第10話 負けヒロインはアイドル②

 昼休み、俺は亜希に呼び出され、彼女と体育館裏にいた。


 普段、ここに生徒はほとんどいない。


 今も、俺と亜希の二人だけだ。




「どうしてあたしに呼び出されたか、分かってる?」




 亜希は俺を睨みながら、低い声でそう言った。




「何のこと?」




 俺が首を傾げながら言うと、亜希は「はぁ~」と、クソデカ溜め息を吐いてから、キレ気味に言った




「あたしの彼氏曰く、『彼女がいるからといって! ……他の美少女を遠くから眺め、ひっそりと愛でては駄目だという法律があるのか?』とのことですが? 法律がなければ、何をしても良いってわけですか?」




 今朝、俺が公人に対して言った言葉を、一言一句違わず彼女は告げた。




「聞いてたんだな」




「聞いてたわよ、あたしも思いっきり教室にいたからねっ! それで? あたしという可愛い彼女がいる友馬は? ひっそりと大人気アイドルの愛堂さんを、ひっそりと愛でているらしいけど? ……大好きな彼女に対して、何か弁明はないの?」




 ふてくされたように、彼女は言った、


 俺の言葉に、嫉妬をしていたのだろう。俺は苦笑してから亜希に答える。




「……公人と喋っていると、どうしても揶揄いたくなるんだ。悪かった」




 俺が頭を下げると、亜希は呆れたように溜め息を吐いて、




「まぁ、その気持ちはなんとなく分かるわ」




 と言った。


 それからじっと俺を見て、




「それは一旦保留して。友馬、なんだか今日、様子おかしくなかった?」




「俺の様子が?」




 俺は首を傾げてそう問いかける。


 一体俺のどこに不審な様子があったのだろう?




「愛堂さんが教壇に立っていた時、何も言わなかったでしょ? 普段なら、『ウオー、瑠羽ちゃん可愛いよー! 俺はここだ―、ウオー!』みたいなキモいこと言ってたでしょ?」




 真顔で亜希は俺に向かって言った、


 やたらとイラっとする声音だったけど、もしかして俺の真似だったのか……?


 俺は、少々焦った。


 確かに、友人キャラの俺であれば、当然そう言っていただろう。


 しかし、今は瑠羽を攻略中、そんなモブみたいなことを言うわけにはいかない。




「……絶対に言ってただろうな」




 俺は彼女の言葉を素直に肯定した。




「なんで今日は言わなかったの?」




 そうすると、折角立てたフラグが折れてしまうからだ。


 ……とは、とてもじゃないが言えない。


 俺は少しだけ間を開けてから、口を開く。




「……可愛い彼女が不機嫌になるからな」




 俺の言葉に、亜希は「はぁっ!?」と言ってから、




「勘違いしないでよねっ、別に、友馬が他の女の子にデレデレしたってあたしは不機嫌になんてならないし!」




 とそっぽを向いて言った。


 しかし、その瞬きの後には、




「いや、確かに怒るけどもっ!!!」




 と、高速で掌を返した。


 俺は亜希の情緒が心配になった。




「言わなくて良かったよ」




 ちょっと引きつつ、俺は言った。


 亜希はうんうん、と頷いてから




「友馬、何だかんだであたしの言うことを聞いてくれてたみたいで、嬉しいわ。この調子で続けてくれると、変態って悪評は、遠からずなくなるかも。……改善の兆し有りってことで、今朝のことは大目に見てあげるわ」




 苦笑をして亜希は言った。


 どうやら、俺に対する不信は、一旦保留されたようだった。


 俺はホッと一息吐いてから、




「そうだ、今日の放課後、残らないといけなくなったんだ」




 亜希にそう伝える。




「……なんでよ?」




 亜希は、再び不機嫌そうな表情を浮かべた。


 彼女と付き合ってからは、放課後に一緒にいることが多かった。


 当然、今日も一緒にいるつもりだったのだろう。




「今日の放課後、ちょっと用事があって」




 俺の言葉に、




「用事があるなら、待っとくわよ?」




 亜希はそう言ってくれた。


 しかし、俺は彼女の申し出を断る。




「……しばらく付き合ってないことにするんだろ。今日は、友達と遊んだほうが良いんじゃないか? そろそろ、『亜希ってば最近付き合い悪くない? 彼氏でもできた?』って、疑われるぞ」




 俺の言葉に、亜希は「うーん」と考え込んでから、




「それもそうね。……一緒にいられないのは、残念だけど」




 頬を紅潮させる亜希。


 素直に可愛いです。




「友馬は大丈夫そう?」




 上目遣いに俺に問いかける亜希。


 俺は彼女の言葉に頷いてから、




「一番疑ってきそうな公人は今、脇谷にべったりだからな。その心配はないだろう」




「友馬、あんまり仲良い友達はいないから、良かったわね」




「ああ、あんまり仲の良い友達がいなくて良か……良くはねーよ!?」




 俺がギャラリーからお金を取れるレベルの完成度の高いノリツッコミをお披露目すると、




「あ……ごめん」




 と、亜希はガチで反省したように呟いた。


 ……いたたまれねぇ。


 気まずすぎて、思わず俺は俯いた。


 それから少し時間をおいてから、亜希は小さく呟いた




「……放課後一緒にいられなくっても。夜、時間を作ってちょっとでもいいから電話したいんだけど……良いわよね?」




 俺は顔を上げる。


 亜希は照れくさそうな表情をしつつも、俺をまっすぐに見ていた。


 微笑みを浮かべてから、俺は答える。




「もちろん、楽しみにしてる」




 俺の言葉に、亜希は満面の笑みを浮かべて、




「あたしも、楽しみにしてるわっ!」




 と、そう言うのだった。


 彼女のその屈託のない笑顔に、俺は胸の奥がチクリと痛むのだった――。

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