元聖女とジャムたっぷりの紅茶 下

冷めて少し苦味が出てきてしまったアップリコットジャムを入れた紅茶をティースプーンで掻き混ぜ、ため息を着く。

人使いの荒い兄さんから手紙が来て約1時間ほど経つ。本気で行く気があるのならそろそろ準備をしておかないと相当ヤバい。「あの」一人で南都を制圧したことのある元勇者様が焦っているんだから、私だってーー元聖女だってすぐにでも駆けつけたい。

「使い魔に「白鏡はくきょう片鱗へんりん」を預けて、兄さんに無事渡ったと仮定して···獣人街は守れるのかな?」

私が持つ「白鏡片鱗」と兄さんの持つ「虹鏡こうきょう片鱗へんりん」という名前を持つ二振りの片手剣は二本が揃うことで意味を持ち、簡単に言ってしまえば“ 王国ぐらいなら一瞬で破壊する”程度の力はあると言われーーあ、いや···破壊したことがあるって言われてるのか。


(まぁ破壊した張本人は私なんだけども)


でも今回の狙いは「破壊」じゃなく「防衛」だ。

「私に助けを求めてる時点で、難易度はお察し···ってとこかなぁ······」

砂糖をもう二杯ティーカップに入れて飲む。今はこのくらい甘々の方がちょうどいい気がするな···さて、どうするかね。


下を向き転生の代償である無骨な義足を見る。



こんな足で、足でまといにならないだろうか?



失望されたら、どうしよう···?



でも



でも······



でも·········っ!!!




初めて···だから。



別の生き物なんだから、どれだけ想像したって失望されるとか、歓迎されるとかわかるわけが無い。

それに···あの不器用な兄は言ってくれたんだ。


『待っている』



それなら。妹である私の選択はたった一つだけ



「それに、私なんかの妄想なんてそれこそーー


たるも八卦はっけ たらぬも八卦はっけ


だもんな〜、兄を信じる。それが妹である私の宿命だし?」



試作品の魔法道具達をトランクに詰めて箒と顔が見えないように魔法使い風のとんがり帽子を深く被って片手剣を鞘に入れ直して腰に差してっとーー

使い魔の長毛ちょうもう鬼狼がろうであるリテートを呼ぶ。

「進軍しようと思うんだけど、リテートはどうする?」

御嬢おじょうが行くなら行きますよ」

当たり前のようにキッパリと即答した今世の使い魔を撫でる

「そう?ありがとう。手紙の感じだと多分兄さんの教え子の花白ちゃんもいると思う。リテートは兄さんの援護とその子の護衛ってことでお願い」

「了解しました。それで、作戦はあるので?」

作戦とな?変なことを聞くね

「本気の、本気で······獣人達を助ける。ただそれだけ。戦力の逐次投入なんて考えたらダメだよ?そんな悠長なことをしてる隙に上の奴らは簡単に獣人を殺していく」

かつての私にしたみたいに、王族は獣を殺すことを苦としてない。


「っと、言うわけで、あれの用意をしてくるからそれまで待機してて。あーあと···」

「魔法生物の使い魔を作って御嬢の兄上に報告ーーですね。内容はなんと伝えれば?」

「話が早いね。んーーっと……」


『我等、これより貴方とのーー「剣」との誓約を果たしに往かん。戦術せんじゅつ転移てんい魔法まほうを使ってそちらに向かう。』


「って、わざと“敵に見つかりやすいように”伝えておいて♪あ、兄さん達の位置はバレないように内容だけ分かるようにね。」


「御意。有栖御嬢様の御心のままに」


白髪の元狼族獣人であり元聖女は窓に手をかけ微笑みーー純白の髪と紫の瞳がキラキラと輝き光が当たり、虹色に輝る魔力が増幅し顕現化する。


そんな美しい光景を、唯一の使い魔である狼は時間が許すまで、見守っていた。

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