第18話 今の私が出来るまで(キッカケ)
私は、小さい頃から格好良いヒーローに憧れていました。
笑顔を絶やさず、どんなに強い敵にも立ち向かう勇気に惚れ、弱いものを助ける愛に感動し、自分もそうなりたいと本気で思っていました。
その心に嘘はありません。純粋な正義でした。
小さい頃に好きだった女児向けアニメは、その内容を今でも覚えているくらいです。当時は、妹の結衣と一緒に観ていたのですが、楽しんでいたのは私だけでした。
幼稚園に、買ってもらった変身グッズを持って行って怒られたり、ゴルフでアニメが放送されなかった日は昼間でふて寝したりと、今考えても中々にオタク気質な幼児だったと思います。
結衣は毎週私に付き合わされて、眠い目を擦りながら隣でテレビを観ていました。
まだ内容も分からないだろう結衣に『このキャラはこうだ』『この子が主人公だ』
などと教えながら視聴していましたが、よくもまぁ嫌な顔をせず一緒に観続けてくれたものです。これだから、私の妹は世界一なのですよ。人間が出来てます。
そんな毎日は私が小学生になっても続きました。
その頃になると、私の布教が功を奏し、結衣もそのアニメを好きになっていました。どのキャラが好きかの話で盛り上がったり、最終話を想像したり考察したりと、語れる仲間が出来たことでさらに私は、私たちはそのアニメを好きになっていくのでした。
大きく変わったのは、私が中学三年生になった頃です。
その日、私は家族を失いました。何のドラマも因縁もありません。何の変哲もない交通事故でした。理由は何だったか覚えてません。警察から何か説明を受けましたがそれを理解する脳みそはありませんでした。
「横断歩道の劣化により、対向車が注意しそびれてしまったようです」
そう言っていた気がします。テンプレのような謝罪も添えて。
そんなことをしている暇があったら、さっさと横断歩道の修正をして次の事故を防いでくださいよ。まだ放置されてましたよ、その横断歩道。
犯人に憎しみが無いかと言われれば嘘になりますが、恨みはありません。
しかるべき罰を受け、対応もしていただきました。まだ子供である私たちに何度も真摯に対応もしていただきました。あの人にも今後はあります。そこはもう良いのです。
真に私達を打ちのめしたのは、その後でした。
ただ立ちすくむことしか出来なかった私達の代わりに、急いで来てくれた親戚の方々が指揮をとり、滞りなく進めていただきました。そこは大変感謝しています。
難しい話も取りまとめていただき、葬儀も問題なく終わりました。
そして、話は私たち姉妹の今後についての話になりました。
義務教育課程の子供二人、引き取るのは簡単なことではありません。
それぞれにも生活があり、支えていくべき家族がいます。真剣な面持ちで話し合う皆さんが、とても恐ろしいものに思えていました。
「みんな、大丈夫だよ。私は何とかしていくから」
そう言っても、子供に何が出来るかと言われてしまっては立つ瀬がありません。
時々『加奈ちゃんはどう思う?』『結衣ちゃんはどうしたい?』などと聞いてくれますが、その意見が採用されるような雰囲気はありませんでした。
子供ながら、どの家に引き取られても今までの幸せは無いなと感じていました。
それでも仕方のないことです。引き取ってくれるだけでありがたい事なのです。
そう思って、私と結衣は話し合いの結果を待ちました。
「決まったよ、加奈ちゃん結衣ちゃん」
すでに時計は深夜を過ぎ、日を跨いでいました。
先に寝ていた結衣を布団に残し、私は親戚の方々が集まるフロアへ向かいます。
フロアでは、親戚のみんなが優しい笑顔をしていました。
「加奈ちゃん、待たせてごめんね? やっと叔母ちゃん達で決められたよ」
近くのおばさんが、私の頭を優しく撫でてくれました。
「それで……私たちはどうなるの?」
不安で溢れた心を飲み込み、みんなの答えを待ちました。
「ごめんね、私達は誰もあなた達を引き取ることが出来そうにないの」
「……え?」
「みんなそれぞれの生活があって、余裕が無くてね……」
申し訳なさそうに言うおばさんの言葉に、他の親戚も静かに頷きました。
「ただ、支援はみんなでしていくってことでしっかり話をしたからね」
「支援?」
「そう。施設代とかね」
「施設……?」
私は耳を疑いました。
「私達は施設に入るの?」
「うん。やっぱり親がいないと生活もままならないからね。二人のことを考えると、それが一番良いと思って」
私達にとって良い事って何なのだろうか。
それは今考えても分かりません。ただ、この時施設に入ったら幸せになれていたかと考えると、絶対にそれは無かったと胸を張って言えます。
「施設は……嫌かな……」
「でも、仕方ないことなの。やっと連絡もついて、明日にでも係の人がお話しに来てくれるから」
「明日!?」
「うん。それぞれ、加奈ちゃんと結衣ちゃんをしっかり面倒みてくれる優しい人だから、安心してね」
いくら私たちが嫌だと言っても、お金や世間体の問題を考えると、子供の感情なんて何の意味も持ちません。姉として、妹の未来を考えつつ、私は心の中で自分に何度も納得するように、この短い瞬間に言い聞かせました。
