四年ぶりの


「そこ!腰を引くな!」


黒髪の青年ギル・マクラーレンは、今日もいつも通り王宮の敷地内にある軍の稽古場で剣の指導をしていた。


「ベン!手を抜くな!」

「違うんす!抜かないと怪我させるかなと思って!」

「おい!それどういう事だ!?」


(また始まった…)


金髪の少年ベンが、無意識に先輩である灰色の髪の少年ホレスを煽ってしまい喧嘩になる。


「ベン、ホレス、いい加減にしろ!」

「痛え!」

「いたっ!」


言い合いを始めた二人はギルに鉄拳をくらい、頭を押さえて痛がる。

自分の部下は個性的で賑やかすぎる。能力は高いのだが、扱いが大変だ。


「ギル隊長、今日外騒がしくないですか…?」


赤茶髪の少年、キャロウが汗を拭きながら近づいてきた。

そういえば、さっきからバタバタと騒がしい気がする。王宮内で何か揉め事が起きているのだろうか。


そんな事を考えていると、激しい足音が近づいて来る。そして稽古場のドアが勢い良く開いた。


「ギル!大変よっ!」

「…マーヴィン、こいつらが真似するから静かに入ってきてくれ」


オネエこと、マーヴィンが淡い金髪を揺らしながら騒がしくご登場だ。副隊長なのに落ち着きがない。


「そ、そんなことよりも、大変なの!で、でたのよ!」

「何がっすか?」

「便秘ってこの前言ってたから、あれだろ」

「お前ら!先輩達の話に勝手に入るな!」


騒がしすぎて話が全く進まない。

ギルは頭を抱えながら話を催促する。


「何が出たんだ、落ち着いて言え」

「や、やしゃ…」

「やしゃ?」


残念ながら、夜叉は銀髪の夜叉と呼ばれたアルフレッド・ヘイズしか知らない。他に夜叉が出現したのだろうか。それなら一番隊隊長の自分が倒しに行くしかない。


「夜叉が、銀髪の夜叉が王宮に殴り込みにきたって!騒ぎになってるのよっ!」


「はぁああああああああああ!?」


まさかの自分の知っている夜叉の方だった。勝てる気がしないのだが、どうしたらいいだろう。


いや、そうじゃない。そうじゃない。


「な、殴り込み!?アルフが!?」


どういうことだろう。

四年間音信不通になったと思ったら、突然殴り込み。もしかして、あれ以上強くなって今度は国一つ落としにきたのだろうか。彼ならあり得そうで怖い。


「アルフレッド先輩帰ったんですか!?」

「殴り込みに帰った?」

「いや、殴り込みに来るのはおかしいでしょ!?」


(はっ!いかん、現実逃避するところだった)


