第3話 負けヒロインは幼馴染①

「あの……、落ち着いた?」




 絶望に染まる俺に、恐る恐る公人が声を掛ける。




「彼女は……去年も同じクラスだった脇谷久美わきやくみちゃん。覚えていないわけないだろ?」




 当然のように、公人はそう言った。




 脇谷……久美? ――ああ、なるほど、開発陣が脇役美ちゃんという洒落で名付けたのか。


 その名前だけで彼女が攻略対象ヒロインじゃないのは理解できた。


 ではなぜ、そんなあからさまな脇役女と公人が付き合ったのだろうか。




「なんで脇谷なんだ!?」




 俺は単刀直入に聞く。


 すると、公人は恥ずかしそうに俯き、亜希は無言のまま聞き耳を立て、俺の言い方が癇に障ったのか、脇谷は不機嫌そうに俺を見た。




「……好きだからに決まってるでしょ、久美ちゃんのことが。それ以上のことは――また今度、惚気させてよ」




 可愛らしい笑顔でハニカミながら、公人が言った。


 その回答だけでは到底納得がいかない俺は、もう一度口を開こうとし、




「私はあなたのこと知ってるよ、阿久友馬あくゆうま君」




 脇谷がニコニコ笑顔を浮かべながら俺に話しかけてきたため、口を噤んだ。




「人の名前は覚えていないし、人の顔を不躾に見てくるし、人の彼氏に他の女子の3サイズを吹き込むし、人の彼氏に熟女もののエロ本を押し付けるし……知ってたけど、本当に品がなくって、失礼な人だよね」




 相変わらずニコニコ笑ってはいるが、その目は仄暗い光が宿っている。つまり、俺のことが嫌いらしい。


 公人はフォローをするでもなく、「あははー」と苦笑していた。




「ねぇ、公人くん。こんな変態は放っておいて。一緒に教室行こうよ?」




「そうだね。それじゃ二人とも、また一年間、よろしくね」




 そう爽やかに公人は言い、脇谷と共に教室へと向かった。


 その背中を見送りながら、『どうしてこうなった……?』と思い、俺は拳を握った、


 それから、隣に亜希がいたことを思いだす。そうだ、亜希は……。




「なんで私じゃないのよぅ………」




 今にも泣き出しそうな表情でハンカチを噛む亜希。


 いつの時代の負けヒロインだよ、こいつ……。と、失礼ながら俺はツッコみそうになっていた。




「何よ、こっち見ないでよ、変態っ!」




 俺の視線に気づいた亜希はそう言って、一人でそそくさと教室へと向かっていった。


 ――自然と、頭を抱えてしまった。


 高校2年に進級して早々、二人の女子から『変態』となじられたからではない。




 セーブもロードもできないギャルゲーで、ハーレムエンドを目指さなければならないのに、主人公が攻略対象外のヒロインと物語開始時点で恋人同士になっているこのくそゲーをどうしてくれようか、と思ったからだ。







 このくそゲーを攻略する前に、一度現状を整理しなければならないだろう。


 といっても、今俺が把握している情報は、大したことがないかもしれないが。




 まず公人についてだ。


 彼は脇谷という攻略対象外の女子と、春休み最終日から付き合っている。


 これまでの世界では一度としてなかった、初めてのパターンだ。


 このルートがどのような結末を辿るのか、注意深く見守る必要がある。




 そして、亜希について。


 今日は始業式で学校は午前中のみ。その間、俺は彼女を目で追っていた。


 短い時間だったが、彼女はずっと死人のように生気のない表情で、呆然自失としていた。


 過去繰り返したループでも、彼女が公人と結ばれなかったときは、こんな表情をしていた。




 そして脇谷。


 確かに俺と彼女は去年から同じクラスだったが――ループを繰り返しているため、重要人物以外の記憶については、思い出すことが難しい。


 よって、彼女と同じクラスだった、という事実以外は思い出せないでいた。




 ――そんな脇谷について、一つ仮説を立ててみた。


 この世界ゲームがアップデートされ、攻略対象ヒロインが追加されたのかもしれない。


 その結果として、ギャルゲのスタート時点で脇役系ヒロインが恋人としてスタートするのは、極端だなとは思うものの、この世界ゲームの開発陣がまともな感性でゲームを作ってはいないことを重々承知しているため、ありえないと切って捨てることは出来ない。




 前回までと同じ展開であれば、公人と結ばれなかったヒロインには、不幸な結末が訪れる。


 しかし、今回は既に、これまでとは全く違うルートを進んでいる。


 だから、もしかしたら……。




 各攻略対象ヒロインも、これまでとは違う結末を迎える可能性がある……。


 脇谷の他にも追加されたヒロインがいて、そのヒロインたちも今回のルートでは死ぬかもしれない。


 そうなれば、これまで以上に注意深く周囲を見なければならない。




 ……反対に。


 脇谷と付き合うルートでは、どのヒロインも死ぬことのない、全員生存ルートもあり得るかもしれない。


 もしかしたら、プレイヤーたちがヒロインが死ぬルートばかりなことに抗議し、運営が用意した救済ルートの1つ、というのも……可能性は低いだろうが、ありえないとは言いきれないはずだ。




 いずれにせよ、公人と恋人になれなかったヒロインが死を回避できるか、現状確定していない。


 だから、これから先出会う攻略対象ヒロインたちに、注意しなければならないだろう。




 特に気を付けなければいけないのは、亜希だ。


 彼女は、公人と付き合えず、他のヒロインと彼が付き合ってしまうと、早い段階で不幸が訪れる。




 しばらく公人と脇谷の様子を見つつも、亜希からは決して注意をそらさないようにしなければ。


 空虚な眼差しの亜希の横顔を見つつ、俺はそう決意する。







 始業式が終わり、放課後。


 これまでの世界であれば、ここから徐々に公人は攻略対象ヒロインたちとの触れ合いが始まるのだが……。


「公人君、一緒に帰ろ―」




 今回は、そうはならなさそうだ。 


 カバンを手に持ち立ち上がった公人に、満面の笑みを浮かべた脇谷が声を掛ける。




「うん、一緒に帰ろっか」




 公人の返事に、「やった!」と嬉しそうに答える脇谷。




「今日はまだ時間あるし、どこか寄り道したいな」




「そうだね」




 楽しそうに話す二人の会話に聞き耳を立てるのは、俺だけではなかった。


 見ると、亜希も興味津々な様子だ。




「それじゃ、軽くお昼を食べに行こっか!」




 公人の言葉に、脇谷は「楽しみ~!」と答える。


 それから二人は、手を繋いで教室を出て行った。


 即座に、亜希が二人の後を追いかけるために、教室から出て行った。


 これは、正直言って好都合だ。


 この後不幸な目に遭う可能性が高い亜希の様子は見なければならなかったが、公人と脇谷の様子も見ておきたかったからだ。




 俺は三人に気取られないように、追跡をすることにした。


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