第5話 アゲハサイド・王子

「どういうこと? あいつが消えた途端何でこんなモンスターに苦戦するようになっているのよ!」


 ユウタが欠員になったSランクパーティーの「ロイヤルカタストロフ」は格下のAランクモンスター「ゲロリン」に苦戦していた。

 カエル型のモンスターでまだAランクなったばかりのパーティーが倒すと良いとされているようなモンスターだ。

 そんなモンスターに自分たちが蹂躙されている。

 アゲハの理性はその事実に著しく傷つけられていた。


「このカエル野郎おお! なんでお前は俺の防御力より攻撃力が高いんだよおお! お前は高くちゃだめだろうがああああ!」


「こんなの聞いてないですわ。いくら何でも早すぎます! 早すぎて目がああ! 攻撃されましたわ!! バラモス回復を!」


「死んじゃう! 死んじゃう! ヒール! ヒール!」


「バラモス!?」


 どうしてこんなことになったのか。

 自分は恋人である勇者チャールズの為に彼の許婚の魔女を殺すついでに、無能をお祓い箱にしただけである。

 それなのに目の前で広がっている惨状はなんだというのか。


 タンクである聖騎士のバラモスは自分可愛さに自らを回復させ続け。

 魔弓使いのイリーナは目が追い付けないという理由で戦闘を放棄して、敵にいいようになぶられている。


 事実上のパーティー崩壊と言ってもいい。


 アゲハの中で理性が音を立てて軋み、完全に壊れた。


『天下無双!』


 気付けば己の持つ最上級スキルを発動させて、カエルに切りかかっていた。

 広範囲かつ高威力の攻撃にゲロリンは成すすべもなく、引き裂かれる。


「ゲロリーン!!!」


 赤、赤、赤!

 引き裂かれた肉と血と臓物の色を見ることでアゲハの心はやっと落ち着き、急速に冷却された理性が彼女の心と癒着した。

 ぐるりと背後で震えている二人組に目を向ける。


 どうしてこいつらはここまでいいようにやられたのだろう。


 何が余分? 何が不足していたのだろう?


「助かった! アゲハあんたはチゲエって信じってた、……へブゥ!」


 思考の邪魔をしに足元によって来たバラモスゴミを蹴とばすとさらに思考の領域を広げる。

 今以前に明らかに自分たちが失ったものがある。


 だが今の自分たちの無様をそれが抜けおちたゆえの不調だと認めたくなかった。


 だが眼前にどうにもならない形で示された今、それが抜けた不調が自分たちに起こっていると認めざるを得ない。

 

 ーーあのベースキャンプしか作るしか能のないユウタが抜けてからこの不調が起きてる……!


 あいつのみすぼらしいベースキャンプが自分たちにそこまで役に立てったというのだろうか?


 アゲハは自分の目が節穴だったという事実を突きつけられるようで、認めたくはなかった。

 だがことここに至ったことで認めざるを得なくなった。

 ユウタが居ないことで自分たちはこんな事態に追い込まれているのだと。


「役に立たない上に変わりなんていくらでもいる生産職のくせに生意気よ」


 どうしようもないイライラをアゲハは彼が死に絶えたという事実を思い出すことで冷却する。

 奴は死ぬことで自分の目を見誤らせたという愚弄を解消したのだ。

 そんな自分勝手な論理で心を冷却する。


「ささっと立ちなさいよ」


 心を平静にまで戻すとアゲハは目の前でうずくまる無能二人組に、促すように声をかけた。

 二人組はゾンビのように生気のない様子で立ちあがった。

 心が折れているのではないかと思ったアゲハが彼らを見て、切るか、切り捨てないかの算段をつけようとするとこちらに向けて乾いた蹄を打ち鳴らす音が聞こえてきた。


 アゲハの心はその馬車の姿を見ると浮き足だった。


 足が、髪が、心が躍る。

 気付けばアゲハは自分の仲間の無能さやゲロリンに蹂躙された苛立ちを忘れて、馬車の前にはせ参じていた。


 ゆったりと扉が開くと、この世に並ぶ者のない傑物が目の前に出てきた。

 アイアンハルデ王国次期国王であり、勇者であるチャールズ第一王子だ。


「ふんむ。アゲハよく劣等種族である亜人を葬り去ってくれた。どう手を打っても極刑には出来ぬというから苦労していたんだよ」


「いえ、剣聖である私には造作にもないことでしたわ。直接手を下した者も処分済みです」


「重量、重量。さすがに僕と同じ選民である剣聖の君は違うね。すべてが完ぺきだ。それに比べて父上じじいはあの劣等種族との婚約を機に今の戦闘職至上主義を取り下げようなどとほざくのだから全く持って嘆かわしい。アリアンハルデ帝国の素晴らしき歴史全てを愚弄しているよ」


