第12話 黄昏ハイボール

 ある夏の夜、尊は眠れない真輝のためにハイボールを作った。冬ならホット・バタード・ラムだが、夏にはちょっと暑すぎる。

 グラスに氷を入れ、ウイスキーを注ぐ。この頃では、彼女はタリスカーを飲まなくなった。今夜は別のウイスキーだ。ソーダを入れたいところだが、彼女の好みはトニック・ウォーターで割るハイボール。

 炭酸が抜けないように、そっと混ぜる。そう、まるで焦らすように優しく。まるで、真輝が尊を見つめる目のように。

 やがて、二人は琥珀色に染まるグラスで乾杯した。琥珀亭に流れる時間のように、ゆったりと穏やかな気持ちで視線を交わす。そっと手を重ねると、彼女の細い指が安堵で緩んだ。

 これから先も、彼女が眠れない夜があるだろう。だけど、そこには琥珀色の時間と酒がある。そして傍らには尊がいて、こうして手を握るのだ。二人の時間は始まったばかりだと、そういうとき、尊はしみじみ思う。


 いつも夕日を見ると尊は思うのだ。

 また日が沈み、辺りは黄昏に包まれる。今夜も琥珀亭にはいろんな人々が集い、人生の一幕を垣間見せるだろう、と。

 一杯の酒に感情を託して、そして飲み干す。それを見守りながら、尊と真輝も肩を並べて琥珀色の時間に身をゆだねている。彼らは同じ明日を見て、今日を生きているのだ。そう、今夜も琥珀亭で。

 一杯の酒はいろんな歌になって、誰かの心に響くはずだ。それは子守唄だったり、応援歌だったり、祈りの賛美歌だったりもする。同じ酒でもどんな歌になるかはその人次第だった。

 尊は子守唄を歌えない代わりに、歌にこめるようなものを酒にこめるのだ。

 琥珀色をした歌を。

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琥珀の歌 深水千世 @fukamifromestar

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