第2話 メガネとマスクとおさげ -花の場合-

 最っ悪だ。


 今日は入学式。キラキラ眩しい新入生の少し緊張した笑顔が溢れる中、メガネにマスクにお下げ髪の女子生徒が一人―――そう、私、檜木花だ。


 先日の入学前合宿の杉の植林で、見事に花粉症デビューを果たしてしまった。あれから、都会に戻っても天気の良い日は目にも鼻にも刺激が強い。もちろん病院にも行ったけど、所詮気休め程度にしかならないし、マスクは手放せない。

 受験勉強で視力が落ちたことにも気づき、メガネとコンタクトを作ったものの、花粉のせいでコンタクトは上手く入らなかった。肩より下まである髪は、広がるとそれもまた花粉を集めてしまうため、最も塵が付きにくい三つ編みにする他なかったのだった。それに、化粧は校則で禁止されているけど、これくらいなら平気だろう、と、ちょっと可愛いリップも買ったのに、これじゃまるで意味が無い。


「・・・あ、花!おっはよー!メガネとか髪型違うからわかんなかったよ」

「菜花、おはよう」

合宿で仲良くなった菜花にも、すぐに気付いて貰えなかったようだ。

「花、それ花粉症対策?そんなに重症なの~!?」

「うん、やばいよね。どこの不審者だよって」

「あはは、不審者とか自分で言うなし」


 クラス分けが発表されているということで、菜花と連れ立って中庭に見に行った。

掲示されている上を見上げると、散りかけの桜にミツバチがとまっているのが見えた。


あぁ、忌々しい記憶が蘇る・・・あの時ミツバチさえ来なければ、あんなことにはならなかったかもしれないのに。


 あ。

 菜花とは、違うクラスになってしまったようだ。

「残念だね。でも、バレー部入るでしょ?そっちでよろしくね!」

 あぁ、菜花の新入生らしいフレッシュな装いから発される笑顔が眩しい。

 眩しくてくしゃみが出そうだ。


「ところで、合宿で一緒に行動したトモとミツ、フルネーム聞くの忘れちゃったね。顔見たら思い出すだろうけどさ、今時点でクラスがどうなったのか、わかんないね」


 菜花はこう言うが、私は顔を見ても思い出せるかどうか。

 初日の自己紹介の時も遠くて顔は見えていなかったし、植林の時も目が痛くてほとんど顔を見られなかった。唯一覚えているのは、間近でお互いに意図せず見せ合うことになってしまった、くしゃみ連発後の情けない顔ぐらい・・・。


 菜花とそれぞれクラスに分かれ、担任紹介があった後に体育館で入学式が行われた。その後、またクラスに戻り、自己紹介をして解散、という運びだそうだ。


「はい、担任の草野です。これから一年間よろしくね。合宿で顔見知りになってる人たちもいるでしょうけど、改めて一人ずつ前に出て自己紹介をしてもらいます。出席番号順ね、はい、どうぞ」


 担任の挨拶みじかっ。ていうか、自己紹介か…合宿ではほとんど覚えられなかったし、人のを聞くのはいいけど、自分がするのは嫌だなぁ。こんな見た目だし、今だって目が痛くてほとんど開かないし。


「次は、出席番号10番、杉山君」


 杉・・・山・・・?杉に、その上、山?なんて忌まわしい名前なのだろう。この春私を苦しめている元凶ではないか。って、自分のヒノキだって大概なものだけど。

 前に出ている男子に目をやると、どうも見覚えがあった。あれ、もしかして・・・と思った時、思いっきり目が合ってしまった。


「杉山蜜也です。中等部からの持ち上がりだけど、そんなん関係なくクラスみんなと仲良くしたいと思ってまっす。よろしくー」


 名前からして、ミツ…かな。だよね、たぶん。醜態を晒し合ってしまった方の。

 話している最中も、ミツ(仮)はずっとこちらを見ている。見ている。とにかく見ている。

 順番が回り私が前に出て「檜木花です」と名乗った時、ミツ(仮)の顔がぱっと明るくなった気がした。


 全員の自己紹介が滞りなく終了し、挨拶をして皆が帰り支度を始めた頃、

「はーなーちゃんっ」

と斜め前からミツ(仮)がやってきた。


「俺、ミツだよ!覚えてる?一緒に植林やったの」


 やっぱりそうだったか。ミツ(確定)。出来事自体は、忘れるわけがない。あんな酷い顔、家族にだって見せたことない(はず)なんだから。


「うん、覚えてるよ。あの時はマスク、ありがとう」

「いえいえどういたしまして!ところで、メガネにして髪型変えたの?」


 あぁ、やっぱりそこ聞かれるか。


「コンタクト入らなくて。それに髪の毛に、花粉、着くから」


 ミツがまじまじと私を見つめるので、思わず目を逸らした。


「なーんか、つれないなぁー!お互い、あんな恥ずかしい姿見せ合った仲なのに!」

「ちょっ…」

声が大きい。いきなりなんてこと言うのだ、この男は。周囲の数人が、こちらを振り返ったのがわかった。

「ちょっと、変なこと言わないでよ!」

「冗談冗談。ごめんね」

そのまま私が膨れていると、ミツは少し声のトーンを落として私の目をまっすぐ捉え、こう言った。


「メガネと三つ編みも、似合ってるよ。可愛い」


 !?

 もう一度言う。いきなりなんてことを言うのだ、この男は。

 男の子って、こんななの?高校生だから?付属中学上がりだから?ちょっと・・・私の今までの男子のデータベースにはない。中学までの男子と言えば、女子をからかったりはするものの、直接みんなの前で褒めるなんて聞いたことなかったし、そもそも呼ぶのも苗字とかアダ名とかで・・・下の名前で呼ばれるのだって、なんかソワソワしてしまう。


 口を半開きにして何も言えずにいると、ミツは私の頭をぽんぽんと叩いて、

「これからよろしくね、花ちゃん」

と言って去っていった。


 と思ったら、数歩進んだところで「ぶえぇっくしょい」とおっさんのようなくしゃみをかましていた。そのおかげもあってか、フリーズしてしまっていた私の体も、ほぐれて動けるようになったのは幸いか否か。


 ミツが去ったあと、隣の席の子が話しかけてくれた。中等部上がりとさっき言ってたっけ。

「なんか気に入られちゃったみたいだね。ミツくんお調子者だからねぇ」

「前から、あんな感じ?なんか、チャラい?」

「うーん、ノリはあんなだけど、別にチャラ男ってわけじゃないと思うけど・・・。男女問わず友達多いしモテるけど、特定の女子と付き合ってるとかは聞いたことないな。

 それに、さっきみたいに女子に自分から絡みにいったのって、初めて見たかもしれない」

「そうなんだ・・・」


そうなのか。なんなんだ。一体なんなんだ。

気に入られる理由なんて、これっぽっちも浮かばないし。


これから始まる高校生活で、こんな時にどう振る舞ったらいいのか考えてみたけど、やはり答えは出なかった。

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