その時、親戚の方のある言葉が、私の強引な思考を押し留めたのです。
「待って……今、それぞれって言った……?」
私の言葉に、親戚みんなの表情が明らかにぎこちなく揺れた。
「それぞれって何……? 私と結衣、別の所に引き取らせようってこと!?」
「これは仕方のない事なんだよ、加奈ちゃん」
「仕方ないって何!? 本気で言ってるの!?」
「加奈ちゃん、落ち着いて……」
「ふざけないで!!」
優しく撫でようとしてきたおばさんの手を振り払い、いつの間にか溢れてきた涙を手の甲で乱暴にぬぐい取った。手を払われたおばさんは自分の手をさすりながら、私から逃げるように下がっていきました。
「絶対に嫌だ!」
「加奈ちゃん……聞きなさい」
親戚のおじさんの一人が、低い声を響かせました。
「君は子供だから、まだ分からないことも多い。親が亡くなって喪失感も大きいだろう。だが、誰もが必ず通る道だ。ただ、それが少し早かっただけ。冷たく感じるかもしれないが、そういうものなんだよ」
なだめるような口調で、それでいて威圧的に放たれたセリフに親戚の全員が少しずつ頷き始めました。初めはまばらで、私達を憂う表情や言葉が浮かんでいたのに、気が付けば全員がそのおじさんに同意をし、まるでそれがこの世の正解のような顔すらし始めたのです。
「みんな……そんな……」
「加奈ちゃん、そういうことなんだ」
そして、どこか勝ち誇った顔で、最後におじさんは言うのでした。
「大人になりなさい。いつまでも子供ではいられないんだ」
その時、私の中で何かが変わりました。
今でも覚えています。
大事に積み上げていた積木を蹴り飛ばされた感覚でした。
昔、近所の図書館で読んだ地獄の本に『子供の地獄』の説明が書いてありました。
賽の河原で石を積み上げ、完成すれば救われるという罰です。
子供は親を思い、必死で石を積み上げますが、最後まで積み上げる前に鬼がそれを蹴り飛ばし、一から作り直させるというものでした。
それを何度も何度も繰り返させられるのが、子供の罰です。
私の中の何かが壊され、私の中に新たに表れたのは驚くほどに落ち着いた感情でした。
「……分かりました。では、私にも考えがあります」
親戚が私を囲む中、充電が切れかけたスマホをフル稼働して可能な限り様々な情報を一気にかき集めました。
遺族年金制度、奨学金制度、両親が亡くなった後の市役所への申請物など、現状必要であろうものを手短にかき集めました。
「私も結衣も未成年なので遺族年金の受け取りは可能ですね。申請をしなければならないので明日にでも市役所に出向こうと思います。学校にはすでに連絡が行っているので問題ありません。平日ですが、1人で行ってきます。調べてみると奨学金制度も潤沢な高校があるようですので、今からそれを目指します。幸運にも、自宅からバスで数十分の距離に有名な関ヶ原高校があるみたいですね。あそこは治安こそ悪いけれど、絶対なる実力主義でそういった補助制度も学力によっては享受できるらしいので、その事は学校で先生に確認をとっておきます。家事は人並みには私も結衣も出来ます。人並みの生活も可能でしょう。まだ私も結衣も中学生ではあるものの、来年は私が高校に上がります。高校生で一人暮らしなんておかしくない時代です。わざわざ施設に送られる必要性は無いでしょう」
「ちょ、加奈ちゃん……?」
数秒前まで泣いたり戦慄いたりしていた私の変わりように、おばさんが怯えた様子で私の肩にそっと触れました。
「あ、触らないでいただけますか?」
それを冷静に払いのけ、そのまま真っすぐにおじさんを見つめました。
「私は施設には行きません。結衣も行きません。私と二人で、今の家で、しっかりと生きていきます。皆さんの援助は大変感謝します。しかし、過剰な保護や介入は遠慮していただきます」
「冗談はそこまでにしなさい、加奈ちゃん。子供が大人の真似をするもんじゃない」
「真似事ではありませんよ。私は大人になるんです」
悲しんでいる場合ではない。悲しんでいる時間ではない。
このまま子供のままでいれば、今度は妹を失ってしまう。そうなるくらいなら、私はそれ以外の全てを犠牲にしたって構わない。
振り返るたびに涙が溢れるような想い出も、今は殆どありません。何度も思い出し何度も泣いてしまうのは、本当に賽の河原みたいに何度も何度も、半永久的に続きます。その地獄を、私は受けることはありませんでした。
泣くだけの子供でいられる時間が終わりました。
私はこの日、大人になったのです。
「これから一切の助言を拒否します。誰が何と言おうと、私達が望む生活を送る権利を尊重させていただきます」
そして、私は親戚のみなさんに最敬礼をしました。腰からしっかり九十度曲げ、頭を下げました。
「ですから、これ以上私から家族を奪わないでください」
誰も返事をしない中、頬に残った涙の雫を親指で拭いました。
この涙が、母と父への最後の涙でした。
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