ACT.2

”紅サソリ”、確かによく聞いた名だ。

 探偵になってからこっち、調査の過程で殺人コロシの現場に出くわしたことはあるが、その度に私服デカ制服オマワリの口から、この名が出ていたことが度々あった。

 当り前だが、別に犯人ホシが自分でそう名乗っていた訳ではない。

 ただ、遺体にはいつも延髄ぼんのくぼ、若しくはどこかしらの急所を針状の凶器で一刺しした傷が残っていること。

 体内からは微量ではあったが、ある種の毒物が検出されたこと。

 そして現場近くで必ず紅色の装飾品を付けた女が目撃されたことから、

 犯人は女で、そして誰言うこともなく、

”紅サソリ”

 なる呼び名が付けられ、マスコミにも書き立てられるようになった。

 俺は席を立って窓際まで行き、サッシを開けて外を見た。

 もう春である。

 一直線で暖かくなったというわけでもないが、さりとてもう寒さはとうの昔にどこかに行ってしまった。

 後はあの忌々しい”新型なんとか”が収束してさえくれれば、もっと俺が一番好きなこの陽気を楽しめるものをと思った。

 俺は今日三本目のシナモンスティックを取り出し、口に咥える。

 彼女は不安そうな顔で、そんな俺の方を見ていた。

『失礼、聞いています。先を続けて下さい』

 俺は窓の外を見たまま、座っている彼女に言った。


 彼女、つまり初芝文子、いや正確には彼女の家、初芝家というべきか・・・・は、もう五代続けて”殺し屋”を稼業なりわいにしているのだという。

 知らない誰かに大金を積まれて請け負い、命じられたままに標的ターゲットを仕留める。

 思想も、主義、人種、宗教も関係ない。

 ただ殺すのだ。

 それが仕事だった。

 文子自身は、物心ついた時には既にそうした技術テクニックの特訓を受け続けてきた。

 無論子供の頃はそれが何だか分からず、ただ尊敬していた両親や祖父母にに褒められるのが嬉しくて、夢中で言われる通りに特訓(”お稽古”と呼んでいたらしい)を繰り返して来た。

 そうしているうちに、彼女の技術テクニックは天賦の才があったのだろう。

 みるみる上達していった。

 文子が初めて実践、つまりは”仕事(殺しを彼女はこう呼ばされていた)”の現場に出たのは十九歳、後半月ほどで二十歳はたちになろうかという時だった。

 それからというもの、彼女は次々と”仕事”をこなし、二十五歳になる今日までに両手の指を二周以上、勇に越えるだけの数をこなしていた。

 つまり、それだけの人の命を葬ったという事である。

 

 彼女自身、割り切って”仕事”をしてきた積りだった。

 しかし、最近になって、彼女の心に変化が起こるようになってきた。

”ひょっとしたら、自分は仕事などではなく、本当に人を殺すのが好きなのではないか”

 そういう思いに取り憑かれるようになった。

 一旦沸き起こったその思いは止めることは出来ず、夜ベッドで横になると、自分が殺めた人間の、苦悶に満ちた表情が目の前に浮かぶようになる。

”もう止めよう”

 彼女はそう決心した。

 幸い、祖父母はとうの昔に、母は五年前、父は二年前に他界している。

 他には兄も姉も弟も妹もいない。

 血縁と名の付くのは彼女一人である。

 自分がいなくなれば、この忌まわしい血統も稼業も、この世の中から消えてなくなる。

 そうしなければならない。

 いや、そうすべきだ。

 そこで自分以外の誰かに、手を下して貰おう。そう考えたのだという。

『警察に自首して出ることは考えなかったんですか?』 

 三本目を齧り終えた俺は、彼女を振り返って訊ねた。

 カップを卓子テーブルに置くと、彼女はゆっくりとかぶりを振った。

『勿論、考えなかった訳じゃありません。でも、警察って証拠がないと何もしてくれないでしょう。ましてや”私は殺し屋です。早く逮捕してください”といったところで、相手になんかしてくれないのは分かり切っています。』

 なるほど、もっともだ。

 それでなくても、奴さんたちは事件を山のように抱えて動き廻っているんだからな。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る