出身


「おい、お前何かしたのか」


ギルが小さな声でアルフレッドに話かけてくる。


「何の事だ」

「とぼけるな、王女様の事だよ」


今二人はエミリアの警護についていた。しかし、今日のエミリアは誰がどうみてもおかしい。


アルフレッドを見て顔を真っ赤にしたり、食器を落としたり、挙句何もない所で転びそうになったりしている。


(やりすぎたか…)


昨晩、エミリアがあまりにもしつこいので意地悪をした。しかし、それはあまりにも刺激的だったようで、今日はずっとこの調子だ。


(これで、何も考えずに寝ようだの、結婚しようだの言うのを辞めてくれるもいいんだがな)


エミリアは明らかにアルフレッドの事を男性として好きと言ってる訳ではない。


恋愛とはドキドキすることであって、アルフレッドに感じているのは家族愛のようなものだと伝えたつもりだが、果たして伝わったかどうか。


(まあ、当分変なちょっかいはかけてこないだろう)


エミリアには申し訳ないが、暫くこのままでいて欲しい。


「きゃっ!」

「わっ!大丈夫っすか!」


今もまた、エミリアはカップをテーブルに落としていた。例の本の事で呼ばれていたベンは、様子がおかしいエミリアを何度も心配している。


「ほら、また落とした。アルフ、お前日常生活に支障をきたす事をするなよな」

「何で俺のせいにするんだ」


ギルはどこまで見通してるのか、ニヤニヤしている。しかし、アルフレッドは詳しく話す気は一切ないので、知らぬ存ぜぬを貫く。


「そんなことより、最近エミーには不可解な事件を見せないようにしているが、それを処理しているあいつらは大丈夫か?」


実はエミリアの周りで服が破かれる、物が壊されるという不可解な事件はずっと続いていた。しかし、それはエミリアに気づかれる前に片付けられるようになっている。


「睡眠不足だと喚いていたが、喚いているうちは大丈夫大丈夫」


アルフレッドの心配を他所に、ギルは楽勝楽勝と笑っていた。ギルはいいかも知れないが、実際に動いているあいつらは大変だろうに。


「キャロウとホレス、ほぼ寝ずに動いてるんだろ」

「ああ、敵の現場を抑えるためにな」


身を潜めるのが上手いキャロウとホレスは、ずっと身を潜めて敵を探しつつ、敵が起こす不可解な事件も処理して回ってくれていた。


マーヴィンがフォローに入ってるとはいえ、過酷な任務だろう。


「こんなに人数を割いても、まだ見つけられないのか」

「ここまでくると、相手がどんな化物なのか恐ろしくなるぜ」


彼の言う通り、敵の能力の高さが底しれず、恐ろしさを感じる。


「隊長〜!」


こっちに来てください、そう言わんばかりにベンが手を振っていた。隊長相手に対して、本当失礼なやつだ。


「何だよ」


二人でベンの方へ行くと、明らかにエミリアが動揺し始めた。自分は壁際に居たままにするべきだったか、そんな事を考えたがもう来てしまったものは仕方ない。


「俺って、どこで拾ったんでしたっけ?」

「拾った…?」


アルフレッドが怪訝な顔をすると、ギルが補足をしてくれた。


「言ってなかったか?こいつは俺の親父が拾ってきたんだよ」

「総隊長が?」


ギルの父親は国軍の総隊長をしている。面倒みが良く、部下にも慕われている、総隊長に相応しい人だ。


「ああ、剣を振り回している所を捕獲したらしい」

「振り回してたんじゃないっす!生きるために必死だったんすよ!」


どうやらこのアホ―…ではなくベンは相当過酷な過去を抱えていたらしい。この前元ピベル王国民だと知った時も驚いたが、掘れば掘るだけ彼の過去は凄そうだ。


「ハイハイ、拾った場所なんて、なんで急に知りたがるんだよ」

「王女様が、俺の村があった場所知りた言っていって、でも俺場所分かんなくって。でも俺、村から真っ直ぐ進んだから、拾った場所分かれば村の位置も分かるかな〜って」