部下達の騒ぎ声で現実に引き戻される。


何が起きてるのか分からないが、彼を止めなければいけない。命令違反の次は国家反逆罪なんて、勘弁してくれ。















アルフレッドは現在王宮内をズンズン歩いていた。


入り口で警備兵に止められたが、ゆっくりと説明している暇もないので強行突破をした。その後も止めようとしてくる奴らがいたが、それも強行突破した。


遠くから、戦場の夜叉が王宮に殴り込みに来た、という声が聞こえる。殴り込みに来た訳では無いが、まあ、それに近いかもしれない。


そんな事を考えながら王宮の中を突き進んでいると、懐かしい声が聞こえた。


「ア、アルフ!お前!国家反逆だけはやめろ!」


後ろを振り返ると、友人のギルが走って近づいてくるのが見える。


「久しぶりだな。国家反逆の予定は、今の所無い」

「久しぶり、じゃなくて!今後も無いままでいてくれ!」

「? ああ」


ギルは焦った顔をしていた。

なぜアフレッドが国家反逆をすると思ったのだろう。四年ぶりに会ったのに、相変わらず訳が分からないやつだ。


「ああじゃない!お前、何してるんだ!?」

「用があってきた」

「それは分かる!何の用なのか聞いてるんだ!」

「今その用を済ませる所だ、付き合うか?」


二人は丁度、ある扉の目の前にたどり着いた。

ギルは青白い顔をしてアルフレッドを見る。


「本当に国家反逆をしに来たわけではないよな…?」

「違うと言ってるだろ」


友人は疑い深い。でもそれは仕方ないかもしれない。

今二人が立っているのは、国王陛下の謁見の間だ。


「ここがどこだか知ってるか…?」

「勿論だ」


アルフレッドが用がある相手は、間違いなくこの扉の向こうにいる国王陛下だ。青白い顔をしたギルを尻目に、力いっぱい扉を押す。


既に騒ぎは聞きつけていたのだろう。

部屋の中には国王陛下と王妃殿下、そしてその二人を護る近衛隊が待ち構えていた。


アルフレッドは無言で国王の前まで行く。

横でギルが止めろお前、と言っていたが聞こえないふりをする。


「…」


アルフレッドと国王は無言で見つめ合う。


(ああ、やはりこのガラス玉のような水色の瞳はエミーと同じだな)


改めて国王と王妃を見ると、エミリアはこの二人に本当によく似ていた。なぜすぐに気づかなかったのか不思議なくらいだ。


アルフレッドはゆっくりと口を開く。


「王女殿下が、王都の外れの屋敷に囚われている」

「エミリアが…」


国王は穏やかな顔をしてはいるが、その顔からはなんの感情も読み取れない。ただ、どこか疲れているような気がした。


「そうだ。だから軍を動かして欲しい。…ただ、それを証明する物はこれしかない」


アルフレッドはエミリアの残した外套を差し出す。横で見ていたギルが袖口の文字に気づき、コリン・カータス…と呟いた。


国王は外套から視線を上げ、アルフレッドをジッと見つめる。


「確かに、確固たる証拠にはならないな。これだけでは軍を動かせない。しかし、それはお前も分かっていてここに来たのだろう。……何故だ?」


国王の言うとおり、分かっていた。

アルフレッドは元々国軍の一番隊隊長だ。こんな証拠不十分では隊すらも動かせない事は理解している。


きっと無駄足になるかもしれない。それでも、アルフレッドはここに来るべきだと思ったから来た。


(俺はなりふり構っている場合じゃないんだ)


昔のままのアルフレッドであれば来なかった。

でも、今は違う。アルフレッドは前に進み始めている。


アルフレッドは国王の目をしっかりと見つめ言う。



「国王陛下なら、信じてくれると思ったからだ」



四年前のあの日も、国王を信じていたのに裏切られたと思った。でもあの時は一方的に信じて、一方的に裏切られた思い激怒をした。


今度は、一方的ではなく、話をしよう。



ようやくアルフレッドは一歩を踏み出せた。今はここまでが精一杯だ。もう一歩進むためには、彼女と話さなければいけない。


「俺は一人でも助けに行く」


言いたいことはそれだけだった。

アルフレッドは踵を返して出てく。


「アルフ…!」


ギルが慌てて声をかけるが、アルフレッドはその声には振り向かず出ていった。







謁見の間には、国王と王妃と近衛隊とギルが取り残される。


(出ていくタイミングを逃した…)


遠くで悲鳴が聞こえるが、メイドか兵がアルフレッドの姿に驚いているのだろう。


(くそっ…今からでも後を追いかけるべきか…)


ギルが一人で葛藤していると、近衛隊長が国王に話しかける姿が目に入った。


やはり自分は邪魔だろう、出ていきますねと言おう。そう決意した時だった。近衛隊長がギルの方を向き口を開く。


「ギル・マクラーレン」


(……相変わらず迫力あるな)


誰だって筋肉マッチョで真顔の男性は怖いだろう。

鋭く切れ長の目にニラまれるとひとたまりもない。


「何でしょう、カルヴィン近衛隊長」

「一つ、個人的なお使いを頼まれてはくれないか」

「個人的な、お使い」

「そうだ」


国王やカルヴィン近衛隊長の顔からは、何の感情も読み取れない。ただ、あの口調的にお願いというより命令だ。ギルに断るという選択肢はない。


「かしこまりました」


さて、今度はどんな無茶振りをお願いされるのだろうか。

昔っからヘイズ家はギルを振り回すのだ。


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