第4話 ベースキャンプ

 柔和な雲の地面と、艶やかな白い花。

 そしてその周囲を飛ぶ真っ白な天使に似た何か。

 まるで天国そのもののように美しく、心温まる光景が広がっていた。


 その美しさの誘惑に心を奪われそうになる……。


 がすぐさまに心が警鐘を鳴らした。


『蜜の近くには蜂が居る』


 緊迫が限界を迎えると、ベテラン冒険者に言われた言葉が脳内で再生された。

 望んだものの裏にはいつも帳尻が合うようにそれ相応の地獄が用意されている。

 向こう側に存在するのはこちら側を喜んで迎えてくれる天国ではない、こちらを飲み込んで骨の髄まですすり倒す化け物の跋扈する地獄だ。

 この地獄の中で生き残る為には自分が出せる全力を出し尽くすしかない。


 門を潜り、魔女の重みと背中痛みが走ると同時に僕が取れる最善、……スキル『ベースキャンプ作成』を発動する。

 身の内でスイッチが入ったような感覚に襲われるとともに目に情報の奔流が流れ込んでくる。


 ――従属スキル『鑑定』発動


 天上の花(白)

 レア度:星5☆☆☆☆☆

 ――S級ダンジョン『天域』において咲き誇る花。各階層において色と効果が異なる。

 効用:再生、魔力供給(大)、状態異常回復


 天上の尾根

 レア度:星6☆☆☆☆☆☆

 ――S級ダンジョン『天域』における地面。可変性に富み、この世の中でも並ぶものが無いほどの耐久値を誇る。

 効用:形状変化、全属性耐性


 天上の柱

 レア度:星4☆☆☆☆

 ――S級ダンジョン『煉獄』から伸びるそのダンジョンの頂点。

 効用:錬鉄、燃焼、形成補助


構成クリエイト!」


 至近にあるものの鑑定が終わるとベースキャンプのキットが僕たちを覆うように召喚され、その周りに鑑定された素材が集まっていく。

 周りに雲が集まって壁と屋根が形成されると、岩が捻じれて窯を形作り、花が柔らかく周囲を覆い始める。

 数舜も置かずして、雲のベッドや溶鉱炉付きの柱が備え付けられたベースキャンプが完成した。

 そして動くものがなくなるころにはそこには、とてもベースキャンプとは思えない幻想的な空間が広がっていた。


 天上のベースキャンプ

 レア度;星5☆☆☆☆☆

 ――S級ダンジョン『天域』を構成している素材で構成されたベースキャンプ。

 効果:魔力供給(大)、名人、全属性耐性、体力回復(大)、再生、身体能力強化、状態異常回復、状態異常無効付与

 耐久値1000/1000


 効果も今までに見たこともないような破格のスキルがいくつも付与され、耐久値もいつものより桁が2つ違う。

 一線を画すような出来栄えだ。

 元々の素材のレアリティが高いことがおそらく原因だろう。


 僕のパーティーはSランク――事実上のギルドでの頂点だったが、一番攻略難度の高かったダンジョンでもレアリティは星3、常のダンジョンでは星2~無星が普通だった。

 ここはそのレアリティの倍以上はあるのだ。

 そんな破格の素材でベースキャンプを作成すれば、こちらの予想外の性能をたたき出しても何ら不思議はない。

 だが僕の傷の痛みがすぐに和らぎ、傷が塞がったことを考えるとそれ以上の性能を示しているように感じる。


 出来がいいことを置いといたとしても良い物が出来たからと言って、油断は出来ない。

 このダンジョンにある素材のレアリティが高いということはこの環境に居るモンスターも強いということなのだから。


 むしろベースキャンプという大きな目標物が出来たことで狙われやすくなったと言っても過言ではない。

 安堵はできない。

 ベースキャンプの耐久値に限界はあるし、けが人もいるのだから。

 一刻も早くここから脱出しなけば、魔女を巻き添えにしてここでお陀仏することになってしまうことも十分考えられる。


 まずは脱出経路を見つけるまで攻略だ。

