第6話 初めての村は怪しさ満点でした

「さて、パパ。そろそろパパの目的を果たしに行きましょうか」


「そうだな。ここでいつまでものんびりしてるわけにはいかない」


 シルビアがカイの修行をつけ終わり、ついにこの森ともお別れの時がやって来た。


 カイがやって来て数か月。

 初見で来た人は迷いそうだが、今やカイにとっては庭の様なもの。

 どこに何が育っているか、何の獲物が縄張りにしているか一目でわかる。


 そんな森を少しだけ寂しく思いながら、カイはふと着ているスーツとコートの匂いに気づいた。


「どうしました? 人と会うかもということで加齢臭でも気になりましたか?」


「ちょっと、おっさんに加齢臭はNGワードだから!

 そうじゃなくて、この数か月生き血を浴び続けてニオイとか移ってないかなって。

 ほら、初対面の人が血のニオイ纏わせてやってきたら不気味じゃん?」


「確かにそうですね。ですが、安心してください。

 パパの過去の記憶から洗濯という技能を覚えましたので、この森の育った果実にニオイを利用して洗った後にニオイをつけておきましたので」


「え、そうなの? ありがとう」


「私もジジ臭いのは嫌ですので」


「辛辣っ!」


 カイはシルビアの相変わらずの毒舌っぷりに反応しながらも特に気にする様子なく受け流していく。


 この会話も最初こそかなりダメージを負ったカイであったが、なんだかんだでカイのことを思ってくれているので今や慣れたものである。


 シルビアが言った通り来ている服からはほのかに果実のニオイを感じる。

 カイの年齢からしたら違和感を感じるかもしれないが、加齢臭で引かれるよりはマシだろう。


「んじゃ、行くか......とどうしたの?」


「さて、出発です」


 カイがシルビアを呼び掛けるとシルビアはカイに近づいて一気に跳躍した。

 シルビアが乗った場所はカイの肩、いわゆる肩車みたいな状態だ。


 シルビアは適当に進行方向を決め「出発です」と指さしで指示していく。


「(あ、自分で歩かないのね......」


 カイはそう思いつつ、昔に娘を肩車した記憶を思い出しながら歩き始めた。


 そんな時間が数日と過ぎていくと、やがてカイの歩いている森が開けてきて目の前にどこかの村が現れた。


 見た感じそれほど大きいとは言えないが、それでも割にカイより若い世代の村人が多く見られる。

 さすがに老人の割合の方が多そうだが。


 その村は木の柵で囲われていて、いくつもの年季の入った家々が並びながら奥の方には畑が見られる。


 数える程度の羊が入っている策や馬小屋も見られるので、それなりに他の場所とも交流があるかもしれない。


「パパ、もう野宿は嫌です。ここにしましょう」


「そうだなぁ、雑魚寝って腰に響くもんな」


「あと、パパのいびきがうるさいので」


「......ごめんね」


 もはや定位置のように貫録を持って肩車させているシルビアは村の方へと指さしながらカイへと指示していく。


 カイは年頃の娘に反抗されてる気分になりながら、少しだけ足取りを重くして向かっていった。

 すると村の村人もカイ達の存在に気付いたのか若い男性が一人近づいて来る。


「どちら様ですか?」


「ちょっと旅をしてる者なんだが、魔物に襲われて森を当てもなく歩いていたらここに辿り着いて、少しの間ここにいさせてもらえないか?」


「そうでしたか。それなら、こちらへ」


 カイの言葉を信じた男性は快く村に招き入れてくれた。

 そして村の人達の注目を集めながら、カイはその男性と話していく。


「にしても、魔物に襲われるなんて災難でしたね。あ、僕はカクザンと言います」


「俺はカイ。そして、肩に乗ってるのが――――」


「シルビアです」


「カイさんの服装は初めて見ましたが、シルビアちゃんの服装を見る限り身なりの良さそうな感じで.......もしかしてどこかの貴族様だったりします?」


「いやいや、森に彷徨う前に街で仕立ててもらっただけだよ。

 ほら、娘が可愛いって言うのは親にとっては思うことだったりするじゃないか」


「そう、ですね。確かに、子供が可愛いというのは同感だと思います」


 カクザンはカイの言葉に少しだけ端切れを悪くさせて答えた。

 そのことにカイは少しだけ気になりながらも、会話のテンポが崩れないように次の話題に移る。


「そういえば、今ってどこに向かってるんだ?」


「僕のおじいちゃんですね。

 おじいちゃんはここの長をしているんです。

 僕個人としてはもうこの村に止まらせててもいいと思うんですが、一応おじいちゃんに許可をもらった方が周りの人達からもこの村にいることに納得するでしょうし」


「なるほど。それなら頼むよ」


 カイはおもむろに周囲の家や村人に視線を向けてみる。

 周囲の景色や反応に刑事の勘と言うべきかこの村には妙な違和感を感じ取った。


 まず一つ目に家が妙にボロボロであるということ。

 家の所々に補修したような跡が残っている。

 それも一つだけではなく、周囲にも似たような家がいくつもあるのだ。


 つい最近補修されたような雑に木の板が打ち付けられた家も見られる。

 その後は年季が入りすぎてただ補修してるだけなのか、それとも家が壊れるような何かがあるのか。


 二つ目にカイ達を見る村人の視線が妙に暗いこと。

