第5話 おっさんのビフォーアフター

 カイは異世界を渡る前、調べ事に行き詰まるとよく武術系の習い事を始めた。


 それは一向に進まない調べ事に対するストレスであったり、暗くなる感情を振り払うという意味合いがほとんどで、カイが後付けで考えた「異世界に渡った時の対策」なんてのはほとんどない。


 しかし、その調べ物が進まない期間が長かったせいかやがてその習い事が趣味になり、妻を娶って新たな道に進もうとした時もそれは変わらなかった。


 とはいえ、カイはもともと本格的にやるつもりは無かったので、中級者程度の実力を得ると他の習い事を始めたりしていった。


 そんな傍からは飽きっぽく見えることでも、カイにとっては未知に触れること自体が興味の大半を占めていたのでその程度でよかった。


 その行動はその道一本でいく人には当然勝てないレベルだ。

 そこそこ続けている人とはそこそこ渡り合えるレベル。


 警察を始めてからはめっきり時間が少なくなったが、それでも続けていったカイの武の心得はこの異世界にとっては最大の武器となっていた。


「ハアハア......」


  カイの息が乱れる。

  肩は大きく上下していて、上半身には汗と血が体を湿らすように流れている。


 上裸のカイは両手に持った黒い日本刀を構えながら、眼前に蔓延るように存在している魔物の群れに対して鋭く目を向けていた。


 ―――――数か月前


「さて、パパ。これからパパには強くなってもらいます」


「どしたの急に?」


 寺院でのシルビアの試練を終えたカイは寺院を出た矢先にそんなことを言われた。


 カイにとっては出来る限り早く行方不明者を探したいところだ。

 少しでもかける時間が大いに越したことはない。

 それによって結果が変わるかもしれないから。


 そんなカイの気持ちを察しているようにシルビアは返答する。


「パパの気持ちはわかります。

 あれほどの強い意志はそう簡単に消えることはないでしょうから。

 だからこそ、パパにはあえて時間を作って強くなってもらう必要があります。

 ちょっとこれを見てください」


 そう言うとシルビアはカイの目の前に半透明なプレートを表示した。

 簡単に言えば、ステータスプレートだ。


 ++++++


【名前】ニイガミ カイ Lv.135 【職業】略奪者


【能力値】


 ・攻撃 587

 ・防御 566

 ・魔法攻撃 459

 ・魔法耐性 473

 ・俊敏 331

 ・腕力 429


【オリジナル魔法】 略奪:相手を殺した時に一定の確率で相手の魔法及び技能を奪う。


【使用可能魔法及び技能】1/1ページ目


「異世界言語」「剣術」「射撃術」「体術」「魔力操作」「無詠唱」「身体強化」「暗黒魔法」「直感」「危険察知」「鑑定」「気配遮断」「実像幻影」「俊脚」「突撃」「刺突」「牙噛」「裂傷耐性」「麻痺耐性」「剛体」