 腕に持ったままの魔女をベースキャンプ内の雲のベッドに横たえると外と中を隔てる幌をめくって、外の様子を確認する。

 柔らかな雲に、清らかな花、そしてその周りを飛び回る天使たち。

 やはり魅惑的な光景だ。

 だがこの先は地獄だ。


 “鑑定眼”を起動する。


 天上の花

 ――S級ダンジョン『天域』において咲く花


 エンシェントゴブリン

 ――S級ダンジョン『天域』に召された歴戦のゴブリン。


 エンジェルクイン

 ――S級ダンジョン『天域』に生息する固有種の大型蜂。



 すると花の中に虎視眈々とこちらを待ち構えるゴブリンが居ることと、周りで飛んでいる天使たちの正体がここにに生息する固有種のハチであることが判明した。

 ハチについてはこちらに気付いてるという様子ではないので大丈夫そうだが、ゴブリンについては確実にこちらを待ち構えている形なので戦闘は避けられそうにない。


 こちらから仕掛けずともあちらから攻め込んで来ることを考えれば、なるべくベースキャンプを巻き込まないように僕から仕掛ける必要がある。

 だが仕掛けると言ってもベースキャンプを作る役目しか与えられていなかった僕は、武器を持っていない上に戦った経験自体が少ない。

 それに何より背中のキズがいつ開くのかわからない。

 せいぜいとして僕が戦闘に参加していたのはパーティーメンバーが低レベルだった時だけだ。


 近づいて殴打なりで攻撃を加えることにしても、あれがSランク迷宮のモンスターであることを考えると一撃も加えられずに力尽きる可能性が著しく高い。

 こちらから近づかない方法でかつ先に攻撃する手段を考える必要がある。


 一番無難なのは弓矢や魔法での遠距離攻撃だが、僕はそれらの類のスキルは持ち合わせてはいないし、ましてや武器がない。

 妥協としては近くに有る何かを投擲して攻撃することだが、自分のステータスに依存する部分がデカい。

 今ベースキャンプの効用で身体能力強化がかかっている状態とはいえ、僕の元々のステータスは高くない。

 一撃で殺しきることは勿論無理だとして、こちらに近づいてくる前にどれだけ減らせるかが問題だ。

 身体強化の比率がわからないのでこれだけは試してみないとわからないが、できれば大半を削り切りたいが。


「限定解体・骨組リミテッドリリース・ピラー!」


 骨組みとして使っている素材『天上の柱』の一部を解体して、こぶし大の大きさに整えると僕はそれを投擲した。

 現状出せる最強の武器はゴブリンの頭部に目掛けて飛んでいき、目前に迫る。

 が、ゴブリンはそれを歯牙にもかけていないようで棒立ちのまま受け止めた。


 くそやはり通用しないかと思い、ゴブリンの様子を確かめると顔が半ばから消えていた。

 一瞬状況が飲み込めなかったが、雲の壁に血に濡れた『天上の柱』を見つけると今この状態で起きたことを悟った、

 僕が投擲した石が相手の顔を抉り取った。


「嘘でしょ。相手は最強のダンジョンに住むモンスターなのに、投擲一回だけで」


「キェェイ!」


 目の前で示された結果に対してまだ理解が追い付かないでいると、花のところから続けざまに現れたゴブリンがこちらに向けて躍りかかってきた。

 反射で手元にあった『天上の柱』で作成した石モドキを相手に向けて投げつけると一匹目のゴブリンと同じ様に首から上が消えた。


 流石に二度目ということもあり、現前たる事実として僕も受け取る以外ほかない。

 僕の身体能力はSランクダンジョンのモンスターを圧倒するレベルまで強化されているようだ。


 パーティーでは役に立たないと無下にされたベースキャンプ作成だったが、まさか素材次第ではこんな凄まじいバフを振れるものになるなんて。


 暗礁に乗り上げていたと思っていた迷宮攻略だが、脱出路を見つけるということに光明を見いだせたかもしれない。

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