「おい、起きろ」


ギルはアルフレッドの個室のドアを勢いよく開けた。

早起きのアルフレッドが珍しく朝寝坊しているので、起こしに来たのだ。


「ん…」


本当に朝寝坊をしたようで、アルフレッドはまだベッドの中にいる。


(長い付き合いだが、こいつが熟睡して朝寝坊するのなんて見た事ないぞ)


もしかして体調が悪いのではないか、そんな心配をしながらベッドへと進む。

まずは彼の状態を確認しなければ。ギルはそう思いながら毛布へと手を伸ばす。



「んな゛っ!?」



毛布をめくると、そこにはアルフレッドだけではなく王女様も居た。

驚いたギルは思わず変な声が出る。


「どうしたんすか!?」


ベンが慌てて部屋に近づいてくる音がする。ギルの声に驚いたのだろう。


(しまった、こんな状況お子様なベンに見せる訳にはいかない)


ギルは勢いよく毛布をかけなおすとダッシュで扉まで戻った。

そのタイミングでベンが扉を開ける。ギリギリセーフだ。


「な、何でもない。小指をぶつけただけだ」


何とも情けない嘘をつく。

しかし相手はベンだ。小指ぶつけると痛いっすよね!と素直に信じてくれる。こいつは本当に素直で可愛い奴だ。


(そんな事よりも、何ななんだ!?)


ギルが知らぬ間に、二人の関係は進んでいたのだろうか。

まさかこんな狭い部屋で寝ているだなんて思ってもみなかった。ここは壁も薄いので、今度から王女様の自室で寝るように後でアドバイスをしよう。


そんな事を考えながら、ギルはアルフレッドの個室を後にした。














「だから、違うと言っているだろ」

「違うって、一緒に寝てたじゃないか」

「たまたまだ」


アルフレッドは不機嫌そうな顔をギルに向けていた。ギルが朝の事をからかってくるので、不愉快な気持ちになっていると態度で示しているのだ。


確かにアルフレッドはエミリアと寝ていた。

ただそれは、昨夜エミリアがアルフレッドのベッドに潜り込んでいただけだ。別にやましい事はしていない。


エミリアは朝からご機嫌で、また今夜!と言っていたが、アルフレッドは今夜は来させる気は毛頭ない。絶対に防いでみせるつもりだ。


そんなアルフレッドの決意を知らないギルは、今度から王女様の部屋で寝るようにとアドバイスをしてくる。正直ありがた迷惑だ。次なんて無いのだから。


(ギルに見られたのは不覚だった)


まさか、見られるとは思ってもみなかった。珍しく、というよりも初めて朝寝坊してしまったのがいけなかった。いつもより眠りが深かったのは、疲れが溜まっていたからだろう。そうとしか思えない。


「それよりも、何の用だ」


さっさとこの話題から離れよう。そもそもギルは何か用があってアルフレッドに声をかけてきたはずだ。


「つまんねーやつ〜。お呼び出しだよ、俺とお前。医務室に来いってさ」

「医務室に…まさか」

「そのまさかだ」


なんてことだ、医務室には絶対に近づきたくなかったのに。


「すぐに来いってさ。久しぶりにアルフに会えるのを楽しみにしてるって。―お前、帰ってから顔出してなかったのか?」

「わざわざ顔なんて出すわけないだろ」


顔を出すどころか、医務室の方面には行かないように避けていた。医務室には、アルフレッドの苦手な人がいるのだから。


「…行かないと、ダメか?」


どうせろくな用事ではないだろう。いや、そもそも用事があるというのは嘘の可能性もある。


「今回は、ちゃんと用事があるらしいぞ」

「本当か?」


今回は、というくらいなので、普段用事がなくても人を呼び出しているという自覚は持っていたようだ。自覚を持っているのなら、辞めてもらいたい。


「ほら、行くぞ。王女様の警護はマーヴィンが代わりに来るから」

「あぁ…」


嫌すぎる。行きたくない。

アルフレッドはそんな思いを顔に出しながらギルと共に医務室へと向かった。



◇◇◇



「あら、ちゃんと来たのね」

「うっ…」


医務室の扉を開けると、そこは胸元が大きく開いている真っ赤な服を着ている女性が居た。豊かな茶色の髪の毛はクルクルと綺麗にカールしており、派手な顔をした女性にとても良く似合っていた。


「なぁに、その声は?もしかして、嬉しすぎて声が出ないのかしら?も〜可愛いんだから!」


ギュッと女性はアルフレッドに抱きついてくる。しかしアルフレッドは微動だにせずその行為に耐える。拒絶する行為をすると、後で酷い目に合うと知っているのだ。


「お久しぶりっす、フレデリカさん」

「あらギルじゃないの!いや〜ん、また大きくなって〜!」


今度はギルが抱きつかれるが、ギルは慣れているのか軽く抱き締め返すと今日もお綺麗ですねと言葉を添えていた。意外とギルはチャラいのかもしれない。


「も〜ギルは先月も会ったけど、アルフったら四年も会ってくれないんだもの。寂しかったわ」


女性は唇を尖らせ拗ねたような顔をしてみせるが、可愛くもなんともない。もう三十歳が近いのだから、こういうぶりっ子のようなことは辞めてほしい。


「ちょっと、何か言いなさいよ〜」


えいっ、とアルフレッドの頬を人差し指で突いてくるのがとても煩わしい。いい加減にしろと言いたいが、言えない。ここは黙って耐えるしかないと、過去の経験から学んでいる。


