第9話 負けヒロインはアイドル①

 翌朝。


 登校して教室に着くと、クラス全体がどことなく、ソワソワとした雰囲気だった。




 恐らく既に、クラスの連中にも、瑠羽が今日登校することが知れ渡っているのだろう。


 俺は周囲を見ながら、自席に座る。




 そして、先に登校していた後ろの席の公人に「おいっす」と声を掛ける。




「おはよう、友馬」




 と公人は答えてから、




「今日はなんだか騒々しいみたいだけど、何かあるのかな?」




 と、俺に向かって問いかけてきた。




「公人はまだ知らないのか? 今日はこの学校……いや、全国の幼女から大きなお友達問わずに大人気なアイドル、愛堂瑠羽ちゃんが今学期初めて登校するってもんで、みんな落ち着かないんだよ」




 俺が答えると、公人は、




「愛堂瑠羽……えーっと、有名人なの?」




 と、苦笑を浮かべつつ答えた。


 公人が瑠羽を知らないのは、前のループと同じだった。


 前回までであれば、この後公人には、瑠羽と出会うイベントが起こるのだが……。




 俺は、チラリと視線を動かす。


 脇谷が、俺が公人に余計なことを吹き込まないか、ものすごい形相で睨んできていた。


 ……彼女を利用させてもらおう。




「全く、公人よ。お前は学校に何をしに来ているんだ?」




「え、勉強だけど……」




「バカちんがっ! いいか、学校って言うのはな……美少女と触れ合うために来るもんだろうが」




「違うと思うけど……それに、僕には久美ちゃんもいるし、他の女の子のことは興味ないよ」




 頬を染め惚気る公人。彼の肩を掴み、俺は熱弁する。




「彼女がいるからといって! ……他の美少女を遠くから眺め、ひっそりと愛でては駄目だという法律があるのか? いや、ないはずだ!」




「法律は詳しく無いんだよなぁ」




 呑気言ってる公人に、俺は続ける。




「現在大人気の3人組アイドルグループ『3ニン娘。』の不動の一番人気、天使瑠羽あまつかるうこと、愛堂瑠羽が同じクラスだという幸運を噛み締めなくっちゃ、全国のファンの皆様に失礼だと、そうは思わんのか、公人よ……?」




