ふたりの旅③


それは旅を始めて二日目の朝の事であった。


その日は海辺にある岩陰で朝食を取りながら、今後についてを話していた。

魚や海藻も調達できたので草原の方の道を進もう、そんな話をしていると、突然アルフレッドが立ち上がる。


何かしら、とエミリアも立ち上がってみようとしたが、彼に鋭い目を向けられ動きを止める。


動くなと言いたいようだ。


何が起きているのか分からず困惑するエミリアを尻目に、彼は岩陰からソッと外の様子を見ている。

暫くすると、複数の男の声が聞こえてきた。


「おい、しっかりと見て回れよ」

「分かってる」

「あっちに岩陰があるぞ」

「気をつけろ、馬鹿強い男と一緒かもしれない」


エミリアはハッとする。

きっとこの男達は自分を探して追ってきた人達なのではないだろうか。


チラリと彼の方を見ると、外套のフードを深く被り腰に下げた剣に手を置いている。彼も追手であると判断したのだろう。


逃げる準備をしなければ。

慌てて荷物をまとめるが、音を立てないようにするのは難しい。ゆっくりと、でも急いでやる。


『パキッ』


最悪だ。枝を踏んでしまった。


「おい!あっちで何か音が聞こえたぞ!」

「行くぞ」


自分の鈍くささを呪う。どうしようと彼の方を見ると、軽く舌打ちされた。

イケメンに舌打ちをされると迫力があって怖い。


「おい、ここから動くなよ」


いきなり耳元で囁かれたと思ったら、そのまま岩陰の隅に押し込まれた。


(どうするのかしら??)


耳元で囁かれたことにドキドキする暇もない。

慌てて岩陰の隅から少しだけ顔を出して様子を見る。


丁度追手が岩陰に到着したようだ。

誰かいるぞと叫んでいた。


「おい、お前。この辺で若い男と女の二人組を見なかったか」

「見ていない」

「見ろ!後ろもう一人いるぞ!」

「後ろにいるのは女か?」

「…」


ちょっとだけ顔を出したつもりだが、どうやら向こうからはエミリアがの人影がはっきりと見えていたようだ。

アルフレッドの背中からは、お前何で隠れてないんだ、というオーラーが漂ってきていた。きっと後で怒られるだろう。


「まあいい。捕まえれば分かることだ」

「この前の奴らは簡単に倒せたかもしれないが、あいつらはただの下っ端だからな」

「残念なことに、俺たちは素人ではないんでね」


相手はこの三人だけのようだ。この前は五人を倒したと言っていたが、この前と違い手練れのようなので彼も手こずるだろう。それにエミリアというお荷物も抱えている。さて、どうしたものか。


エミリアが自分もどうにか戦えないだろうかと考えていると、突然背筋が凍るような感覚に襲われた。


(な、なに・・・!?)


自分の体が無意識に震える。何が起こったというのだろうか。

ギュッと自分の体を抱きしめ震えを止めようとしながら、感じた恐怖の正体を探す。


「ひっ…!」

「な、なんだ!?」

「お前、何者だ!」


男達もエミリアと同じ体験をしたようだ。男達は震えながらアルフレッドに剣を向けていた。

そんな男達を、アルフレッドは凍るような冷たい目で見つめ、鞘に入った剣を構えてる。


あの背筋が凍るような感覚は、彼の殺気だったようだ。


今、彼から漂う雰囲気は冷たく真冬の空のようである。

その冷たさに触れるだけで切り刻まれるのでわないか、思わずそう感じてしまう程冷たくて鋭い。


場は静まり返り、波の音だけが響く。誰もが動けず固まっていた。


男達は額に汗を滲ませながら剣を構え続けているが、よく見ると小さく震えている。

本当は逃げ出したいが、彼らの矜持がそれを許さないのだろう。


どのくらいの時間が経ったろうか。数分にも何時間にも感じられた。


突然アルフレッドが音もなく動く。


その動きは鮮やかで無駄がなかった。

男達は為す術もなく、気が付いたら首の後ろを鞘に入った剣で叩かれ気絶させられていた。


エミリアはその様子を瞬きもせずに見守る。何も言葉が出ない。


(私でも分かる。この人は、とても強い…)


強くてカッコいいと思っていたが、想像以上に強そうだ。

彼の遺伝子に更に期待してしまう。エミリアは絶対結婚しなければと決意を改める。


もう隠れていなくてもいいだろう、エミリアはゆっくりとアルフレッドの側に行く。

なぜかアルフレッドは微動だにせず、気絶した男達を無言で見つめていた。

どうしたのだろうかと彼の顔を覗き込むと、複雑な感情を秘める瞳と視線が絡む。


(この目…迷子の犬みたい)


何かに迷っているような、正解を探しているような目だ。

もしかして、この男達を倒したことが正解だったか、悩んでいるのだろうか。


「アルフ、自分を責めなくていいのよ。貴方がしたことは正解だわ」


エミリアは静かに話しかける。

彼はゆっくりと顔を上げた。その目はまだ揺らいでいる。


「正解…」

「そうよ、正解なの。だってアルフは私を助けてくれただけよ。それに男達は気絶をしただけ」


揺らいでいる彼の目は、今ではなく過去を見ているようだ。

きっと今の戦いで何かを思い出したのだろう。彼は過去の何かと戦っているのかもしれない。

何も言わない彼に、エミリアは言葉を続ける。


「正解が分からなくなっているのであれば、代わりに私が正解を見つけてあげるわ!」


そう言ってふわりと微笑む。彼の過去は知らないが、きっと迷子になってるのだろう。

王女である自分はゆくゆくは全国民を導く女王となる。だからこそ、迷子のアルフレッドくらい導くことくらい簡単だ。


話したい事を話して満足したエミリアは、さあ、もう行きましょう!と元気よく言いながら旅支度を始める。

そんな彼女を見ながら、アルフレッドは何とも言えない顔をしていた。













(正解を見つけてあげる…)


アルフレッドはエミリアに言われた言葉を頭の中で反芻する。


久しぶりに殺気を放っち、”あの日”の事を思い出してしまった。

いつもあの日の事を思い出すと心がざわつく。


あの日自分が正しいと思う選択をした。

自分の気持ちに嘘はついていなかったはずだ。


なのに、いつもふとした瞬間、過去の自分の判断が本当に正しかったのか苛まれる。



アルフレッドは静かに目を閉じる。



ずっと心の中には耐え難い絶望と怒り、そして裏切られた悲しみが渦巻いていた。

あの日、どうすることが正解だったのだろう。


長い年月をかけて悩んだが、未だに答えが見つからない。

分かることは、もう戦う事にも、誰かに裏切られることにも、疲れてしまったという事だけだ。


だが、過去に囚われ立ち止まったままの自分にも疲れてしまっているのも確かだ。

そろそろ前に進むべき時が来たのかもしれない。


エミリアは正解を見つけてあげると言った。

自分もその正解を見つけたいと思っている。


アルフレッドはは閉じていた目を開ける。


(まずは手始めに、四年ぶりに王都の近くまで行こう)


今自分にできる精一杯の前進だろう。

彼女に振り回されるのは疲れるが、もう少し彼女と時間を共にするのも良さそうだ。


アルフレッドは気絶をしている男達を手早く縛り上げると、エミリアの後を追いかけた。


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