第2章 政略結婚

初めてを奪い合おう

 5月。光の月とも言う。


 日々、俺はエルヴィールを連れ回し、まずは父、母、兄妹など信用できる相手から紹介を始め、続いて四神将、古くからの知り合いなど徐々に多くの人に俺の未来の妻だと紹介していった。


 古代アンネ族だからと差別する様な人間は1人もいなかった。


 俺の両親、つまりはこの国の王と王妃ということになるが、彼らと会った時は緊張で心臓の鼓動がいつもの3倍程の速度になったとエルヴィールは言っていた。全く可愛い奴だ。


 時折、供はいるものの、王都へ繰り出し御忍びデートを楽しんだ。エルヴィールはヴィクトリア国内の中心にいるという事で最初はかなり警戒して堅い表情だったが、最近は少し笑顔を見せてくれる様になってきた。



 初陣から3週間ほど経ったある夜の事。


 俺は決意した。

 今日、夜這いを決行する。

 エルヴィールが欲しくて堪らない。


 一緒に居るだけで幸せだ。だがもっと繋がりたい。



 緊張してきた。

 風呂に入り、部屋で鏡を見ながら容姿を整える。


 今は真夜中。エルヴィールも起きてはいまい。

 クックック。今のうち寝ておくがいい。朝まで寝かさないぜ。


 とはいっても俺は経験がない。

 エルヴィールも恋愛経験が無いと言っていた。

 つまりは初めて同士って事だ。


「上手く……出来るかな……」

「何が?」

「フギャ――――――ッ!!」


 フゴフゴ……


 口を押さえられた、がどうやら暗殺者アサシンとかそういった類では無さそうだ。

 それどころか、この月光花の優しい匂いは……


(ちょっと! 大きな声出さないでよ!)


 耳元で小声で捲し立てる。心地良い響き。


「エル!」


 そこにいたのはまさに今から夜這いしようとしていた相手のエルヴィールだった。

 何で俺の部屋に居るんだ!


「何処行くの? こんな時間にそんなにおめかしして」

「勿論、お前の所だ」

「ふーん……何しに?」

「え? えぇぇと……それはごにょごにょ……」

「なぁに?」


 悪そうな笑みを浮かべて耳に手を当てる。

 だがその時!


 何名かの守衛が走って来る足音が聞こえて来た。やっべぇ。


 数秒後。


「アルタヴィオ様! 何事ですか⁉︎」


 ドカドカドカッ!


 守衛が2人、飛び込んで来た。


「ここここれこれ君達。ノックもせずに」


 慌てて鏡台から立ち上がって取り繕う。


「ハッ……王子の叫び声がしたもので……あと、ドアが開いておりましたが、何かありましたか?」

「何もない何もない。いや、ちょっと髪型を弄ってたら、その……蜘蛛が急に出てきてね。びっくりしちゃった。テヘッ」

「プッ。王子、蜘蛛ダメなんですか?」

「いやぁ大丈夫なんだけどね? 急に出てくるとね……はぁん」


 鏡台の下に押し込めたエルヴィールが手だけ出して俺のケツを撫でてきた。

 ちょっと待って。やめて。バレる!


「はぁん? 何やら妙な声が」

「は? いやいやふあん、不安って言ったんだよ。全くいつ蜘蛛が出てくるかと思うとねぇぇん!」


 ちょ、頼むからやめろエルヴィール!

 変な声出る!


「ほう……何でしたら我らで蜘蛛を探しましょうか?」


 親切にも2、3歩前に来てそんな事を言い出す。ダメだ。もうバレる。夜這いならともかく、夜這いされるとか格好悪過ぎる。


「いやいやいや、大丈夫だから。気にすんな。もう帰れ!」

「そうですか? まあ王子がそう言うのでしたら……」

「有難うな! また来てくれよ!」


 なんか最後、変な事言ってしまった。


 ……


 やれやれ。やっと行ったか。ドアを閉め、鍵を掛けた。


「さぁて、エルヴィールちゃん?」


 ヌッと鏡台の下を覗くと、口元を押さえて爆笑しているエルヴィールがいた。


「プーークックックック……お前、スキンシップ弱すぎだろ。ヴィオレットちゃんがあれだけ弱いのはオリジナルのお前のせいだな」

「全く……バレたら格好悪いだろ! 英雄になろうとしている男が女に夜這い掛けられるなんて……」

「そか。ごめんごめん。あーー笑った。じゃあ帰るね」


 鏡台から出て来てそのまま立ち去ろうとする。


「ええぇぇぇ⁉︎」

「なぁに?」


 振り向いたエルヴィールの笑顔のなんと素敵なことか。


「エル。帰っちゃダメだ」

「どうして?」


 ウッ。可愛い。


 かなり意地の悪そうな目付きをしている。

 ダメだ。やられっぱなしじゃ英雄の名がすたるってもんだぜ。


「さっきの、お仕置きをしなきゃあな!」

「ひぁ!」


 俺より背の高いエルヴィールを抱き抱え、ベッドに連れて行った。


「ありゃ……結構、力あるんだな……私、そんなに軽くないのに」

「なんの。軽いもんさエルなんて。ガキの頃から鍛えてたからな」


 横たわったエルヴィールの上に跨った。


 ……で、この後どうすりゃいいんだ?


「……」

「……」


 ヤバ。恐怖の沈黙。

 バーバラは期待と不安の目で俺を見てるし、俺も見返してるし……

 ああ、てかこういうのこそ、家庭教師が教えてくれよ!


 ええい! こうなりゃあ本能の赴くままよ。

 なる様にならんかい!


「アルタヴィオ……」

「うっ」


 しまった。機先を制された。


「なに? エル」

「アルタヴィオ。私、お前の事が本当に好きになっちゃった」

「やっとかい。俺なんか最初から好きだってぇのに」

「今日は、その……覚悟決めて来たんだ」

「ウッ……」

「アルタヴィオの好きにして、いいよ」


 ダメだ。完全にやられた。

 元々、俺が夜這いする筈だったのに! 完全にエルヴィールのペースだ。


 だがそれがどうした。エルヴィールのペースがなんだ。別に良いじゃないかそれで。エルヴィールが俺を好きになってくれたんだ。それ以上の事はないだろう?


「じゃあ好きにするよ? 俺(未経験)だからあんまり期待しないでくれよ?」

「私も一緒だよ」

「エルヴィール、愛してる」

「うん。アルタヴィオ、愛してる」


 エルヴィールの顔の両側に肘を置き、両手のひらで頭を撫でる。気持ち良さそうだ。俺も彼女に触れているだけで幸せだ。


 右手で頬を触る。柔らかくて気持ち良い。エルヴィールが目を閉じる。俺の手の感触を楽しんでいる様にも見えた。


 少しずつ顔を近付けた。その雰囲気はエルヴィールも分かっている。少し眉を寄せ、綺麗に口紅が塗られた赤い唇をキュッと結んだ。


 生まれて初めてのキス。

 軽く触れた。ほんとは無茶苦茶に味わいたい。だがちょっとずつだ。


「ン……」


 エルヴィールが薄目を開けるが、俺がまた唇を重ねるとまた閉じた。今度はしっかりと口を付け、エルヴィールを味わった。


 エルヴィールがエチケットとして事前に食べて来たのであろう、オレンジの甘い味がした。


 そこからお互いの後頭部を掴み合い、食い合う様に長く口付けをした。


 エルヴィールを裸にひん剥き、俺も服を脱ぎ、彼女の両手に両手を重ねてまた延々とキスをし……そして俺達はお互いの初めてを奪った。


 俺達は朝日が登るまで求め合った。

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