1年生の時から案内してもらうときはいつも僕一人だった。高校3年生の時は、受験勉強で忙しかったけれども菜々恵のために指定された日時に文化祭に行った。


3年間も行っていると僕のことを覚えている友人もいるようで、二人で歩いていると「また、彼氏が来てくれているのね」と言われることがたびたびだった。菜々恵は「そんなんじゃないよ」とニコニコしていたのを覚えている。


高校を卒業して僕は希望していた大学へ進学することができた。菜々恵は高校の系列の大学の短期大学部へ進学していた。大学へ入ってからも相変わらず中学の同窓会は毎年続いていた。幹事がしっかりしていると同窓会は続くようだ。でも集まる人は徐々に限られてきていた。


短期大学部でも僕は学園祭に招待されて2年で2回訪問した。また、僕も大学の学園祭があるときに菜々恵を招待した。彼女は喜んで来てくれた。そのときまで菜々恵とは5年間ずっと同窓会と文化祭・学園祭で会うことが続いた。


彼女とは付き合っていた訳ではないが、友人以上の特別の友人で、恋人未満とも言えないような間柄だった。お互いに好意を持っていることは分かっていた。ただ、その時の僕は特定の彼女と付き合うという考えはなかった。


短期大学部を卒業してからの同窓会で会った時に、菜々恵が調理師専門学校へ入学したと聞いた。期間は1年で、調理師免許が取れると言っていた。短期大学部は栄養学科で栄養士の資格を取ったみたいだったが、何を思ったのだろう?


それから専門学校を卒業してから中堅のホテルに就職したと聞いていた。彼女が就職してからは同窓会で会うことと、ホテルで催し物があると招待されて行くことがあった。会場では彼女が挨拶をしに来たが、仕事中でもあり、長話はできなかった。


それで夜に電話して催し物の感想やらを伝えた。その折、休みの日にでも一度会おうということになり、休日に会ったりもした。


ただ、それは催し物があった時など、せいぜい年1~2回くらいだったと思う。二人で会った時に何を話していたか覚えていない。たわいのない噂話しかしていなかったのだと思う。


僕が大学を卒業して就職してからも、年に1~2回は会うことが続いていたと思うが、やはり特別な友人のままだった。今から3年位前だったと思う。その時二人はもう27歳になっていた。何かの機会に菜々恵と二人で会っているときに、彼女が突然口にした。


「縁談があってお見合いすることになったの」


菜々恵は僕の彼女に対する気持ちを確かめようとしたのだと思う。僕は菜々恵に好意は持っていたが、異動もあって仕事が忙しくて結婚など考えられない状況だった。ただ、菜々恵には縁談があっても可笑しくない歳だった。


「良い人だったら考えても良いんじゃないか」


僕はそう答えてしまった。菜々恵は僕にそのお見合いを止めて僕と付き合ってほしいと言ってほしかったのだと今は思っている。その時、僕はそこまで考えが及ばなかった。自分のことで精一杯だった。


あの時、菜々恵は「私はあなたが好きだけど私のことをどう思っているの」とは聞かなかった。もし、率直にそう聞かれていたら僕の答えも変わっていたと思う。


翌年の同窓会に菜々恵は来なかった。彼女は幹事を親しい友人に代わってもらっていた。それ以来、菜々恵は同窓会を欠席していた。昨年の同窓会も菜々恵は欠席だった。僕はというと菜々恵がいない同窓会にもう出席する気持ちがなくなってきていた。


この3年間に菜々恵にはいろいろなことがあったことを風の便りに聞いていた。お見合いが結納にまで進んでいたが破談になったと聞いた。勤めていたホテルも辞めていて、それからの消息はつかめていなかった。


その菜々恵にこの病院で会おうとは思いもしなかった。彼女のことが好きだった。この歳になってそれがようやく分かった。彼女が初恋の人だった。

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