 チャールズは憎々しげにそう呟くと、先ほどの感情が断絶したように笑顔をこちらに向けてきた。

 チャールズは伝統を重んじる王子だ。

 古くから行われている差別は絶対に行うし、敵国になった人種は徹底的に毛嫌いする人だ。

 人柄が非常にいいと評判の高いエネミオスの姫が相手と言えど、敵国であり亜人や魔女と言われる種族であるゆえに彼はひどく憎憎しく思っていた。

 アゲハは英雄の切り替えのあまりの速さに気後れしつつも、強者に逆らうことがどういうことか自分自身よく知っている彼女はチャールズの言葉に従う。


「なんですの一体? 婚約者を亡き者に? 一体どういうことですのアゲハ?……グッ!?」


 勇者の言葉を拝聴しているというのにその邪魔をしたイリーナカスを足蹴にするとアゲハは再び勇者の言葉に耳を貸す。


「まあそれもこれも僕の完ぺきな手腕によって未然に防がれてしまったのだけれどね。やはり僕を頂点に置いた戦闘職至上主義が絶対。魔力なんていう荒唐無稽なものに頼る魔女なんていう劣等民族と婚姻するのなんてありえないし、ましてや生産職の地位向上を図るために利用されるなんてまっぴらごめんだよ。世界は僕たちのような選ばれた強い者が回さなければならないんだよ」


 その暴力的な戦闘職至上主義に若干の温度差を感じつつも彼女はチャールズの考えに同調する。


「さすがですわ、次期国王殿下。選ばれた者の責務を果たそうとしている様は誠に素晴らしく、感動すら覚えます。血迷られた父王ジョン殿よりも素晴らしい王になられることは定められた理とこのアゲハ信じております」


 アゲハがチャールズに対して恭順の意を示すと間を置かずに、周りに対して地響きが響いた。

 何事かと周りを確認するとモンスターの群れがこちらに向けて来襲していた。

 厄介なと思うと夕暮れの荒れ地に大きな影が生じているのが見えた。

 竜か何かの圧倒的な捕食者がここに訪れて、モンスターたちがパニック状態になっているのだろう。


「チャールズ様お下がりください。ここは私が」


「いやいいよ。たまには僕も運動をしなければいけないと思っていたんだ。僕の聖剣も使わなければ錆付いてしまうしね」


 チャールズは整った顔から真っ白い歯をのぞかせると腰にある聖剣を抜いた。

 剣聖のアゲハから見てまるでダメダメな構えだったがそれがだめなことだとはアゲハは感じなかった。

 むしろこの隙だらけの構えこそこの人物には一番当てはまるという確信があった。

 なぜならこの人には技術など必要ないからだ。


「まずは下賤なモンスター諸君、止まってもらおうじゃないか。『聖震』」


 ただ彼が片足で地面を踏みしめるだけでも、モンスターの大群を止めるような地震――最上位スキルを平気で起こしてしまうのだから。


「kieeeee!」


 混乱状態から大地の震えと言った邪魔が入ったことにより、憤怒の叫びをあげてチャールズの下にモンスターが殺到する。


「ハハハハ! あまりいきりたつものじゃないよ。選民の波動を喰らうがいい『聖振』!」


 子供がアリの巣を突いて喜ぶのと同じようなはしゃぎぷりを見せながら、チャールズは続けざまに『地団駄』の最上位スキルを発動させる。

 周りのモンスターは相当のストレスのようで叫び声を上げる。


「ちゃんと待てが出来るなんていい子じゃないか。ご褒美を上げよう」


 抜き身の聖剣を天に掲げると聖剣から光が生じ、アゲハの目の前でチャールズの体が消えた。

 どこに行ったかと一巡してから目をもとの場所に戻すと、チャールズが居た。

 一瞬混乱するが、アゲハはすぐに彼が瞬きの間に動いてここにまた彼が戻ってきたということに気づいた。


「ふうう。僕としたことがこんな地べたにミンチを大量にこしらえてしまった。生産職たちの餌にちょうどいいというのに勿体ないことこの上ないよ」


 アゲハは驚嘆し、彼の背後にあるモンスターたちの亡骸を発見すると頭が冷えるような感覚に襲われた。

 今の一瞬でこの男はあの数のモンスターを全て葬り去ったというのだ。

 雑多な種類で上から見ればSランクのモンスターも混じっているあの混成団を一瞬で。

 Sランクなど最上級職の自分でもパーティー単位で挑んで何日も死闘を演じてやっと倒せるレベルだというのに。

 正真正銘の化け物だ。

 この人には絶対に逆らってはいけない。


「まったくです。生産職の者らもさぞや残念がっていることでしょう」


「そうだろう、そうだろう。奴らはもっと栄養のある魔物の肉を食わねば。僕が王になった暁には猛毒系の魔物の肉を食わせて免疫つけてをあげることにしよう。それよりも君たちもう夜だ。特別に僕が馬車で君たちを王都まで送ってあげよう」


 チャールズはニコニコとして自ら馬車の扉を開けてこちらが中に入るように促した。

 その顔には浮かんだ媚のようなものを見て、アゲハは暗に彼が何を要求しているのか把握した。


「さすがはチャールズ様。我らのようなものまで気を使って下さるとは。まるで聖人君子のようなお方で在られます」


「まったくアゲハは本当のことしか言わないな。良く君は面白みのない人間だと言われるだろう」


 チャールズの喜悦の混じった声とともに馬車は走り始めた。

 剣聖アゲハと勇者チャールズは自分たちの崩壊が始まっているということにいまだに気付いていない。

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