第17話 出会い
目が覚めると、案外見慣れた所に私はいました。
自分の通う学校の、自分の教室。
いつもと違うのは、今はもう夜で何もないということ。
素行の良くない生徒が集まる私の学校では、常に誰かの声がそこら中からしていました。
なのに、今は誰の声もしません。
誰の姿もありません。
ただっぴろく感じる教室の真ん中に置かれた椅子に、私は座らされていました。
「……」
立ち上がろうとすると、足と手が椅子に縛られて倒れそうになりました。太い紐が手首と足首に食い込み、鈍い痛みが走ります
「なんでこんなことに……」
曖昧になりつつある記憶には、家の前にいた男子生徒の顔がうすぼんやりと浮かんできました。
「やぁ、目は覚めたかい?」
暗闇から声がしました。その声は、ちょうど今、思い浮かべていた人物のものです。
「随分と荒々しいのですね」
「あぁ。僕はもっと丁寧にしろって言ってあったんだ。君を殴った奴は他の人に半殺しにさせたから、安心すると良いよ」
男子生徒の口調は、驚くほどに穏やかな雰囲気を醸し出していました。まるで、花壇の花に水をあげるような優しい口調で、恐ろしいことを平気で口にするのです。
「あなたは何なんですか? こんなことをして、許されませんよ」
「許されるんだよ。僕の親は偉いんだ」
「七光りを自慢しても良い事ありませんよ?」
「そんな負け惜しみを言った所で、僕の感情は崩せやしないさ。むしろ嬉しいよ。君は、僕が思った通りの反応をしてくれているからね」
暗闇の中で足音が近づいてきます。
その姿は、正面からゆっくりと私に近づいてきました。
「こんばんわ、天音結衣さん?」
「こんばんわ、不審者さん」
「意外と強いんだね。もっとひ弱な女の子だと思っていたよ」
彼の手が私の頬を撫でました。
全身の毛穴が嫌悪感で溢れ、首だけでどうにかその手から逃げようとします。
「触らないでください! 気持ちが悪い!」
「……やっぱり君は、あの人ではない、か」
大きな溜息をしながら、それでも私の頬を撫でようとしてきます。
「まぁ、それでも良いんだ。君が嫌でも、僕が君を好きならそれでいい」
頬を撫でる指に、少し力が込められ、向きたくもない男の顔を至近距離で見せつけられた。
「離してください……!」
「……ねぇ、君が僕に見覚えはないかい?」
「屋上で会ったくらいしか覚えてないですよ……!」
「違う、もっと前だよ。半年前。会ったよね。覚えてるよね? 大きくなったね」
指から伝わる力がどんどん強くなっていき、嫌悪感よりも恐怖の方が私の感情を襲い始めてきました。
この人は、普通じゃない。何を考えているのか、全く分からない。
私を好きだと言うくせに、その目は私に似た別の物を見据えている。
「半年前、ちゃんと連絡先を聞いておけば良かったなぁ。あの時は、邪魔者が入ったから結局聞けなかったんだよ」
「その子からしてみれば、あなたと連絡先を交換せずに済んで幸せでしたね」
「君とはしっかりと交換させてもらうよ」
男はニッコリと言うと、自分のポケットから私の携帯電話を取り出しました。
「いつの間に……!」
「運ぶときに、落とすといけないから取っておいたんだ。優しいだろう?」
「返してください!」
「どっちを?」
「どっちって……」
男はさらに満面の笑みを浮かべ、もう一つ、別の物を取り出しました。
そこにあったのは、私の家の鍵でした。
「これも落としちゃいけなかったから、しっかり取っておいたよ」
あまりの気味悪さに、嗚咽すら感じました。
こんなにも人間に嫌悪感を抱けるものなのかと、感心してしまいます。
「本当は、この鍵を返すために、君の家族にも挨拶をしようと思ったんだけどさ。何故か鍵を開けても開けても勝手に閉まるから、今日は諦めて帰ってきちゃった」
そのまま鍵を私の足元に投げ捨てました。椅子に縛られている私は、それすら取れません。
「まぁ、こんな時間まで君が帰ってこないと家族も心配するだろう。君を探そうと家を出た時に挨拶するよう、手下を何人か家の前に張らせている。いずれ、君の家族もここに呼んであげるね」
「そんなこと、絶対に許しませんよ」
縛られたまま、笑顔の男を睨みつけます。
「なんで誰も彼も、暴力を好むのですか。どうして他者に心無いことを出来るのですか。あなたは心が痛まないのですか!」
「そういえば君は、そういう思想で有名だったなぁ。その思想はどこから来るの? 昔いじめられてた? 親が暴力をふるっていた?」
「うるさいです……」
「何にせよ、大変な人生だったんだね。心中お察しするよ。誰にだって苦労はあるよね。僕もさ、親が権力者だとこびへつらう奴らの世話をしないといけないし、馬鹿な奴らを教育しないといけないしで大変でさ。本当に親が偉いと大変さ」
「黙ってください……!」
「親なんて、鬱陶しいだけなのにね。さっさと死んでくれないかな。権力と金だけ残して」
「黙れって言ってんでしょ!!!」
静かな教室に自分の声が反響して、鼓膜をかき鳴らした。窓の外で小鳥が飛び、静寂にヒビが入る。
あっけにとられ、キョトンとした男は、またニッコリと微笑みました。
「威勢がいいね。そういう人の方が大好きだよ。もっと吠えてごらん。僕が手懐けてあげるから」
顎を指で上げられ、見たくもない顔を間近で見せられました。
「そうだ。手始めに僕に敬語を辞めてみようか」
「辞めません」
「それは僕に敬意があるから?」
「違います」
「じゃあなんで?」
「信用してないからです」
「でも君は、僕意外にも敬語を使うじゃないか。それはどうして? 信用してないの? それとも、友達と同様に信用してるけど、恥ずかしくてそう言っちゃうとか?」
ニヤニヤと気持ちの悪い笑顔が止まらない男は、本気で私が照れ隠しで敬語を使っていると思っているのでしょうか? 前向きな思考は羨ましいですが、こうはなりたくないものです。
「でも、そうですね。あなたに敬語を使うのも、友人に敬語を使うのも近い理由かもしれません」
「本当?」
「えぇ」
期待がこもった男の眼を、精一杯一瞥しました。
「友人同様、これっぽっちも信用なんてしてないからですよ、馬鹿が」
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