政略結婚

 翌朝。


 エルヴィールはもういない。早朝、身支度をして自分の部屋に戻って行った。

 とても幸せな時間だった。


 俺はまたもや生まれ変わってしまった。


 大人の階段を登り、英雄にまた一歩近付いた。だがこの事をルーカスに書かせるのはやめようと思う。


 朝日を目一杯体中で浴びた俺は再び風呂に入り至福の時間を思い出して興奮していた。


 部屋に帰りもう一度窓際で朝日を浴び、しっかり起きるつもりで体を伸ばし始めたが、横目に入ったベッドの誘惑に負け、ちょっとだけ寝るつもりでグッスリと寝た。



 ―――

「アルタヴィオ様、アルタヴィオ様」


 ドアを叩く音とその甘い声で目を覚ます。

 もうちょい……明日まで寝かせてくれ……


「アァァルタッヴィオッ様ぁ!」


 ああ……

 あの声はメイドのアカネだ。

 よりによってこんな寝不足の時にあいつが来るとは。


 奴はしつこい。絶対に俺がここにいる事を知っていて、俺が起きるまでひたすらあの調子で粘る奴だ。


 はぁ、起きるか。


「アァルゥタァァビィィオオォォさぁぁ……」

「うるっさい!」


 扉を開けて文句を言うとお下げの二本の髪を揺らし、アカネはニコリと笑って一礼する。


「もうお昼ですよ? アルタヴィオ様」


 何とも甘ったるい顔と声だ。


 もうエルヴィールに会いたい。


「ハイハイ。わかってますよ」

「あらあら。ハイは一回にすべきですよ? 何故なら一回分の時間が無駄であり、相手に与える印象が……」

「ハイッ! わっかりましたぁ~~!」


 ヤケ気味にそう言うとまたニッコリと微笑んで小首を傾げた。


「まもなく食事をお持ちいたしますが、お済みになられましたらファードルフ様のお部屋にお向かい下さい」

「ん? 親父の?」

「はい。国王様がお呼びでございます」

「ふ~~ん。分かった。有難う」


 そうして食事を手早く済ませ、同じ4階にある親父の部屋へと向かった。



 ―――

 コンコン。


「お~~い、入るよ~~」

「おう。入れ」


 中はいつもの親父の部屋。

 整理整頓されていて殆ど装飾の無い、無味な部屋だ。


 長方形の食卓用テーブルが1つと椅子が6脚。奥と手前に1脚ずつ、横に2脚ずつ綺麗に並べてある。

 その中央奥に座るごつい男。

 無論俺と同じ黒い髪と瞳。口髭と顎髭も綺麗に蓄えていて俺が言うのもなんだが中年の渋みと色気があって男前だ。


 若い頃は『救国の王』とか『炎の英雄王』とか呼ばれ、いくつもの戦場を駆けたらしい。あの四神将が親父には心酔しているらしいからその実力と人柄は推して知るべし。


 それが第8代国王ファードルフ・ヴィクトリア。

 俺の親父だ。


 その斜め前隣には正妻ウィルケー。俺の実母である彼女もこの国の生まれだ。

 長い黒髪を背中の辺りで結んでいる。幼い頃から俺の事が大好きらしく未だに子離れしているか微妙だ。

 目を細めて俺に笑いかけながら手を振って座っている。


「まあ座れ」

「どしたの? 改まって」


 母の対面の椅子に座る。


「エルちゃんとは上手くいってるかね」

「ブッ! な、な、何だよ急に……」


 ままままさか今朝までの事を……?


