第2章 始まりは現実逃避 2

「結局はキッチン自体の老朽化が原因だった訳か」

 ザ・ダミーと書かれた看板があるビルの中でスズラカミは報告を行っていた。提出した報告書を大きめのパソコンで上司のセトウチが見ていた。セトウチは高級そうな椅子に座り、ガラスの机の上に黒い革靴の足を乗せながら言ってきた。

「ええ…種類の違いから少し時間がが掛かりましたが何とか1日で終わらせました」


「フン!当たり前だ、なんならもっと早くやって欲しかったがな。」セトウチは何かにいちゃもんをつけなければ基本的に気が済まない性格なのだろう。だがスズラカミは知っていた。この世界の多くの人間はは社会の歯車の一部に過ぎないということを。


「ええ…すいません。しかしヒガシマサさんからの修理代は貰ったので成果は果たしたかと思います」


「はぁ…。今うちは人手不足なんだ。もっと利益を上げて貰わないとな」残業代を出したくないだけだろ。そう思いながらスズラカミは外に出た。


 この部屋のドアは現代では珍しく手動だった。この建物自体築70年らしくザ・ダミーが作られる以前からどこかの会社が使っていたらしい。所々老朽化が進んでいるのはその為である。


 人口飲料が売っている休憩スペースにたどり着いた。そこのソファーに一人の男が座っていた。

「お疲れーっす」

「ああ、お疲れ」

「何なんだよ、そっけないな。どうせセトウチさんに何か言われたんだろ?」メガネで長髪、ぐしゃぐしゃの服のだらしない格好の同僚のヤタが話しかけてきた。コイツも確かゲーマーらしく、ガン✖️ナイトではないがVRゲームをやっている筈だ。

 

「まあな」

「まさかまた俺に社会が云々間何うんぬんかんぬんと哲学的かぐちか分からないものを聞かせるつもりか?」

「哲学?俺は自由に生きたいだけだ」


 その時ドアが開きもう一人の男が来た。

「おーい。お前ら驚くなよ。とんでもない情報を聞いたぞ」ナハヤがコーヒーを片手に近寄って座ってきたのだ。体重は120キログラム、身長190センチメートルの巨体である。故に、コイツが座るとソファーが小さく感じる。


 ヤタが嬉しそうにいった。「なんだよナハヤ、まさかザ・ダミーが倒産決定しましたとかいうんじゃないだろうな」

 

「ヤタ、そんな面白くない事言うわけないだろ。知ってるか?この辺りにダークエクスの密売人が潜んでいて、昨日の夜に軍警察に捕まったらしいぜ」


「おいおい、マジかよ」ヤタはびっくりしたようにメガネをの位置をずらした。


「ダークエクス? 確か見る事で性格が変わるって言われているものか? それ以外のことは知らないが」


「スズラカミは意外にその辺りは詳しくないのだな。性格だけじゃなくて見た目も変わるらしいぜ。いわゆる昔でいうところの麻薬作用があるってヤツじゃん。軍警察が最近、血眼になって発売元を探していたのだよ」


 ナハヤが続けていった。「あーでも、ダークエクスって危ないものもあるけどそれだけじゃないんだよな。政府非公認って名がついてるだけで、世間じゃ知ることが出来ない有益な情報が隠されている場合もある。だから、それを求めてダークエクスに手を出す人は後を経たないって訳だ」


 ヤタがいった「後、ダークエクスを使っている間は社会に対する不安や不満がなくなるって噂もある。まぁ違法だけどな」


「必要な情報を隠してるってことか。今の政府なら考えられるな」話を聞いていてスズラカミは内心徐々にダークエクスについて興味が出てきた。違法だがそこに自分が求めてることが隠されているのではないかと思えてきた。

 

 咄嗟にがフラッシュバックした。社会に対して自分はただそこに存在しているだけだと考えていた惨めな自分のことを思い出した。

 質素な白い建物が立っていた。その建物を囲う様に電気柵が貼られている。スズラカミが通っていた中等部4年の校舎である。教育革命が発表され、大幅に学校の雰囲気が変わった事を感じ取っていた。いやこれはスズラカミだけではなかった筈だ。皆脳内にインターネット接続が出来る。もう記憶力は必要ないと思っていた。