【称号】


「創造神の加護」「厄神の標的」「奪い返す者」「異世界からの侵入者」「魔剣に選ばれし者」


 ++++++


「まさしくゲームみたいだな」


「ゲーム......パパの記憶の中にあったあの機械に表示されたりするものですね。

 確かに、この世界の表し方はそれに酷似していますが、まあそれはいいでしょう。

 それでこの画面を見てもらって何が不味いかというとこの『厄神の標的』というものです」


「いかにも物騒だが、俺はまずここに来てから人に会ってないし、何をした覚えもないぞ?」


「何をしていなくても厄神の怒りに触れたのでしょうね。

 でなければ、このような称号は得ませんので」


 シルビアは淡々とした口調で言葉を続けていく。


「今の相場がわかりませんが、パパの能力値は現時点でこの世界でかなりの強さになっていると思われます。

 大抵の人では負けなしでしょう。

 ですが、この“厄神”を信仰する――――人でありながら人を超えたような存在には今の時点では敵いません」


「それでシルビアは俺に強くなることを勧めたのか」


「はい。最悪の場合、その厄神の手下にパパの探している人が捕まっている可能性があるかもしれないからです」


「......なるほどね」


 カイは胸ポケットからタバコを取り出すとジッポライターでさっと火をつけて一服を始める。

 しかし、その脳内では様々なことを計算して一番効率のいい選択を探していた。


 カイは未だこの世界のことは何も知らない。

 シルビアから教えてもらう予定でいるが、それでも得られる情報はきっと十分じゃないかもしれない。


 とはいえ、全くゼロから知るのと知っている人から教えてもらって知るのとは大きな差がある。

 つまりはシルビアが「強くした方がいい」と勧めるのであれば、それに従った方が一番いいかもしれない。


「ちなみに、俺ってどうしてそんな初期から強いの?」


「私の試練による経験値も大きいでしょうが、恐らくこの世界に来るまでに得ていた経験値が凄まじかったのでしょう。

 パパの世界ではこの国のようにステータスは見れませんが、少なからず経験値というものは見えない形で存在してると思われました」


「ってことは、できなかったことがある日急に出来るようになったりとか?」


「そうです。もちろん、技能値を高めてその経験値で強くなることもあります。

 それで、パパの場合は様々な武術を経験していたことが大きかったようですね。

 やはりゼロからですと入る経験値も大きいですから」


「なるほどね~」


 そう言われると日本でも頑張ってきた甲斐があるというものを感じるカイ。

 いくつになっても自分の努力が何かしらであっても報われるのなら嬉しいものだ。


 カイはタバコの火を消すと上機嫌でシルビアに尋ねる。

 足取りも随分と軽そうだ。


「んじゃ、シルビアは俺をどう強くするつもりだ?」


「簡単です」


 そう言うとシルビアの目が妖しく光る。

 その瞬間、寺院の周囲の森が突然騒がしくなり始めた。

 ガサガサ、ゴソゴソ、ドスンドスンと小さい気配から巨大な気配まで一斉に寺院に集まってくる。


 カイの「気配察知」も周囲から無数の赤い魔物反応が集まってきて、やがて点が集まりすぎて寺院の周りに円の線が出来上がり始めるとシルビアはニヤリと告げた。


「ひたすら戦ってもらいます。その老いた体を強制的にもとに戻してあげましょう」


「......え?」


 ―――――そして現在


「おっしゃあああぁぁぁぁ! 今日のノルマ五百体ノーダメプラス森の主の討伐達成!!」


「おめでとうございます、パパ。まさか一回で突破されるとは思いませんでした」


「それまでに軽く半年経ってるんだけどね。

 でも、やってたおかげか全盛期の十代の時よりも動けてる気がする」


「当然です。空気中の魔素が体内で損傷した肉体に入り込んで細胞と結合して活性化しているんですから」


 カイは上裸で両腕なんかを赤く血で濡らしながらも、気にする様子なく雄たけびを上げていた。


 その圧倒的に引き締まったボディは剣のシルビアですらゴクリと唾を呑んでしまうほどに魅力的なものになっている。


 シルビアは思わずボーっと見惚れてしまっていることに気付くと「ごほん」と一回咳払いして、カイに尋ねる。


「そういえば、ずっと前から言おうとしていたのですが、パパは“人を斬っていた”ことに気付いてますか?」