「いやお前が俺の嫁だっつって紹介してきた割にその後何も言って来ねぇからさ……式とかさ」


 ああ、良かった……そんな事か。


「い、今はまだ愛を育んでいる所さ。アッハッハ」


 あーー恥ずかしい。親に何言ってんだ。


「ふぅん。呑気な奴だな。まあそれと無関係な話って訳でもぇんだが」


 親父は長めの黒髪をかき上げて母と目配せをする。


「何かあったのかい?」

「エルゼニアのヨエルから使者が来た」

「用件は?」


 ヨエルというのはエルゼニアの国王だ。俺に言うからには俺に関係があるんだろ。


「お前もいい歳だろうという事で……王女ディアナをお前の嫁にどうだ、だとさ。政略結婚って奴だ」

「王女!」


 王女―――


 それは人類全員が例外無く憧れを抱く存在。半数の人はああなりたいと願い、残り半数は是非嫁さんに欲しいと思っている。これは真理だ。


「乗った」

「決断早いわねぇ、もう!」

「ハッハッハ。色好きなのは結構な事だ。一応言っておくが王女と言っても長女じゃあ無ぇ。三女のディアナって子だ」


 何女であろうが関係は無い。


「是非頂きたく」

「とはいえだ」


 親父にしては珍しく歯切れの悪い喋り方だな。


「娶るとなればお前の正妻になる」


 なに? そうなるのか?


「正妻はエルヴィールだよ」


 また母と目配せをして小さく笑う。


「そうか。まあそう言うと思ったぜ。だがそれならこの話は断った方がいい」

「まあ待てよ。一回会ってみよう」

「コンパじゃないんだぞ」

「英雄の妻に姫は必須だろう。親父の妹のオルガさんだってエルゼニアの国王に嫁いでるじゃないか」


 ディアナという王女を俺に嫁がせるという事はオルガさんの娘ではないだろうとは思うが。


「その通り。ディアナと俺達は血は繋がっていないが一応親戚だ。つまりお前が変な態度を取る様なら最初から断っておいた方が傷は浅い」

「変な態度ってどういう事だよ」

「分からないの? 三女とはいえ王女なのよ? なのに妾って訳には行かないでしょ?」


 ほう。そんなもんか。

 とはいえ王女を嫁に、は悲願でもある。

 崇拝する英雄カースは3カ国の姫を娶っているのだ。


「でもこの結婚が上手くいけば皆、平和になるんだろ」

「平和ねぇ……お前もそんな事を言う様になったんだな。だがまあこんな事位で簡単に平和に結び付いてりゃ苦労はしねぇ」


 うーーん。言葉の重みが違う。現役の王は苦労してそうだな。

 英雄への道を歩むにはフリーの今しかないぜ。


「ともかく! 断る事は断る。少なくとも一度是非お会いしたい。本人同士の意思が大事だろ⁉︎」

「そりゃそうだ。但しそれはお前が庶民なら、だ。お前は俺の息子で俺はお前の父親であり、王である。お前が望む望まないに関わらずお前は王子だ。それは肝に銘じておけ」

「ハイハイ。わっかりました! で、断るんじゃないぞ?」

「ハイは1回よ、アルティ」


 それは1日に2回も言われるような事なのか。

 ジッと俺を見つめていた親父だったがやがて諦めたように言った。


「まあそれもいいだろう。ヨエルにはお前が超乗り気みたいだと伝えておくぞ?」

「それで良いとも。でもまずはお友達から、だ。顔合わせで来るのが嫌なら俺が会いに行ってもいいぜ」

「お、それは良いかもしれんな」


 親父が目を輝かせて身を乗り出した。


「ちょっと貴方! 嫡男の王子が他国に行くなんて「別にいいじゃん」えええ⁉︎」

「こいつにはこいつの考えがあるんだろ。さっき言った通り、この話は拗れると面倒な方向に行く。向こうで暮らすオルガへの影響も小さくない。そんな事位、承知の上だよな?」

「え? お、おう。勿論だぜ!」

「ほら、頼もしいじゃねえか。俺らの子も立派な男に育ったって事だ。だがもう一度念押ししておくが最初にこれは政略結婚だと言った筈だ。お前が中途半端な事したら……」


 ゴクリ。


「な、なんだよ」

「最悪は『戦争』だと思っとけ」


 ひぃぃぃ!

 何でそうなるんだよ!


 王族、怖い!

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