第8話:保護

 母上様がそう言われる事は想像ができていました。

 慈悲深い母上様が、餓死しそうな民を見捨てられるわけがないのです。

 それでも、母上様も貴族家出身でちゃんと領主教育を受けていられます。

 どれほど胸を痛めようとも、領地を破綻させるような事はされません。

 私が資金に十分余裕があると言って、多くの真珠を見せていたから言えるのです。


「大丈夫です母上様。

 この街にある余裕物資をすべて買い取りましょう。

 乗馬や駄馬、馬車や荷車、食糧や衣服をすべて買い取り、彼らが望むのなら最後まで面倒を見ましょう」


 守備隊長は信頼できる漢ですが、配下や街の者まで信じられるとは限りません。

 今はまだブートル伯爵家として通用していますが、何時王家王国から爵位を剥奪されるか分からない状態です。

 まして自分達からキャッスル王国に移住するなんて言えば、足元を見られて全ての物資を不当な高額で売りつけられてしまいます。


「守備隊長殿、当座の資金としてこの水晶を渡しておきます。

 この街が売ることができる全ての物資を売ってください。

 この水晶で代金が足らなければ、真珠もありますからね」


「承りました、直ぐに街の者達に話をつけましょう」


 守備隊長は私達の案内を配下に任せる事を詫びて、急いで離れていきました。

 自分が町の者達と交渉する事で、私達が不当な値段を吹っかけられないようにしてくれるのでしょう、本当に心優しい漢です。


「セシリアはルイーズと一緒に先に宿に行ってくれ。

 私は家臣や使用人に炊き出しの準備をさせる」


 父上が私達に先に行けと命じられました。

 これ以上母上様の慈母心が発動する事が心配なのでしょう。

 私も同じ思いでしたから、急いで母上と一緒に護衛に護られながら宿に向かいましたが、父上様はなかなか宿に来られませんでした。


 父上様も思う所があったのだと思います。

 自分が生まれ育ったウィルブラハム公爵家の領民が、兄の悪政の為に領地から逃げ出して盗賊に身を落としたのを殺した直後に、今度は餓死しそうな千人近い元領民を目の当たりにしたのです。

 元領民の世話を家臣や使用人任せにできるご性格ではありません。


 その日の父上は朝まで宿に来られませんでした。

 家臣や使用人を陣頭指揮されて、ウィルブラハム公爵家の元領民の世話をされ、無事にキャッスル王国まで移動できるように準備されていたのでしょう。

 コリンヌに、いえ、ウィルブラハム公爵に唆された王家が討伐軍を派遣する前に、キャッスル王国に逃げ込みたい気持ちは強いですが、寝不足になった家臣や使用人に強行軍をさせる事はできません。

 一日ゆっくりと休養してから旅を再開しました。

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