第3章 デジャヴ 1

 俺はこの都会まちと共に死ぬのだろうか?


 ロボットが次々と押し寄せる人の波を綺麗に並び替え誘導していた。混雑した駅のホームに向かって歩く足取りは重く、人間の負の感情の集合体がうごめいているようにスズラカミは感じた。ホームが狭いのであちこち肩がぶつかる。振り返ると何気ない後ろ姿だけが見える。どうせエクスでも見ながら目的地に向けて自動歩行技術を使い、無意識に家に帰れるようにしているのだろう。


 たくさんの人の群れ。


 ようやくたどり着いた列の最後尾に並ぶ。


 これがいつもの光景だった。


 作業着に身を包んだスズラカミも並んだ。アナウンスが流れる。

『次はー特急1号、特急1号です。電車が到着します。お足元にご注意ください』

 この声を聞いて、スズラカミは脳の中にあるマイクロチップ起動した。


 各駅停車までまだ時間がある。疲れた時こそセラピーのエクスを脳内に入れるべきだとスズラカミは思ってた。政府公認のセラピー。リラックスした音楽、自然の中にいる感覚が脳神経を直接刺激する。


 だが何故か心の底からリラックス出来ない。どこか違和感がある。バーチャルなんてそんなものだ。やはり本物の自然には敵わないのだろう。人間が代々受け継いで来た遺伝子レベルでどこか抵抗してしまうのだ。


 そんなことを考えている間に電車がやってきた。耳に騒音が響く。スズラカミは電車の音を聞いてマイクロチップとの接続を断った。電車に乗るために並んでいた人々が前に進む。


 扉が開いた。電車に乗るとすぐに窓を目で見る。今日は赤い雨は降っていないかった。高層ビルの隙間から出ている夕焼けが顔を照らしている。


 望んでもいないのにマイクロチップに車内の精神状態が映し出される。また「半鬱」だった。

 

 周りを見渡すと様々な表情の人が乗っていた。エクスを見ているのか楽しそうににやけている人。しんどそうな目をしている人。色々な人がいる。


 ほんとこいつらは懲りないな。


 いくらエクスを使ったとしてもそれは人工的に作られた偽の体験でしかない。別の言い方をすれば人が勝手に他人の人生の指針を手懐け導くために、そして他人の人生を政府や企業が思いのまま操るためにエクスが存在しているのではないかとさえ思う。


 エクスとは頭の中にマイクロチップを使って保存することができる偽物の経験でしかない。今や誰もが企業や政府の言いなりになって経験を脳にインストールしていてそれが当たり前になっていた。


 電車を降り自動歩行技術をいつもと違うルートで設定した。今夜は遠回りしたい気分だった。


 闇の中をひたすら歩いていた。頭の中で前回の映画の続きを見ていた。辺りに人は誰も居ない。


 やがて公園の前を通る。目の前に溶けてボロボロになった銅像が現れた。銅像は昔この都会まちのシンボルとして扱われていたらしい。だが今はこの世界の人々に現実を突きつけさせる象徴と化していた。これは赤い雨のせいだ。


 赤い雨が降り始めたのは確か15年前だった。この時スズラカミは初等部5年で教室で授業を受けていた。休み時間になり窓側の席に座っていたスズラカミは友人が近づいてきた。

「おーい、スズラカミ。朝の授業眠かったよな。俺は意識が飛んでたわ」

「俺はそこまでじゃなかったけどな。だが内容は既に予習してた。でもただ単に座ってるのが退屈でな」

「マジかよ。前から冷静な奴だと思ってたけど加えて意外に真面目なんだな。俺とか昨日ゲームしかしてないわ」

「ゲームか。別に俺も嫌いでは無いんだがな」

「なら最近の何かやってるゲームとか…」

その時、別の声がした。「おい。あれ見てみろよ」

「なんじゃこりゃ」

「やべーぞ」

 他で喋っていたクラスメイト数人がスズラカミが座っている横の窓のところにやってきた。つられてスズラカミも窓の外を覗く。そこで見たのは絵の具の様な真っ赤なの雨だった。さらにそこから地面に視線をやるとまるで血が流れているかの様に赤い雨が集まり小さな川になっていた。普段クラスメイトから冷静だと言われているスズラカミも流石にこのことには衝撃を受けて目を丸くした。

「血だ…。血が降っているぞ」さっきまで喋っていた友人が震えながら言った。

「いったいどうなっている。こんなの天気予報では一度も言ってなかったぞ」スズラカミも生まれてはじめての出来事に何がなんだが分からなかった。

 

 この日全国各地で赤い雨が観測されたらしくスズラカミはテレビをつけるとどこも赤い雨のことが取り上げられていた。

「今入ってきたニュースです。現在観測されている謎の赤い雨ですが、専門家によると雨の中には汚染物質が含まれており、直接触れるだけで皮膚に炎症を起こし、最悪の場合、皮膚が溶ける場合もございます。とのことでした。ただいま政府が緊急の対応を協議しており…」スズラカミはテレビに映るニュースキャスターが深刻そうな顔で話していたのをよく覚えていた。


 この不気味な赤い雨が確認されたのは日本だけではなかった。世界中で新たな環境問題の一つとなった赤い雨は多くの専門家の間で議論された。

「ですから雨の中には強力な酸が入っているとのことです」

「ではやはり問題なのは、外出された際に普通のビニール傘では傘自体が溶けてしまうなんてことが起きかねないことですよね」

「ええ…そうですね」

「こんなことが起きたそもそもの原因はなんなのでしょうか?」


 テレビの向こうの専門家はまるでもう手遅れだというように大きな欠伸をしてからいった。

「原因?そりゃ人間のエゴのせいでしょ。今まで我々は便利になることに固執しすぎたのですよ。その結果としてマイクロチップ製造工場などから有害な化学物質が空気中を漂い大気汚染や赤い雨を引き起こしたのです」


「なるほど…有り得そうな話ですね」

ここでカメラが切り替わった。

「はい、ではここで明日の天気です。明日は昨日よりもより強い大気汚染が起き約2時間外にいるだけで呼吸困難になります。出来るだけ外出は控えて家にいるようにしましょう」


 気づけばドアの前だった。記憶を遡っている間にいつの間にか家に着いていた。部屋に入るとIOTが人だと感知して電気が自然に着く。自動調理機ロボットが朝設定していた人口食物を机の上に運んで来る。機械から提示される料理は相変わず慣れない。食べるとより人工物の独特の機械のような味がする。だがこれを我慢すればまた楽しみが待っていると思い耐えていた。

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