 確かに便利にはなった。だがその分規制が強化された。中等部、大等部の人間は学校の外には一歩も出れなくなった。稀に外に出る事を試みるヤツはいた。だがレーダー探知機に引っかかり、AIが搭載された電気柵に襲いかけられて焼け死んでいった。この出来事以来、スズラカミはこの政策自体に疑問を持っていた。何故出てはいけないのか政府ははっきりと理由を提示しなかった。ネットワークも強力な制限を喰らい、違法サイトなどを作っても脳内のマイクロチップを通じてすぐに軍警察に見つかり連れていかれた。その中にスズラカミの友人もいた。黒い装甲車に連れていかれる友人を見て、ただそこに立ち尽くすしかなかった。

 もっと強くならなければ殺されるかも知れない。その恐怖心と不安から格闘技を習い始めたのもこの頃である。


 そして今も尚やりたいことは見つからず絶望していた。環境汚染により衰退していく世界。自分には未来は無く、世界に飲み込まれて、死んでいくのだろうと考えていた。





 テンオウは何も考えずただそこにいる事に集中していた。頭を使うどころか直接脳にインターネットを繋ぐのが当たり前になったこの世界では、休息という概念が無くなった。故に自分が何をしているかを自分自身が気づかなければならない。それがテンオウのモットーである。ここは茶室と言われる場所で4畳半の部屋に彼しかいない。大きく開かれた窓からは林が見え、その葉っぱの間からは光が眩しくのぞいていた。エンペラーハウスの施設内の一室に作られたこの場所はテンオウの精神の安定に使われていた。

  

 そろそろ時間か。

 

 胡座あぐらを描いた状態から立ち上がるとマイクロチップを起動した。部屋の扉にネットワーク接続し、扉を開ける。扉の外は会議場になっている。

 

 この建物の1番上階にある薄暗い円形の机に幹部のメンバーが揃っていた。今日はそれぞれが挙げて来た成果を発表する日である。


 テンオウは秘密結社エンペラーハウスのボスであり、数百人の部下を抱えている。白髪でオールバック。常に鍛えているのか年齢の割に筋肉質だった。だがその見た目よりも驚異的なのは中身の方である。組織設立から何十年と自分の信念をストイックに追いかけてきた。金と人の為にいくつもの汚れ仕事をこなしてきた。だが己の野望の為に犠牲は必要不可欠だと思いひたすらに突き進んでいたのだ。それが自分にとっての誇りだった。


「では、これより定例会議を始める。まず報告にあった捕まった第15地区の密売人だが、我々の情報は一切知らず、組織名すら認識していないヤツだった。安心して欲しい。」


「お!やっぱりか。始末する手間が省けたぜ。まぁあの手の密売人にウチは直接関わって無いのだから当然と言えばそうだが。」ジョウトがナイフの様に鋭い目つきでいった。


 この男ジョウトは短髪で顔の右側に頭から首にかけて大きな傷があった。さいわい目の位置に傷がないことから失明は免れたのだろう。だがその風貌から歴戦の猛者であることが伺いしれた。


 エンペラーハウスの従業員は殺しが当たり前だった。その中でもこの会議に集まっているのはテンオウが信頼を置いている幹部だけだった。殺しを行なってまで手に入れたかった物。それが徐々に近づいていた。


「奴らのの取引場所ですが、IOTハックの末辿り着きました。」年齢は20代だろうか。ミナミは両方を露出した黒いドレスを着ている。だが物腰には隙がなくはみ出した肩幅が女性の割に広いことから鍛えていることが伺える。

 ミナミが目の前のパソコンを操作してデスエクスの詳細を会議の参加者のマイクロチップ内に流す。


 狙いのデスエクス。これを手に入れる為多くの国で犠牲が出た。そして今、日本の一組織いちそしきであるエンペラーハウスにデスエクス抗争を勝ち取るチャンスがやってきた。

「ではヘル、お前の見解は?」テンオウがいった。

「軍警察対策として何重にも偽装トラップを仕掛けた方がいいかと。更に緊急の事態に備えて我が従業員も後方に大量に控えさせようと思います」

「だが、IOTにも気をつけろよ。奴らはモノさえ有れば居場所を特定できるぞ。」

「はい、テンオウ様」ヘルがうやうやしくいった。


「それと、あの場所の近辺調査はお前に任せる」

「了解いたしました」


「よし各員配置につけ!くっくっ…。いよいよ我々の目的を果たすときが来た」

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