第2話 プロローグ(後)

翌朝、高校2年の始業式の日。


 俺はうんざりするほど通いなれた学び舎に登校し、大勢のモブたちが掲示板前に集っているのを確認した。




 掲示板には、クラス分け表が掲示されている。


 その周辺には、主人公もいるだろう。




 本来であれば人混みの中、主人公を見つけるのは大変だろうが……前回までのループの情報を持っている俺にとって、彼を見つけるのはたやすい。




 彼のもとまで歩く最中、チラリとクラス分けを確認した。


 いつも通りというか、相も変わらずというか。


 俺と主人公、そして今まさに彼と夫婦漫才を繰り広げているであろう幼馴染系ヒロインは、皆同じクラスだった。




「よう、お二人さん! 今年もみんなで同じクラスだな」




 俺は主人公と幼馴染ヒロインに声を掛けた。


 振り返り、俺の声に応えたのは、この世界ゲームの主人公である――主公人あるじきみとだった。


 こんなゲームのデフォルトネームみたいな主人公っぽい名前、俺は他に見たことがない。




「相変わらずの腐れ縁だね」




 苦笑を浮かべ、公人は答えた。


 その言葉の後に、幼馴染ヒロインである真木野亜希まきのあきが、うんざりしたような表情を見せてから、言う。




「またあんたとも一緒……。もしかして、私のストーカー?」




 酷い言われようだが、前回までのループと一言一句違わないセリフに、俺は内心安堵していた。


 真木野亜希は、正統派ツンデレヒロイン、大好きな彼の前では素直になれないタイプの幼馴染だ。


 実のところ既に公人に対する好感度はマックスの、誰もが認めるチョロインである。




 綺麗な藍色の髪を、トレードマークのツインテールにして結っている。


 その両端が、彼女の動きに合わせて活発に揺れている。




 中学時代から何度も顔を合わせているが、流石はギャルゲーヒロインと言うべきか。


 言葉に詰まりそうなほど可愛らしく、魅力的だ。


 彼女の可愛らしさにあわあわしていたいところだが、そうもいかない。


 俺は亜希を見ながら、友人キャラらしくお道化た調子で告げる。




「これで中学から合わせて5年連続で同じクラス……これも運命かもしれない! だから結婚してくれ、亜希――!」




 うおおぉぉぉぉ!


 俺は拳を振り上げ、身振り手振りを交え、テンションの高さを表現した。




「はぁ? 死んでもお断りなんだけど」




 俺の一言は、亜希の冷たい言葉によってお断りされた。


 しかし、これは仕方のないことだともいえる。


 実は、ループに入る前の高校一年生まで、思春期真っただ中だった俺は――テンプレートな友人キャラらしく、お馬鹿でスケベなキャラクターだった。




 公人と出会う前の中学一年の始業式からループをやり直せるならば、こんな疲れるキャラクターはすぐに止めるだろう。


 しかしながら、高校二年の始業式からキャラを変えて周囲に受け入れてもらうには……手遅れすぎるほど、ヒロイン含め周囲の俺に対する好感度は低かった。




 俺は肩を落とし、友人キャラらしい哀愁を感じる行動に移る。




「そりゃないぜ、トホホ……」




 と、わざとらしく肩を落とし、「また後でな……」と呟いてから、校舎に向かって歩こうとして――。




「公人くん!」




 俺は足を止めた。


 どうやら誰かが、公人の名前を呼んだようだ。


 ……こんな展開、以前のループにあったかだろうか? 


 そう思い、記憶を探るが……心当たりが無かった。




 いつも通りの展開であれば、哀愁漂う俺の背中を見送った公人が亜希に対して、「冷たいんじゃない?」と苦笑しつつ声をかける。


 その言葉に亜希は、不機嫌そうに頬を膨らませながら、「運命って言うならあんたもじゃない……」と小さく呟くのだ。


 しかし、突発性難聴を発症した公人の耳には届かず、いきなり不機嫌になった亜希に困惑する、といったシーンのはずだ。




 そうならないのはなぜだ……? 俺は恐る恐る、その声に振り返った。


 すると、満面の笑みを浮かべた公人がまず視界に入った。




「久美くみちゃん!」




 俺は、公人から「久美」と呼ばれた女子を見る。


 あまり特徴らしい特徴のない女子だ。


 これまでのループで、公人と恋人になったことはもちろんなく、だからといって不幸な目に遭い、死んだこともない女子。


 これまでの経験上、彼女は間違いなく、攻略対象のヒロインではない。




 そんな彼女が、何故公人から親しみが込もった笑顔を向けられているのだろうか……?


 公人のハーレムエンドに向けて物語を進行する際に、大きな影響がなければ良いのだが……祈るようにそう思い、俺は足を止め、しばらくの間、公人と久美の様子を見守ることにした。




「今年も同じクラスだね!」




「うん! これって運命かも!」




「そうかもしれないね!」




 と、まるで付き合いたての高校生のような中身のない甘ったるい会話を始めた。


 なぁ公人、お前は『運命』と言うワードにすかさず反応をしちゃだめなんだよ? 


 隣の亜希があからさまに不機嫌になっているのに、気が付かないのかい? 


 と、今すぐにでも説教したかったが、どうやら俺が思っていた以上に良くない方向・・・・・・に話が進んでいるようで、俺は固唾をのんで見守ることにする。




「ちょ、ちょっとあんた達、いつの間にそんな仲良くなったのよ……?」




 焦りがにじみ出る亜希の問いかけ。


 彼女を見ると、動揺のあまり全身が震えているし、今にも泣き出しそうな表情をしている。




 亜希の質問に、「あ、そうだった」と公人は軽い調子で呟いてから、俺たちに向かってから答えた。




「春休み中、久美ちゃんから告白されてさ……」




「「……はぁ?」」




 照れながら告げる公人に、俺と亜希は全く同じように、呆然と呟いた。




「付き合うことにしたんだ、俺たち!」




 そう言って、公人は久美の手を握った。


 久美はというと、




「なんか改めて言われると、恥ずかしいかも」




 と頬を染めつつ呟いている。




 亜希の反応を見る余裕もない俺は、瞬間的に様々な考えを脳裏に巡らせた。


 マズい、物語開始時点で攻略対象外の女子と恋人になってしまうと、時間をかけて確実にハーレムエンドを目指してもらうために考えていた計画の実現が難しくなる。




 そうなればヒロインたちの命が――。


 いや、その前に。




「誰よ、その女!?」




 取り乱した俺は衝動的に公人の首根っこを掴み、叫ぶように尋ねた。




「なんであんたが彼氏の浮気現場を目撃した彼女みたいな口ぶりなのよ!?」




 勢いよく片手で俺の襟を掴んだ亜希が、空いている方の手で平手打ちをお見舞いしてきた。


 俺はその平手打ちにより、正気に戻る。




 それから、今にも泣き出しそうな表情で、唇を噛みしめ俺を睨む亜希と目が合った。




 どうしてこうなったのかは、分からない。


 だけど、公人の言ったことが真実であれば――亜希は、失恋をしたことになる。




 つまり、このままでは、彼女の身にいつ不幸が起こってもおかしくはないのだ。


 幾度ものループを繰り返した俺は、早速目の当たりにした否定したい現実に対して、内心でこの世界ゲームの開発陣に問いかける。




 もしかしてこのくそゲー、物語開始時点でヒロインたちが詰んでるパターンもあるんですかねぇ!? 


 ――と。


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