天上三千世界を平らげる。往くぜ、料理は愛情!

水原麻以

第1話

「魔王……まだく

「ぇぇぇぇ? わたし、バージn

「そっちじゃねぇ。上の口

「ま、まおうを ですか?」

「何度も言わせるな」

「んくぅ ちゅぷって? ひああああ」

「ちげーったらちげーよ

「よく噛むんだ」

「ち、ちそちそをですかぁ? い、いたい

「もういい」

「わけがわからないよ

「黙れ、喰っちまうぞ」



「はい、もう 食べるなんてやだ! い、いたい、いたい、きききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききにきききききききききききききききききわか! い、いたいいいてる!

「食べねぇの?」

「ちげーた いっとくしぃ!!」

「そんなに慌てれ。 食べねぇのか?」

「食べるぅ、たぁたぁ たべるぅ!!」

「俺、これで手を切るなんて信じられないんだが、一応腹に何か入れれば治る状態だったんだし治す方法教えていいか?」

「あ、ほ、本当ですか!? ほ、ほんとうですかぁ??」

「ほーじ、ほんとうだよ??」

「そ、それで、ですけど」

「ああ……俺は別に信じないからな。 ほ、ほっとけ ほっとけ!」

「ほ?」

「ほだ?」

「ほだよ!」

「そういえば、ほなの言葉の意味とかはわかるか?」

「ほ? ほ、ほだよ」

「ほな?」

「ほで、ほで、ほが、ほで、と

「ほな!、ほで、ほで、ほで、と」

「ほ、ほじゃないの言ってること。 ほで、ほで、ほじゃない、ほで、ほで……」

「ほです!! ほです!!!」

「ほーさです!!」

「ほで、ほーで、ほでって!」

「わ、はわわ……と、言いたかった」

「ほで、ほで、ほでって!」

「あ、ほじゃない! ほで、ほで、ほでって!」

「ほーでです!! ほで、ほでって!」

「そ、そ、その……」

「ほーでです!! ほで……ほでってのはそういう意味で言ったんじゃないのっ!! ど、どこで間違えたの!」

「へ?」

「ほで、ほでって……ほでって?」

「ほで、ほで、ほでって……。ほで、ほでって……」

「…………」

「ほですよ。 ほで、ほでって……」

「でも、ほら、言わないとやっぱり怒るんじゃない??」

「言えないけど……って! 何でよ!!」

「な? ほでって、ほでってまだ怒ったままでしょ!?」

「も、もういいから!! 聞こえないからっ!!」

「聞こえてないっ!!」

「ほでってこと言ったのに!!」

「もぅ! もういい!! わかったからもういいから!!」

――……本当…わかった?

俺が急いでここのマンションに帰るのを何とか聞き出そうと近づくと、何だか妙な様子だった。

「あ、あの……今何て言われた」

「お、おそらくそれはこういった内容なんですけど……」

「本当なの!?」

「ほでって……聞こえてねえし、ほでって言ったよな、と私は思いまして……」

「そ、そう」

「それに……さっきのは何だったんでしょうか…」

「あ、あーあのさ、どうも」

「…え…どうも……」

「…あのさ…」

「どうも」

「…ん……」

「……もしかして……」

「あ、あ。もしかして」

それからすぐに部屋の場所と、それと、これから何かあった時の為に一応携帯を持って来て、俺は帰った。

今日はお疲れ! 元気でやっててよかったよ! って感じの声を聞きながら俺は家に帰った。

そして、部屋には誰もいないのが当たり前だと思っていたけど、何故かそう言われてしまったのだ。

……別に帰ってからすぐに俺を見て来るかと思いきや――

「お疲れ! どうだった?」って声を掛けてきた。

「…あぁ、うん。まあ、結構大変だったけど。それなりに…」

「…そう…」

「…でもこれから少しは話すことあるもんだから」

「…え」

「…うん、うん……」

……って、どうしたらいいんだろうか…。

俺はそう思って首を傾げながら「あの、話って?」と聞くと…。

「…いや、何でもないよ。それよりさ…」

「…ん…?」

「…なんか、その…」

「…へ?」

聞かれて、俺は慌てて首を動かして先輩の顔を見る。

俺はしばらくの間言葉が出なかった。

「いや、…なんか、先輩ってさ、ここ数日間、死にそうな顔してたでしょ? 俺ら徹夜勤務が続いているし、殆ど家と会社を往復するだけの毎日だし、ひょっとして」

自殺という言葉はあえて使わなかった。俺と先輩は都内のIT会社に勤務している。今、流行のテレワークとは無縁の会社だ。個人情報保護やハッキング対策などセキュリティーリスクの関係で在宅ワークが禁止されている。政府の要望でコロナ給付金やら感染予防などスマホアプリを開発しているからだ。給料はいい方だ。固定給で25万円貰える。ただワークライフバランスが悪い。残業だらけでほぼ会社に住んでいるような状態だ」

「私が過労死自殺すると思った?」

やばい、先輩は俺の予測を見抜いている。


状況は刻々と悪化している。

こういう時はどうすればいいか俺はわかっている。鬱病の原因は色々あるが、まず休養と栄養をたっぷり本人に取らせる事が回復につながる。

だから俺はこうして食材を差し入れに来た。さっきの「ほて」というのは先輩の大好物であるホタテ貝の事だ。

そして新刊のライトノベルもある。先輩が前から楽しみにしていた牛道マシンガン先生の最新作だ。

しかし、異世界転生という発想は自殺願望を持っている人には読ませない方がいいと思った。だから先輩が元気を取り戻してから読ませようと思う。

「先輩、美味いもんでも食って、元気を出しましょう」

「そうだわね。天上三千世界を平らげる。往くぜ、料理は愛情!」

「嬉し恥ずかし異世界転生ー」

「そうそう、逝くわよ、後輩君、まるっと華麗に異世界デビュー」

「食べた後は、食べさせてくれますよね。先輩」

「後輩君は賞味期限切れじゃないの」

「黙れ、喰っちまうぞ」


そういいながら、きゃあきゃあとOL二人組が扉の向こうへ消えていった。


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天上三千世界を平らげる。往くぜ、料理は愛情! 水原麻以 @maimizuhara

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