 俺が両目を見開き、危ないテンションで公人に言うと、




「ちょっと、阿久君いい加減にしてくれない? 人の彼氏に一体何を吹き込んでんの?」




 背後から後頭部を鷲づかみにされ、声を掛けられる。


 万力の如き力に、振り返ることは出来ないものの、当然脇谷の仕業だと分かっている。




「お、おっと……こいつは失礼。そうだよな、公人にはこんなに素敵な、お似合いの彼女がいるからなっ! アイドルに現を抜かす暇なんてないよな……」




 俺の言葉に、




「わ、分かってるなら公人君をおちょくるの、やめてよね」




 と、手に入った力を緩めた脇谷。


 俺はその隙、彼女の手から逃れる。




「それじゃ、お似合いの二人の邪魔しちゃ悪いし、俺は便所にでも行ってこよっかなー。……そんじゃーなっ!」




 そう言い残し、俺は早歩きで教室から出る。


 その後、扉の付近で公人と脇谷の会話を盗み聞く。




「……それで、公人君は今の話を聞いて、アイドルの愛堂さんに興味出たの?」




「何言ってるの? 僕のアイドルは久美ちゃんだけだよ」




「公人君、しゅきぃ……♡」




 頭の悪い会話が繰り広げられていた。


 二人きりの世界が既にできており、公人もしばらくは教室から動きそうにない。


 前のループでは、公人はこの後屋上に行き、愛堂と出会うことになっていたが……これで俺が代わりに愛堂と会うことが出来そうだ。




 俺はすぐさま、屋上へと向かった。







 屋上の扉を開くと、眩しい朝陽と同じように眩しく輝く、一人の女子生徒が目に入った。


 一切のくすみのない綺麗な金髪、後ろ姿でも分かる均整の取れたスタイル。




 そして、天使の囁きのような、心地の良い歌声。




 今俺の目の前では、アイドル天使瑠羽こと愛堂瑠羽がいて、いくらでも金がとれそうな歌を口ずさんでいた。


 彼女がこの日、この時間。


 屋上で歌を歌うのは毎度のことだった。




 俺は瑠羽に背後から近づく。


 コツコツ、という靴音が聞こえたのか、瑠羽は歌うのをやめて振り返った。


 クリっとした可愛らしい瞳が、俺を捉えた。




「あっちゃ~、聴かれちゃった?」




「うん、ごめん。勝手に聴いていたよ。歌、上手いんだね」




 俺は普段演じている友人キャラとしてではなく。


 瑠羽ルートの公人が、初めて彼女に対して言った台詞と同じ言葉で答えた。




 幸いなことに、俺と瑠羽の面識はない。


 彼女は学校に一年時からほとんど来ておらず、親しい友達もいないため、俺が悪名高い変態であることを知らないのだ。


 彼女にとって、今の俺はただの一般生徒その1に過ぎないのだ。




「それはそうだと思うけど」




 俺の言葉に、瑠羽は苦笑を浮かべてから、




「一応、歌の方も本格派ってことで売り出し中なんだから。……そんな私の歌声をただで聴けて、君ってば結構なラッキーボーイだね」




 コホン、とわざとらしく咳払いをしてから、彼女は言った。


 現役の大人気アイドルの歌声をただ一人聞くことが出来たのだ。


 もちろん、光栄だと思うし、ラッキーなのも間違いはない。




 普段の友人キャラムーブをしている俺であれば、


『ヒャッホーーー、最高だったよ、瑠羽ちゃん。この幸運は末代まで語り継ぐ所存だぜー!!』


 くらい言っているが……。




 主人公に変わって彼女を攻略するつもりの今、そんなお手本のようなモブムーブではだめだ。




「……ラッキーって、どういうこと?」




 俺は、『お前のことなんて知るわけねーだろ、大丈夫かこいつ?』くらいのテンションで言う。


 俺の言葉を聞いた瑠羽は「うん……?」と首を傾げてから、「あーなるほど、そっかそっかぁ」と乾いた笑いを漏らしてから、




「まぁ、そんなこともあるよね。同じ学校の人に覚えてもらえてないのは、正直ショックだけど……うん。何でもないから、気にしないでっ」




 と、強張った表情で、肩を落としつつ言った。


 分かりやすく落ち込んでいた。




「それじゃあ私、教室に戻るから……」




 彼女はそう言って、屋上を後にした。


 その背が消えたのを見て、俺は呟く。




「とりあえず、面識は出来たな……」




 あまり学校に来ることのない瑠羽には、「クラスメイトその1」と認識されるよりも、「超有名アイドルの私のことを知らないクラスメイト」というように、多少印象が悪くても覚えてもらった方が都合が良い。




 ここまでは問題ないはず。


 次は、教室での立ち回りだな――。







「君たちも知ってるとは思うが、愛堂は芸能活動で忙しく、あまり学校には来られない。ただ、特別扱いをするつもりはない。君たちも、一人のクラスメイトとして、適切な距離で接するように」




 朝のHR時。


 副担任の女教師が、瑠羽のことを改めて初登校ということで、教壇に立たせて紹介兼注意喚起を行っていた。


 紹介をされている瑠羽は教壇に立ち、教室内を見渡し、愛想を振りまいていたが、




「えっ……?」




 と、俺を見て固まった。


 その様子に気づいたが、俺は反応せずに、視線を背ける。




「どうした、愛堂?」




 女教師が問いかけると、




「いえ、何でもありません。みんな、あまり学校には来られないけど、仲良くしたいって思ってます。これから一年、よろしくね」




 瑠羽は、天使のような笑顔を浮かべて言う。


 その笑顔に、クラスの男子はもちろん、女子すらも「可愛い」と騒ぎ出した。




 そんな中、俺は二つの視線を感じていた。


 一人は、教壇に立つ瑠羽だ。




 恐らく今頃、彼女は『同じクラスだったくせに私のこと知らなかったの!? めっちゃムカつくやんけ!』と思っていることだろう。


 本来はこれは、公人の役割だったのだが。


 上手いこと代役になれたようだ。


 俺はまず、「瑠羽から良くも悪くも認識されること」という第一関門を、無事に突破出来たことに安堵する。




 しかし、公人が瑠羽ルートに進んだ時には発生することのなかった問題が発生していることにも、俺は気づく。


 そう、もう一つの視線。




 亜希が不審を浮かべながら、俺に視線を向けているのは、絶対に気のせいではないだろう……!


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