 明るいのは子供ぐらいで、ある程度成長した少年少女や大人達はどこか罪悪感に駆られたような顔をしていて全体的に村の雰囲気は暗い。


 最後に、村の中で漂う異臭。

 とても微かであるが、人によっては気分を悪くするかもしれないぐらいだ。


「パパ、臭いです」


「シルビア、それって俺が臭いの? それともここの方?」


「ここの方です」


「良かった~。心臓止まるかと思った」


 突然のシルビアの言葉に驚きつつも、どうやらシルビアもどことなく違和感を感じ取ったみたいだ。


 しかし、カイはそれを口に出すことはなく、ただ冷静に見極めるようにカクザンの後ろをついて歩いていく。


 しばらくして、「ここです」とカクザンに紹介された家は一軒家と家の半分をくっつけたような大きさであった。

 村長の地位のために周囲の家々よりも大きいのかもしれない。


 カクザンがその家に先に入っていくと何やら話し声が聞こえてきた。

 そして玄関が開いて現れたのは杖をついて白いひげを生やした一人の老人。


「村長をやっておるムンクというものじゃ。ほれ、疲れておるじゃろう。中に入って休みなされ」


「ありがとうございます」


 ムンクはカイ達を快く家の中に招き入れると木で作られた長椅子にカイ達を座らせた。

 それからムンクは机を挟んでカイ達の正面に座ると口火を切る。


「さて、簡単な話はカクザンから聞いた。災難じゃったな。

 いや、生きてここまでやって来たのじゃから幸運じゃったと言うべきか」


「まあ、不幸中の幸いという奴でしょうね。

 俺も娘も生きてここまで来れたのは奇跡だと思います」


 というあくまでカイの設定。


「この村はお主の好きなように歩いてくれて構わない。

 ボロ屋で良ければお主達に寝床となる場所を与えようではないか」


「ありがとうございます」


 カイはムンクの承諾を得て深々と頭を下げると早速カクザンに寝床を案内してもらった。

 その場所は村長の家の反対側にあり数件離れた所にあった。

 その近くには馬小屋や羊の入った小屋がある。


 カクザンは「畑仕事がありますので」と告げるとその場を後にした。

 この近くに誰もいないことを確認すると隣にちょこんと立つシルビアに話しかける。


「シルビア、ここ......おかしいよな?」


「はい、パパ。臭います」


「......なんかその語呂、こっちの気分が沈むから気を付けて」


「すみません。わざとです」


「俺なんか嫌われるようなことした?」


「いえ、反応が面白いのでつい。ごめんなさい、パパ」


「うん、全然気にしてないよっ!」


 これから真面目な話をしようとする場面でシルビアが従ってくれない。

 しかし、つい可愛らしく謝られると父性に駆られて許してしまうカイ。


 カイは「ごほん」と一回咳払いを入れて空気を戻すと改めて真面目な話をし始めた。


「で、妙にこの村は怪しい気がする」


「そうですね。

 周囲の家々の様子、村人達の様子、謎の異臭、カクザンさんとムンクさんの何か後ろめたい感情が宿ったような瞳」


 そう言いながら周囲を見渡すシルビア。


「この村を怪しいと思うには十分すぎる状況証拠でしょう。

 とはいえ、ただの旅人が勝ってな正義感でこの村の違和感を暴いていいものではない」


「ああ、その通り。結局、ここに来ても怪しいじゃ罰せれないんだよ」


「だけど、明らかに犯罪的行動が行われていた場合はパパの正義に乗っ取って動いていいんですよね?」


「俺に正義感なんてあるかわかりゃしないけどな。

 でも、もし救える命があるのなら救いに行くのが警察ってもんだ」


「まあ、パパの記憶から見た限りじゃ大抵後手ですけどね」


「言わないで」


 相変わらずのシルビアの通常運転にカイは苦笑いを浮かべながら、捜査を始めるように周囲を注意深く観察し始めた。


 この村に入ってからすぐに感じた違和感。

 それが拭えなければ安心して眠れやしない。

 しかし、見た感じでは特に既に得た以上の何かは見つからない。


「シルビア、俺の修行の時のように魔物を操れない? このニオイもとを調べて欲しいんだけど」


「私はただ“殺さなければ殺される”という殺意を周囲に振りまいただけで操ったわけじゃありません。

 ちなみに、ゴーレムはもともとあの遺跡にあったものを拝借しただけですし、パパの要望には応えられません」


「そんなことしてたんだ......」


「ですが、魔が彷徨う所は見えますよ。私は反魔を司る“魔”剣ですので」


「つまり......どいうこと?」


「言うよりも見るが易し。

 私と契約したパパなら瞳に魔力を込めればすぐに見えますよ。

 この村の――――違和感以上のものが」


 カイはシルビアの言われた通りに瞳に魔力を込めてもう一度周囲を見た。


 その瞬間、目を疑いたくなるような光景にカイは苦笑いを浮かべながら、気を落ち着けるようにタバコを吸って吐く。


「こりゃ、おまわりさん動かなきゃいけないじゃないか」


 カイの横を無数の溶けた人の顔をした下半身のないゴーストが何人も飛んでいく。

 そのゴーストは何かを訴えかけるように口を動かしながら、村の中を何十人ものゴーストが彷徨い動いていた。

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