第3話 追い風と共に花粉も襲来 -ミツの場合-

 あ。やべ。


 俺は隣に座る親友の袖を引っ張った。

「なぁ、めっちゃ可愛い子見つけた」

「え?どれ?」

「あれあれ、ちょうど向かいの、髪が長めの子。ヒノキハナってさっき名前言ってた」

「へぇー。でも、なんか周り睨んでない?」

「頼む!明日、一緒に声掛けに行ってくんない?」

「あぁ、いいよ。ついにお前にも春が来たかー」


 入学前合宿初日の、自己紹介の時間。

 高校では絶対彼女作るぞ、と意気込んでいた俺に、早速どストライクな子が現れた。

 天は俺の味方だ。

 花粉症なのに杉の植林なんてドMにも程がある、と自分でも思っていたけど、来てよかった。これは、他の男に取られる前に、言い方は悪いけど、粉をかけておかなくては。


 大部屋で布団を敷いた後、トモにからかわれた。

「いやでも、ミツが自分から女の子をロックオンする日が来るなんてなー」

「高校入ったら彼女作るって言ったじゃん。こんな丁度いいタイミングで現れるなんて、まさか運命?」

「まだ何も始まってねーし、話してすらいないだろ。それに、とんでもない地雷だったらどうすんだよ」


おっと。そこまで考えてなかった。


「うーん、ま、そん時はそん時だな!」

「お前は楽天的だな、いいけど。それよりミツ、卒業式の日に何人かに告られてただろ。そん中じゃダメだったん?」

「うん、ダメだ」

俺はきっぱりと言い切った。


 同じ中等部の女子とは、友達の延長で仲良くは出来るけど、どうも俺のアンテナは反応しない。

 きゃぴきゃぴした、と言うのか、ぶりっ子と言っていいのか、上目遣いでさり気ないボディタッチとかされても、反応に困るだけだ。中学に入学してからの3年間で、多くの女子はそういう方向に変わっていったが、どうも苦手だ。

 その話をトモにすると、「そこが可愛いんじゃん?思春期っていうのー?俺に可愛いと思われたいのかこいつってなるじゃん?」と返ってきた。


 人が違えば、こうも受け取り方が違うのか。トモは今までに2人と付き合っていたが、そう見えてたんだな。


「それにしても、同じ高等部に上がるのに、なんでわざわざ中等部卒業式に告白なんてするかね。気まずいじゃん」

と言った時、横から枕が飛んできた。それも複数、ぼふぼふぼふっと。


「くそっリア充爆発しろ」

「ちょっとは他にもまわせー」

他の内部進学の野郎どもが、笑いながら枕を投げ続けてくる。

「やったなコラ!」と俺も応戦し、全員巻き込んでの枕投げ大会が始まった。だが、花粉だけでなく埃にも弱い俺は、早々に降参したのだった。



 翌日、トモと一緒に俺らとは違う色のジャージを探す。見つけるのに少し手間取ったが、もう1人の子のノリが良かったこともあって、一緒に行動することはできそうだ。

 なのに。

 こっちを向いてくれない。どうしたのか、と思って近づこうとした時、ミツバチが飛んできて、それに驚いて滑り、土埃が舞い、くしゃみ3連発。と、俺にまで連鎖して、こちらもくしゃみ3連発。

 収まった時には、ちょうどくしゃみ直後の顔が目の前にあった。


 「うわぁっ」

 びっくりして思わずのけ反ってしまったけど、引いたわけじゃないんだ。


 女子の、こんな顔を間近で見たのは初めてだ。

 昨日はあんなキツそうな顔をしていたにも関わらず、これ。…やっぱりこの子、良い。

 恥ずかしそうに真っ赤になって喋らない様子も、なんか俺をムズムズさせるものがあった。



 それから入学式までの間、俺はどうしたらあの子と仲良くなれるか、考えていた。それなりにモテる方ではあるのだろうし、このままでも平気かもしれない。ただ、何かしてないと落ち着かなく、トモに聞いてみたり、ネットで「女の子を胸キュンさせる方法」なんてのを真剣に読んだりしていた。


なになに…

名前で呼ぶ、見つめる、容姿や持ち物を褒める、頭ポンポンする、さり気ない優しさを見せるーーー


ふーん。ま、できなくはなさそう。

自分で言うのもなんだが、割と軽いノリで生きてきて良かった、なんて思ったり。



 そして、待ちに待った入学式の日が訪れた。

「トモ、やはり天は俺の味方なようだぞ」

 中庭でクラス分けの表を見上げながら、俺は幸運を噛みしめていた。

「良かったな。ま、頑張れよ」

「おう」と言って、急いでクラスに向かった。

 もう教室に来ているだろうか。見渡したが入ってすぐには見つけられず、式典のため体育館へ移動しなければならなくなってしまった。

 (くそっ、ここで感動の再会を果たさねば…)

 入学式の間も、会ったら何を話すか、どんな風に振る舞うか、そんなことばかり考えていた。


 教室に戻った後の自己紹介では、出席番号が早いため俺の方が先だった。教室を舐めまわすようにあの子を探してしまう、俺の目つきは不審ではないだろうか。

 俺は自分の話をしながら、(あれ?いなくない?)と思っていた時、メガネにマスクの女子と目があった。もしかして…?メガネに光が反射して、正直顔がよく見えないんだけど、どうにか目を凝らした。その後、あの子の名前が呼ばれた時に彼女が前に出た時は、犬のように尻尾を振って飛びつきたい気分になった。


 帰りの時間になり、他の奴が声をかけたりしてしまう前に、真っ先に駆け寄る。

 春休み中に仕入れた技を早速試してみたところ、なんかドギマギしている様子。これは、いいんじゃないか?ここでカッコ良く立ち去ろう、とした時にまた花粉の野郎が俺を襲ってきて、盛大なくしゃみが出てしまった。


(くそっくそっくそっ)


 ここで振り向いておちゃらけることも出来たのだろうが、なんとなく彼女に呆れられる顔を観たくなくて、そのまま振り返らずに教室を出た。


 俺はめげないぞ。

 俺たちの高校生活は、始まったばかりだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る