第10話 夢のはじまり

 しばらくすると、チリエージャの会社のスタッフの顔と性格が良くわかるようになってきた。


水島櫻子 48歳 ジュエリー界のカリスマ社長。新人登竜門のコンテスト『ジュエリーアワード』の第一回でグランプリを取ったのをきっかけにフランスに留学。帰国後は有名デザイナーへの道をたどるようになった。常にトップファッションとジュエリーで現れる。


山本さゆり 36歳 名前からは想像できない怖もての営業。なんでもスパルタ式で、いつも怒鳴っている。特技は剣道、趣味はゴルフ。シングルの腕前と聞く。


下條チーフ 48歳 デザイン室室長 地味だが実力がある。櫻子先生のデザイン学校の同級生で、長年裏方として先生を支えてきた。最近奥さんが病気がちで悩んでいる。


みほ 27歳 デザイン室勤務だが相当そそっかしい。トラブルメーカーだが憎めない性格なので会社では、癒しの存在。


てっちゃん 30歳 デザイン室勤務 男性だが会社で一番女らしい気使いがあることで知られる。服装にはこだわりがあり、ベランダでハーブや薔薇を栽培している。花のデザインを得意としている。 


相馬翠 24歳 ルビの面接の時に正規に採用となったエリートデザイナー。家柄もよくイタリア留学の経験もあり、将来を嘱望されている。


 ダンボール発送の担当のルビはいまだに名前を覚えてもらっていないが、徐々にみんなに馴染んで行った。

「ねえ、ダンボちゃん。」

ある日みほが帰りがけに声をかけてきた。

「デザイナー志望って聞いたけど、デザイン画はかけるの?」

「習ったことが無いので・・自己流です」

「だったらさ、このデザイン画、彩色してよ。あのね、ここはルビーだから、このマジェンダで、赤く塗ればいいのよ。この色鉛筆で。それでこっちのは、サファイヤだからこのコバルトで。職人さんへの説明図だから、色をつけるだけで良いのよ。メレーの数が多いと手間が大変なのよ。あとで私がハイライト入れるからさ!」

「私がやっていいんですか?」

「今日、デートがあるの!お願い!これ、デザイン学校の教科書だから参考にしてみて」

みほは化粧を直して、なにやら嬉しそうにでかけっていく。ルビは残業しながら教科書を見ながら色を塗るのを手伝った。


このことがあってから、みほの「お願い」は頻繁になった。

「ゴメン、今日ちょっと合コンがあって。

ダンボちゃん、櫻子先生のラフスケッチ清書にしてくれない?はじめて見る先生のラフスケッチ。

「私でできるでしょうか」

「出来るところまでやってくれたら、明日私が続きやるから」

一心不乱に描くルビ。楽しくてしょうがない。

「あれ、なにやってんの」

通りがかりに下條が聞いた。

「あの、ちょっと清書を頼まれたんですが、わからなくて・・」

「君が?清書?」

怪訝そうにしていた山下は、はあーん、みほだなと悟ったようにうなずくと、体をこごめて定規を当てた。

「中心線をまず描いて。」

デザイン室長の下條は、倉庫の片隅の棚の上で、三面図の描き方を少しずつを教えてくれた。


加工場に帰ってルビは何回もデザインを描き直した。作業場にあるワックス原型を見ながら、3面図を何度も描き続けていた。エイタがメロンパンを持って帰ってくると、ルビが祖業室でデザイン画を描きながら眠っている。

「おい、お前、風邪引くぞ。」

毛布をかけてあげるがルビは気がつかない。ヒロヤのポスターに

「なんだコイツ、俺のほうが絶対かっこいいのにな」

と呟き、指ではじいた。


ある日デザイン室の入り口でアメジストのイヤリングの片方が落ちているのを見つけたルビは、何気なくポケットにそれをしまう・・・


「ねえ、私のアメジストのイヤリング、だれか知らない?」

と櫻子先生

「知らないですけど」

と美穂

「みんな知りません」

「この間、金具が緩んでいたんでいたので直そうと思っていたんだけど」

「変ですね」

とさゆり

デザイン室の外では、ルビが一心不乱にダンボールに備品をつめている。誰と無く、みんなの視線はルビのほうに。


「でも彼女は中には入れないはずですし」

「履歴書をもう一度見せて」

「家族の記述もないし、アルバイトとはいえもう少しちゃんと調査しといたほうがいいわね」


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