第3話 菜々恵の病状

僕は受付を済ませると、2階の内科受付に書類を出して待合室のベンチに腰掛けた。診察室が幾つかあって担当医の名前が掲げられた部屋の前で待つようになっている。診察が始まるまでにはまだ時間がある。そこへ菜々恵が現れた。そして僕の隣に座った。


「ここへ入院したと言っていたけどどうしたの?」


「4月初めのころ、真夜中に突然、高熱が出て、身体に発疹が出たの。私、発疹なんか出たことがなかったので、あわてて救急車を呼んで、そしてここへ運んでもらったの」


「それで」


「丁度、消化器系の専門の先生が当直だった。入院して詳しく調べた方が良いと言われて、翌日、CTを撮ったら胆管がんが見つかって」


「胆管がん? あまり聞かないがんだね」


「私もそれを聞いてとっても驚いたわ」


「早期のがんだったのか?」


「いえ、ステージ4と言われた。手術がもうできないほど進行していたの」


「自覚症状はなかったのか?」


「全くなかった。発疹が初めて」


「最初に診てもらった先生が消化器専門でよかった。ほかの先生なら見逃して、ただの蕁麻疹の診断で終わって、もっと手遅れになっていたと思う」


「それでも、セカンドオピニオンをお願いしなかったのか?」


「先生もそれを勧めてくれたけど、きっと、どこで診てもらっても同じだと思ったの。今の先生の診立てが良かったのでこれでも早く見つかったのだと思った。それで、ここで先生に治療をお願いすることにしたの」


「医師とは信頼関係が大切だからね。それで治療はうまくいっているの」


「それからすぐに抗がん剤治療を受けたの。体力的には辛いものがあったけどそれにも慣れて、今は2週間ごとに抗がん剤の点滴を受けに通院しているところなの」


「がんは小さくなったの?」


「CTで確認したけど、かなり小さくなっているし、マーカー値も始めは千のオーダーだったのが、2桁にまで下がった。ただ、これでも正常値よりもかなり高いみたい。でも一時より随分良くなったと言われた」


「抗がん剤が効いているんだね。ただ、耐性ができて徐々に効かなくなるということを聞くけど、先生はどう言っている?」


「これで様子をみて、効かなくなったらまた考えようと言っています。それでおまかせしています」


「転移などはないの?」


「PETで調べた限りは見つかっていないけど、どうか分からない」


「淡々と話してくれているけど、随分、落ち着いているね」


「診断結果を聞いた時にはすごくショックで落ち込みました。でも受け入れるしかないし、独り身で子供がいる訳でもないし、これといって思い残すこともないから」


「すごいね。僕だったら、きっともっと動揺していたと思う」


「井上さんも時間が経てばきっと私のような心境になっていると思うわ」


「そうかな。君は強いね。ところで、同窓生や友人はこのことを知っているの?」


「まだ、誰にも話していません。心配させても何にもならないから。井上さんが最初です」


「それなら、君が皆に話すまではこのことは誰にも話さないけど、それで良い?」


「ええ、その方が不要な心配をかけなくて良いと思っています」


「僕は2か月毎にここへ来ている。また、一緒になるかもしれないね」


「私は2週に1回、ここへ抗がん剤治療に来ています。これから点滴を始めて終わるのは午後4時ごろです。今度時間があったら、ここの喫茶室でお茶しませんか?」


「ああ、まだいろいろ話したいことがあるからいいね」


それからお互いの電話番号を交換した。僕の名前が先に呼ばれた。もう診察が始まる時間になっていた。菜々恵とはそこで別れた。


診察が終わって出てきたら、菜々恵はいなかった。彼女も診察と治療が始まったみたいだった。

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