アハハと笑うベンを見ながらギルが頭を抱えていた。ベンは相当アホなので、普段からギルは苦労しているのだろう。


「お前、いくら滅ぼされたとはいえ、自分の村の場所くらい知っとけよ…。お前は迷いの森の端―海の方で拾ったって聞いてるぞ」

「あ!そうだ!海っす!俺の村、海近かったかも!」


ベンは思い出した!と嬉しそうな顔をした。

そんなベンに、ギルはもっと早くに思い出せよと頭を小突いている。


(迷いの森の…?)


迷いの森には四年近く住んでいた。その為、あの辺りには詳しいのだが、村の跡など見たことがなかった。


「お前、あの森どうやって抜けたんだ?」

「え?普通にいつも通りっす!」

「いつも通り…?」


ベンの回答にアルフレッドは困惑する。会話が噛み合わない、どうしたらいいのだろう。


「ベンは、迷いの森にはよく入ってたの?」


誰も彼の回答の意味が分からなかったようだ。エミリアが追加で質問をしてくれる。


「迷いの森って何すか?」

「ギル…」

「そんな顔で見るな、俺の教育不足だった…」


どうやらベンは迷いの森を知らないらしい。そんな事があるのだろうかと驚くが、ベンは戦うこと以外に脳みそを使えない、と以前ギルが言っていたので、仕方ないのかもしれない。


「ベン、お前日にも王都以外での勤務経験を積ませるべきだったよ。迷いの森ってのはな、ルマイ王国の外れ、ピベル王国との国境にある霧がずっと出てる森のことだよ」

「え?」


ギルの説明にベンはキョトンとした。そして、少し考える素振りを見せたあと、ベンは衝撃的な事を口にする。


「隊長、俺の村は森の中にあって、その森はいつも霧が出てたっす。迷いの森?って言うのと同じか知りませんが、霧が出てたのは間違いないっす」


だから俺森の中の歩き方知ってたんです、そう答えるるベンの肩を掴みながら、アルフレッドは質問をした。


「森のどの辺りだ」

「ひっ!す、すんません、分からないっす…!ここが現在地だって地図見たことないんで、その場所に行かないと分かんないっす」


アルフレッドの気迫に押され、ベンは怯えた顔をする。


「アルフ、離してやれ。―ベン、霧が出ていた森の中っていうのは間違いないんだな?」

「そうっす!」


肩を離してもらいホッとしながらベンは答える。しかし、アルフレッドには森の中というのが疑問だった。


「俺は四年ほどその森に住んでた。しかし、村の跡は見たことがないぞ」

「変な岩のところにあったんすよ」

「岩…?」


どこの事だろうか、そんな事を考えていると扉が勢い良く開いた。


「ベン、大変よ!ホレスが!」

「マーヴィン、ホレスがどうした?」


慌てて部屋に飛び込んできたマーヴィンは血に染まっていた。怪我をしている様子はないので、他人血なのかもしれない。


「敵と遭遇したようで、怪我を!」

「あいつが…?」


信じられない、そんな顔をギルはしていた。ホレスの実力は聞いたことがないが、ギルの反応を見るに相当手練なのだろう。しかし、そのホレスがやられたとなると、敵の実力はホレス以上ということになる。


「ギル、行ってこい。ここは俺とベンが残る」

「いいえ、私も行くわ」


エミリアがアルフレッドの言葉を遮り言う。どうやら緊急事態が起きたので気まずさは吹き飛んだようだ。アルフレッドに行きましょう、と声をかけると歩き出した。


「マーヴィン、王女が見れる状況か?」

「喋れる程度だから、どうにか。血の部分は隠すわ」


ギルとマーヴィンのやり取りが後ろから聞こえる。

どうやら命に別状はないようで安心だ。


しかし、何があったのだろうか。

全員足早にホレスのいる医務室へと向かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る