英雄は全力で敵を潰す

王国の西に位置する文字通り獣人達が住む場所、獣人街にある王都の中心地に立っている大樹の子である樹木の上から見える戦況は今や一方的なものだった。

早朝。王都側から攻めてきた約一万の王国軍とこの街を納めていた二万の聖月せいづき公爵軍が無害で剣を振ることすら出来ない人々を傷つけていく。

片手剣を振り俺ーー弄月ろうげつ彩支さいしは転移魔法を発動。大樹へと傷つけられた獣人と巻き込まれた人族を転移させ逃がしていく

花白かしろ、回復魔法と探知魔法はいけそうか?」

「全然大丈夫です!あ、そこの奥から敵が挟みうーー」

花白が言い終わる前に火属性上級魔法「蒼炎そうえん砲火ほうか」を静謐発動。敵軍の鎧を焼き、脆くしてから水属性上級魔法「紅雨こうう洪水こうずい」を使い温度差を起こして重装備を完全に破壊。

最後のひと押し兼花白への授業を兼ねて氷属性高等魔法「月氷げっひょう静狐せいこ」を使い巨大な白狐が生まれ、敵軍を食い散らかし蹂躙していくのがここからでも分かる

「先生…容赦ないね…」

「花白が優しすぎるだけだ。あいつらは敵だ、下手に言葉が伝わると思うなよ?もうあの馬鹿どもは守るべき国民を獣人だからと斬りかかり魔法を使い、殺そうとした。だろ?」

「!…そう、ですけど…」

悲痛な顔で下を向く白髪狐のふわふわとした髪を撫でてしゃがみ、濃い桃色の瞳を覗き込む

「大丈夫だ。戦意をへし折ることに特化して魔法と剣は致命傷をギリ追わないようにしか使わない。それは俺たちの仕事じゃないしな」

「俺たちの…?それって」

「あぁ、勝ち筋は有栖ありすが来るか来ないか、だ。」

「かなりその勝ち筋運ゲーというか、細くないですか…?」

まぁ、普通はそう思うよな。花白は有栖に会ったことがないし、尚更そうだとは思う

でも俺はわかっている。あのブラコンで面倒くさがりなくせに俺の事になると全てを剣を振り薙ぎ倒して駆けつけるバカ妹のことをーー信じてもいる

もしかしたら、バカ妹が俺の事を盲目的に信じて、大丈夫だと思っているのと同じように。

俺もあいつなら俺が願えば来てくれると、あいつが生き返ってから一度も会うどころか声を聞くことすらしていないのに信じてしまっているから。

でも、それでも

「大丈夫だ」

俺はーー有栖が、バカ妹が来てくれることを信じているから

「今から俺は最前線に行ってくる。花白は後衛だからここで待機して援護だ。いいな?」

「!?待ってください!私も前線にーー」

「却下だ。お前にゃまだ早い」

抗議する言葉を遮り花白の頭を乱暴に撫でてから潤んでいる瞳を見てまだまだ小さい手を両手で包む

「先生…ぇ…」

「だいじょうぶ。だいじょうぶだ、な?俺が強いことは知ってるだろ?」

「そう…ですけど………でも、でも…!!」

「それに、だ。増援も来た」

「え……?っ、きゃぁっ!?」

蒼の瞳と額に小ぶりな白い角、全身は黒毛で覆われていて二人がけのソファと同じような大きさのかなり大きい体をした長毛ちょうもう鬼狼がろうが突然出現し花白に擦り寄る。

「よぉ、お前があのバカ妹の使い魔か?」

「初めまして、彩支殿。我が姫……有栖嬢の使い魔であり片翼、長毛鬼狼のリテートと申します。」

「そうか。聞いてたとは思うが俺はーー」

「わかっております。しかしながら一つだけ口を挟ませて頂きたい」

「なんだ?」



「有栖嬢は……あなたが無理をしないか、とてもとても…心配していました、怪我をするなというのは無理な話だと心得ております……しかし…!どうか…どうか…っ!!」



狼は俺に深く頭を下げて言葉を失う。

どうやら焦って文字を書いたせいであいつにはだいぶ心配をかけてしまっているらしい

「わぁってるよ、死ぬ気なんてもんはさらさらねぇ……………こんな馬鹿げた戦いで、バカ妹を殴る前に死んでたまるか。」

そう吐き捨て風属性の飛翔ひしょう魔法を静謐発動。最前線へと翔ぶ




「「「「!!!!!!!!」」」」

一瞬、熟練の軍勢たちに動揺が走る。

そりゃあそうだ、約三万の軍に対してこっちはこいつらから見たら俺一人が突然乗り込んできたようにしか見えない。まぁ……

「そんな隙を見せるようじゃ、まだまだだな?」

剣を持っていない方の左手を軽く上げ試作品のまだ名も無い風を纏った鳥の高等魔法を顕現し…一気に下に振り下ろす!!

「「「「っ、うわぁぁぁ!!」」」」

風を纏った鳥が綺麗に整列していた軍を簡単に乱していく、これは魔力を込めた分だけ勝手に敵を無力化させる代物。今回は軽くしか入れてないから気絶までしかいかないがーー充分だ。

……にしても

「名も無き魔法を使う魔法士……いや、剣を持っているから剣士か?見事だ。しかし単騎とは無謀だなっ!」

犬族の重装備を着た獣人が罵るように叫んでくる

「なぁ、獣人達は『獣人族全員を家族だと思い、特に子を守る』じゃ、なかったか?何やってんだよ」

そんなどうでもいい罵詈ばり雑言ぞうごんは無視し、ずっと感じていた疑問を口に出す。あの爺さんは獣人どころかこっちを排他してくる人族の奴らも好んでいたように見える。その孫か息子か知らんが……こんなこと普通有り得るか?

「はっ!あんな愚父の戯言をお前は信じているのか獣擬き!!」

「獣擬き?」

「知っているぞ!お前が軍勢の装備を割ったんだろう!部下が目撃している!」

「……?いや、この状況なら普通は獣人達の味方するだろ普通。俺は元英雄ってだけでこんな糞国に敬意は持って…………しまった」

「英雄だとっ!?!?」

やっべー、言うつもり全然なかったのにあいつがアホなこと言うせいで口走っちまった。バカ妹のことバカって言えなくなっちまう

まぁ、どうせ全員倒すつもりだったし?ついでに記憶消去すればいいよな

「まぁなんでもいいじゃねぇか、お前は俺の敵だ。そっちの爺さんは状況次第じゃまた別だがお前を見逃す理由はない」

片手剣の先に炎と光の魔法を紡ぎながら殺意を全て解放したじろぐ敵軍を睨みつけて、狂った目をした凶狼を放つ

「さぁ、とっとと本気を出せよ。俺一人だからって遠慮すんな、全力で正面から踏み潰してやるよ、反乱者共」




戦意をほぼ喪失した敵軍を目の前にして




ただただ英雄は、殺気を放ちながら笑っていた

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