ふたりの旅②


「森の外が見えたわ!」


二人は現在、迷いの森の外れにいた。

ずっと霧が深く薄暗い場所を歩いていたので、太陽の光が眩しく感じる。


「あ!もしかしてこの大きな湖は海というものですか!?」

「おい!勝手に動くな!」


森の外れは、大陸の端でもある。

大陸の周りは海が広がっているので、丁度目の前には海が見えた。


「大きい…」


彼女は目をキラキラさせ海を見つめていた。どうやら海を初めてみるようだ。


「湖と違って、波がある。波に攫われ溺れたくないだろ」

「私泳げないので、海の中には入らないわ!」

「…泳げないのか。そうしてくれ」


アルフレッドはため息をつく。自己申告通りなら、海に近づけないほうがいいだろう。

しかし彼女は海に興味津々のようで、食い入るように見つめていた。


(このまま森を抜けて草原の道を行く予定だったが…少しだけ海沿いを歩くか)


決して彼女のためではない。食料の調達も兼ねて海沿いを行こう。昨日までは森の中で果実やキノコや動物を調達できた。

アルフレッドが持ってきた干し肉もあるが、ワカメや魚なども調達できるのであればしておきたい。


「このまま少し海沿いの道をいくぞ」


そう言うと、彼女はぱあっと顔をほころばせる。やはり海をもう少し見ていたかったようだ。

表情がコロコロとよく変わるな、そんな事を思いながら海沿いの道を歩き出す。


今の時期の日中は日差しが程よく温かく心地よい。きっと彼女も景色を楽しめるだろう。

のどかな雰囲気で、アルフレッドもボンヤリと考え事ができる。


(そういえば、エミーはお嬢様にも関わらず何でも食べるな)


昨日は森の中だったので、木の実やキノコ類で食事を済ませた。人混みを避ける旅なので、質素な食事が続くだろう。


それに旅は馬ではなく歩きになる。しかし、今の所歩き続けることに不平不満は見えない。


(王都で暮らしていた箱入り娘のようだが…)


箱入り娘にしては、適応能力が高すぎる。普通であればこんな旅は嫌がるのではないだろうか。

彼女はただのお嬢様とは思えない。


「王都から出るのは、生まれて初めてなのか」


海の方を見ながら歩いていた彼女は、その声に振り向く。


「そうよ。仕事の問題もあったから、両親はとっても過保護なの」


そう言いながら、頬を膨らませている。

過保護な両親に対して、不満を持っているようだ。


「大事な娘が居なくなったんだ、捜索願を出して大騒ぎになってるんじゃないか?」


よく考えたらその可能性が高い。もしも捜索願を出されているのであれば、王都ではなく、大きな町にある軍の詰め所へ連れて行くだけでいいだろう。


「きっと、大っぴらには捜索願を出してないと思うの。仕事柄敵は多いから、他の敵に慌てふためいている事を諭されたくないと思うから」

「…なるほどな」


貿易関係の仕事は揉め事も多い。

そういえば国軍が貿易業を営む貴族の屋敷の警護の応援に行っていた事を思い出す。


(そうなると、王都の国軍の詰め所へ連れていべきだろうが…)


アルフレッドは考えながら自然と眉間のシワが深くなる。

自分にとって行きたい場所ではないのだ。













(どうしたのかしら?)


チラリと彼を見る。

急に険しい顔をして黙り込んでしまった。何かを思い出しているのだろうか。


(そもそも、彼は何者なのかしら)


エミリアは世間知らずではあるが、王族という立場上、遭難しようが、食べ物が無かろうが、攫われようが、そんな時でも生き残るための知識は叩き込まれてきた。


だから、迷いの森も普通の人であれば迷うであろうから、さり気なく自分が森の端に導いていこうと思っていた。思っていたのに、出来なかった。持っている知識だけでは、方向方角が分からなかったのだ。


それなのに、彼は難なく導いた。


迷いの森の中に住んでいるから道に詳しいという訳でも、以前森の端に行った事がある訳でもないらしい。

ただ、歩き方を心得ているとだけ言っていた。


彼が導いてくれるので、自分は純粋に旅を楽しめるのでありがたい。でも、ありがたい気持と同時に彼の正体が気になる。


(ルマイ王国の人間なのは、確かだと思うんだけど…)


彼の言動を踏まえると、ルマイ王国出身で間違いないだろう。でも、彼はあまりルマイ王国か好きではないような気がする。そして王都にもあまり近づきたくなさそうだ。


(年齢的にも、戦争に出ているはず。そうなると国軍に所属していたのではないのかしら?)


どういった経緯があって、あの森で暮らすようになったのだろう。


「アルフは、いつからあの森に住んているの?」


彼をジッと見つめて質問をする。


「………三年くらいになると思う」


突然話しかけられて、少し驚いたようだ。眉毛がピクリと動いた。

返答に少し間が空くが、しっかりと答えてくれる。


「その前は王都に住んでいたのですか?」

「…なぜ、そう思う?」


ほんのわずか、彼の眼が警戒するように細められた。


(やっぱり)


でもこれ以上警戒されたくない。

無邪気に微笑んでこの場を凌ぐ。


「発音です。王都から離れれば離れるほど、発音が崩れるのに、アルフの発音は習ったように綺麗なので、王都の人なんだろうなって」

「発音…」


指摘されるまで、気づいていなかったようだ。


王都から離れれば離れるほど、国民の教育の環境は良くない。毎日を生きるのに精一杯なので、家族全員で畑仕事や奉公に出て暮らしている。勉強なんて贅沢だ。発音も字も習わないので、みんな正しい発音を知らず、読み書きもできない。


でも、彼はとても綺麗な発音をしていた。

彼がルマイ王国出身である判断した理由はそこにあった。


「確かに、以前は王都にいた。もう昔の話だ」


もうこの話はお終いにしろ、彼はそう言いたげだ。

ここは引くべきね、エミリアはそう思いここで会話を終了させることにする。


(きっと、何か深い事情があるのね。増々彼のことが気になるわ)


ちょっとずつ信用してもらって、彼の話を聞かせてもらおう。昔読んだ本には『結婚ではお互いの事をどれだけ知っているかが重要』と書かれていた。結婚したいのなら、彼のことを知らなくてはいけない。


(頑張るのよ、エミリア!)


エミリアは今日も前向きで元気だ。


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