彼の正体


「本当、ベッピンさんだなあ」


ゲヘへっという下品な笑い声にエミリアは眉をしかめる。こんな下品な人達は嫌いだ。アルフのようなイケメンがいい。


「おいおい、無視かよ」

「お前が臭いんじゃないのか?」

「何だと!」

「お?やるか」


臭いのも事実なので、動くのはやめてほしい。


(はあ…今は一分一秒でも早くアルフの所に行かなきゃいけないのに…)


エミリアは現在男達に捕まり荷馬車に乗っていた。

乗っていると言っても、十数名の男達と一緒に荷台に詰め込まれているので、快適とは程遠い。


(アルフ…傷ついているわよね…)


はやく謝りたい。彼と話をしたい。

なのに、なぜ今自分はこんな汚い男達と一緒に荷馬車に乗せられているのだろうか。


イライラしているエミリアとは反対に男達はテンションが高く、エミリアに積極的に話しかける。


「お姫様よ、連れていたあの男はどこにいったんだ?」

「もしかしてお姫様に振られて逃げ出したんじゃないのか?」


男達はまた下品に笑う。

うるさい、黙れ!思わず言いそうになるが、エミリアは無視を決め込む。

こんな下品な男達と会話するつもりは一ミリも無い。


「いや、ちげーだろ。だってあの男は例の”あいつ”だろ」

「ああ、終戦後姿を消したと聞いていたが、まだ生きていたんだな」

「あんな化け物がお姫様と釣り合うはずがないさ」

「そうそう、人の心なんて持ち合わせてないんだからな」


(えっ?)


男達の話に思わずエミリアは身を乗り出す。

前言撤回だ。この男達と話す、いや話さなければいけない。


「あなたたち、彼を知っているの!?」


少しでもいいから彼の過去を知りたい。

彼の過去を知っているか知っていないかで、謝る時に何て声をかけるべきかが変わると思ったのだ。


「何だ、お姫様?あいつの事知らずに一緒にいたのか?」


男達はお驚いた顔をしている。

彼はそんなに有名人なのだろうか。


「あの男は喋らないからな。どうせお姫様の美しさに目がくらんで勝手についてきてたんだろ」

「あいつも所詮はただの男ってことか」


この男達は彼に何か恨みがあるのだろうか。

さっきから彼のことを貶してばかりで、聞いているエミリアは不愉快な気持ちになる。


「お姫様、あいつはな、人じゃねーんだよ」

「どういうこと…?」


顔に大きな傷をつけた男が、エミリアに話かける。


「あの男は、戦争中に大勢の人を殺した。泣いて懇願しようが、無抵抗だろうが、そんなの関係無しに無表情に相手の命を奪っていった」


男は昔を思い出しているのだろう、その目は遠くを見つめていた。


「いつも、銀髪が真っ赤に染まっていたよ。なのにな、あいつはいつだって無傷なんだ。相手の返り血で真っ赤に染まっていたんだよ」


周りの男達は彼と戦時中に戦ったことがあるのかもしれない。ブルブルと震えている男や、青白い顔をしている男など、それぞれ様々な反応をしていた。


「何よりも恐ろしいのが、あの男は——、アルフレッド・ヘイズは、一人で百人を超える兵をたった一人で殺したってことだ。それもいつも通り、無傷でだ。更に百人の兵を殺した後に東の砦を一人で制圧している」


(ひ、百人を…!?その後砦を!?)


正直、エミリアはその話は嘘なのではないかと思った。

でもあの海辺で放たれた彼の殺気は、確かにただ者ではなかったのも確かだ。


困惑しているエミリアを見て、怖がっていると思ったのだろう。顔に傷のついている男はニヤニヤしながら話を続ける。


「そんな化け物のような男にはな、ある異名がついてたんだぜ。その異名はな——…」





『戦場の夜叉』





男達は目的地に着くまで、戦場の夜叉に関する逸話を話し続けた。

















アルフレッドは馬に乗り、ある場所に向かっていた。


そこは自分が四年前に出て行った場所で、もう二度と戻る事は無いだろうと思っていた場所だ。



アルフレッドはゆっくりと昔を思い出す。



あの頃ルマイ王国は、隣国ピベル王国と終わりの見えない戦争をしていた。


泥沼化する戦いに、誰もが疲れきっていた。

しかし、国の平和のためにと皆歯を食いしばり戦う。アルフレッドもそうだった。


愛する国に平和を。

その想いを胸に戦場で戦い続けた。


でも、ある時アルフレッドは気づく。


国のために、平和のために、どうしてこんなにも沢山の血が流れなければいけないのだろうかと。


毎日のように何十人、何百人もの人の命を奪い続けているが、人の命の上に成り立つ平和とは何なのだろう。


考えても答えがでなかった。


何が正しい答えなのだろう。

もう、何が正しいのかさえ分からない。


でも、今は、仲間を守るために戦わなければならない。だから今日も人を切る。


光の無い世界で戦っているような、そんな気持ちになりながら戦場にいた。


そんな時、国王からある命令が下された。



『戦力を分散せず、後方に戦力を集め突撃せよ』



この作戦は、村と砦に駐在する小隊を見捨て、後方に戦力を集め圧倒的な戦力差で敵軍の制圧を行うというものだった。


その命令にアルフレッドは激怒し反対した。


村には自分の友人の部隊が居る。砦にいる部隊も同じ国の仲間だ。

そんな彼らを見捨てて勝ち取る平和とは、何なのだろう。平和のために犠牲になっていい命などあるのだろうか。


しかし、アルフレッドの叫びは聞き入られなかった。


だから、アルフレッドはその命令に反し、一人で村と砦を守りに行った。そして百人を超える敵と一人で対峙することとなったのだ。



"あの日"、あの命令違反をしたあの日の自分の判断に後悔はしていない。友人も、まだ新米兵士の少年達も救うことができたのだから。


でも、あの行動が本当に正しかったのか分からない。命令違反をする以外の方法もあったのかもしれない。


それに、仲間を救うことができたが、結果としてアルフレッドは百人以上の敵兵の命を奪っている。大勢の命を犠牲にして少数の命を守ったことは、正しいことなのだろうか。


色んな思いが頭の中をグルグルと周り、何が正しいのか分からない。





アルフレッドは、ゆっくりと過去の思い出から現実へと戻ってくる。


(つい昨日の出来事のように感じるな)


過去を思い出し、心がざわついている。


なぜあの日、小隊を見捨てるような判断をしたのだろうか。なぜ、他の作戦を立ててくれなかったのだろう。なぜ、小隊を助けたいと叫ぶアルフレッドに力を貸してくれなかったのだろう。


戦後、国王に裏切られた思い、怒り、悲しみ、それらがずっと胸の中で渦巻いていた。


もう、以前のように国を愛し戦うことはできない。国王のことを許すことができない。

だから、アルフレッドは軍を出て人里離れたあの森に移り住んだ。



でも、あの森でエミーと出会い自分は変わった。



今彼女と話したら、あの時とは違う見方ができるような気がする。


ずっと時が止まったままだった自分が、前に進もうとしている。それは間違いなく、エミーのおかげだ。


あの出会いはたまたまなのではなく、運命だった。柄にもなくそんなことを考えてしまう。


(ああ、早く会いたい)


彼女に聞きたいことがある。

そのためにも、早く助けなければいけない。


アルフレッドは目的地へと急ぐ。


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