 そう言いながらシルビアが指さす方向には首とお別れした人間の死体や胴体が真っ二つになっている人間の姿がある。


 その数はざっと六人。

 明らかにおかしいカイに愚かにも挑んできた頭の弱い盗賊達だ。

 その盗賊達は漏れなく全員肉塊となって辺り一帯の森を赤色に染める活動に協力していた。


 カイは刀を地面に刺し、自分の頭の上に魔法陣を作り出すとそこからシャワーのように温かい水を降らせていく。

<降雨>と<加熱>の魔法をかけ合わせて作った即興シャワーだ。


 それをズボンを履いたまま頭からかぶって血に濡らした上裸を洗っていく。

 髪にもついた血をわしゃわしゃと手をかきながら、シルビアに返答した。


「気づいてないわけじゃないよ。

 ただまあ、この世界に乗っ取って言えば、“相手を殺そうとすれば当然殺される権利を併せ持つ”ってのに乗っ取っただけ」


「パパが私に対して『この世界で人殺しはどのように認知されているか』という質問に対して、私が送った答えですね」


 シルビアは寺院の階段に座って足をぶらぶらと振りながら続けていく。


「確かに、野盗や敵対する者であれば殺すことも多いですし、依頼されて殺すなんてことも多いです。

 それを含めた殺し殺されの関係を端的に言った言葉でしたが......それを平然とこなせるパパはやはり狂ってますね」


 カイはシャワーをやめると髪をかき分けながらシルビアに近づいていく。

 すると、シルビアはカイのバッグからタオルを取り出して手で渡した。


 カイは「ありがと」と返しながら頭を乾かしながらシルビアの横に座るとあえてその言葉に質問してみた。


「ちなみに、どうしてそう思った?」


「パパのいた世界では命がかなり尊いものです。

 たとえ相手が悪いとあっても被害者が殺したとなれば、その人は殺人犯として捕まるというほどまでパパの世界は命は重く見られています」


 そう言いながらシルビアは毒づくようにカイに言葉を吐いた。


「そのような環境が当たり前となっている世界でよく簡単に命を軽く見ることが出来ましたね。

 人間の最大の能力は適応力と言いますが......」


「当然、何も思ってないわけじゃないよ。ただ、これは前に言ったことだけど」


 カイはおもむろに立ち上がるとシルビアの前に背を向けるように立った。

 足元にある一枚の葉っぱを軽く上に投げると地面に刺さった刀を引き抜いて振るう。


「おっさん、仲間のためならバケモノになってもいいんだ。

 バケモノには倫理もクソもないだろ?」


「......そうですね」


 カイの斬った葉っぱは目に見えるか見えないか程の細切れになって、通り抜けてきた風に乗って舞い散っていく。

 そんな様子を見ながらシルビアは静かに目を閉じて頷いた。


 すると、今の自分のやった構図を思い出して急に調子づくおっさん。


「なぁ、今の超キマってなかったか? おっさん、カッコよくなかった?」


「それを言わなければカッコよかったですね」


 そんな急なシリアスブレイクしてくる締まらないおっさんに毒を盛って返答しながら、こっそりとカイのステータスを見てみた。


 ++++++


【名前】ニイガミ カイ Lv.??? 【職業】略奪者


【能力値】


 ・攻撃 138940

 ・防御 135667

 ・魔法攻撃 140785

 ・魔法耐性 134449

 ・俊敏 129842

 ・腕力 159467


【オリジナル魔法】 略奪:相手を殺した時に一定の確率で相手の魔法及び技能を奪う。


【使用可能魔法及び技能】1/5ページ目


「異世界言語」「剣術」「射撃術」「体術」「魔力操作」「無詠唱」「身体強化」「暗黒魔法」「直感」「危険察知」「鑑定」「気配遮断」「実像幻影」「俊脚」「突撃」「刺突」「牙噛」「裂傷耐性」「麻痺耐性」「剛体」「降雨」「加熱」「火炎」「旋風」「刃水」「雷電」「毒耐性」「火炎耐性」「遅行耐性」「爪撃」「重振」


【称号】


「創造神の加護」「厄神の標的」「奪い返す者」「異世界からの侵入者」「魔剣に選ばれし者」「魔剣の担い手」「逸脱者」「無敗者」「血の悪魔」「天恵を得し者Lv.1」


 ++++++


 これを見たシルビアは「どんどん強くなるパパが楽しくてやり過ぎた」と呟きながら、そっとステータス画面を閉じた。

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