「そういえば、アルフったらエミリアちゃんと婚約したんだって?もっと早くに教えてよね、私エミリアちゃんみたいな妹欲しかったのよ〜」


今度は一人でキャッキャし始めた。

そう、この女性は何を隠そうアルフレッドの姉、フレデリカだ。昔からアルフレッドを下僕のように扱ってきた、とんでもない姉なのだ。


「…違う。婚約もしていない。付き合ってもいない。正確には、騎士になったんだ」


言い返しても無駄とは分かってても、ここは譲れない。しかし、フレデリカは全く聞こえてない…聞いていないようだ。


「ギルは知ってたのぉ?アルフったら、私には何にも教えてくれなくって」

「俺も最近ですよ。今朝なんて…」

「おい!」


何だよ、と言いたげな顔をしてギルが振り向く。こいつ、朝の出来事をフレデリカにも話そうとしているのだ。フレデリカに話したら今日の夜には王宮中に知れ渡ってしまう。


「雑談はいいから、早く要件を言え」


強引に話を変えたことに、フレデリカは不満そうな顔をする。しかし、アルフレッドはこれ以上話題を提供する気は無かった。


「本当、つまんない子ねぇ」

「…」


先程ギルにも同じような事を言われた気がする。つまんなくて結構だ、そんな事を思わず考える。


「要件はね、エミリアちゃんの呪いについてよ」


フレデリカはゆっくりと椅子に座り足を組む。こんな派手な格好な彼女だが、実は王宮一の医者兼薬剤師だ。知識量も多く、今まで多くの難病や新薬を生み出してきた女だ。


「何か分かったのか」

「分かったことは、殆ど無いわ。悔しい事にね…」


呪いの文献なんて、殆ど無いのよ。そう言う彼女の顔はとても悔しそうだった。分からないなんて、本当は言いたくなかったのだろう。


「でもね、呪いの侵食の速度が上がっているのよ」

「速度が…?」


アルフレッドは思わず復唱する。

呪いはゆっくりと広がり続けているのでは無かったのだろうか。


「えぇ、今まではランドルフ家の血のおかげで侵食が緩やかだった。でも、その血が段々と薄くなっているのかもしれないわ」


呪いのせいでね。

そう言うとフレデリカはジッとアルフレッドとギルを見つめる。


「アルフとギルは、ランドルフ家の血について話を聞いたかしら」

「いや、まだそこまで理解が追いついていなくて。部下達は呪いのですら話を受け入れるのに時間がかかりました」


ギルは頭を掻きながら答える。呪いの話自体も、正直非現実的すぎてまだ受け止めきれていない。そこにプラスして特別な血の話をされても、混乱しかしない。


「そうよね…。でも、王家が子どもが一人しか生まれないということは、あなた達なら知ってるわよね?」

「ああ」


アルフレッドは元一番隊隊長、ギルは現一番隊隊長だ。その為、王家の秘密は聞かされていた。


「このままだと王家はエミリアちゃんで途絶えてしまうの。そうならないように手は尽してはいるけど…」

「なるほど、話は見えました」


突然ギルが凛々しい顔をしてアルフレッドの肩に手を置いた。一体全体何が見えたというのだろう、疑問に思いながらもギルを見る。


「なんだ」


ギルはとても真剣な眼差しでアルフレッドを見つめ続けていた。フレデリカは流石ギルねと言ってる。



「お前、王女様と結婚しろ」



真剣な顔をしたギルは、真剣な顔のままとんでもないことを口にした。意味がわからなすぎて思わず聞き返してしまう。


「お前、おかしくなったのか…?」


今の話の流れで、何故そうなるのだろうか。ギルもエミリアと同じで、時々会話が噛み合わなくなる。


「真剣だ。このままだと王家は途絶える。だから王女様は子孫を残そうと、お前に結婚してくれと言っていたんだろ」

「なるほど…」


思わず納得してしまう。エミリアはやたらとプロポーズしてくる。そういうお年頃なのだろうと勝手に解釈していたが、どうやらちゃんと理由あっての行動だったようだ。


「さぁ、そうと決まれば結婚式ね!私もドレス新調しなくっちゃ!」

「おい、まて!結婚はしないぞ!」


アルフレッドは慌てて否定する。納得はしたが、結婚するなんて一言も言っていない。勝手に話を進めるのは辞めてもらいたいものだ。


「お前、王女様の事が嫌いなのか?」

「そういう話じゃない」

「なら、どーいう話なのよお〜」


二人に詰め寄られ、アルフレッドはタジタジになるがここで言いくるめられる訳にはいかない。何としてでも拒否しなければ。


「妹みたいなもんだ」


苦しい言い訳みたいになったが、事実ではある。

しかし、二人はそんな事では納得せずにギャーギャー何か言っている。


(何なんだこいつら)


やはり大した用事ではなかったではないか、そんな事を思いながら二人をかわし続けた。

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