039 劣勢

「ううーっ…。」



しゅんがとなりでうなっている。「第六の備立そなえたて」が連続で成功。あと一回「第六の備立て」が決まってしまうと、ゲームオーバー。カナさん、かなり劣勢だ。



『対戦はトリック選手の備立てが突き刺さる展開!それでもカナ選手、丁寧に攻撃を重ねていきます。』



綱渡りの攻防が続く。「第六の備立て」が使用可能となるまで、残り7秒ほどだ。それまでに削り切りたいところなのだが、トリック選手は完全に防御スタイルに転換中。さすがのカナさんでも、防御に徹する世界2位を7秒以内に飛ばすことはできない。



刻一刻こくいっこくと迫る勝利へのカウントダウン!』



やはり削り切れない。ただ、強引に攻撃をねじ込んだことが奏功そうこう。トリック選手のゲージは残り5パーセントといったところ。しかし、無情にもその瞬間が訪れてしまった。


画面上の時間が停止し、例のポップアップが現れる。



『備えるはいずれ…?…承知!』



間髪かんはつを入れず、トリック選手は選択した。


カナさんの選択。「雷鳴」、「雷鳴」。三度みたび「雷鳴」を選択するか、ここで違う選択をするか。運命の分かれ道。



『さあ、カナ選手の選択…。』



会場が三度の静寂せいじゃくに包まれる。カナさんの肩が、少し、動いた。





『カナ選手の選択は…雷鳴だ!なんと、三連続で雷鳴!なんという胆力たんりょくっ!』



会場から、せきを切ったように歓声が上がった。



―――すご…。



俺だったら、絶対に変えていた。三連続とは…さすがとしか言いようがない。



『備えあれば…。』



歓声が感嘆かんたんの声に変わっていく。



「マジかよ…。」



状況が目まぐるしく変わる。



『…な…なんとーっ!トリック選手、ここも読み切っていたーっ!』



まさか三連続で読まれるとは。「雷鳴」のカットインが入り、試合終了の瞬間が近づく。ただでさえ高威力の「雷鳴」。それを倍のダメージで受ければ、カナさんのゲージは間違いなく、飛ぶ。


会場の誰もがカナさんの負けを確信しただろう。俊も隣で肩を落としている。



ただ、俺はそうは思わなかった。何か理屈があるわけではない。根拠は、形容しがたい違和感のようなもの。



―――雷鳴…。



なぜ、カナさんは高威力の技を使ったのだろうか。確かに、決まれば大逆転なのだが、これはトリック選手の土俵どひょうだ。ハイリスクハイリターン。


カナさんは世界屈指のFPSプレイヤー。相手の土俵で戦うことの意味を、俺よりも深く知っているはずだ。とすると、「雷鳴」でなければならない理由があったと考えることが…できなくもない。



「あっ…。」



俺のひらめきに、画面の閃光せんこうが重なった。





『これで決ま…っと?カナ選手!なんと、ここで雷鳴をかわしたーっ!そしてこれは…!』



―――…カウンターッ!



『決まったーっ!大、大、大逆転っ!勝者…カナ選手!』



会場から割れんばかりの拍手、そして歓声がこだまする。まさか、俺の十八番がここで使われることになるとは。少しにやけてしまう。



「なるほどね…。」



頼んではいないのだが、俊が解説を始めてくれた。



「雷鳴は高威力なぶん、モーションが長いんだよ。モーションが長いということは、回避できる…もっと言えば、カウンターを決められる時間が長いんだ。大樹だいき相手に使われなくなったのも、そういう理由だし。」



言われてみれば確かに。大会前に発表されていた技の使用率ランキング、「雷鳴」は大きく順位を落としていた。まさか原因が俺だったとは。



「やっぱりすごいな…。」



反応チートである俺はともかくとして、普通、カウンターというものはなかなか決まらない。それでもトリック選手の「第六の備立て」をこえる手段は、カウンターしか残されていなかった。



結果まで見た時、この試合の印象は180度変わる。



最後、カウンターが決まる瞬間、トリック選手のゲージは残り5パーセント程度だった。裏を返せば、「第六の備立て」を除くと、カナさんが圧倒していたことになる。トリック選手の勝ち筋は、予測の三連続成功以外になかったのだ。


そして「雷鳴」という選択。ラッキーなかたちであっても、当たれば試合を決定づけることができる。おそらくカナさんは、「雷鳴」をカウンターすることに特化した練習を積んできたのだろう。



トリック選手が三連続成功を要求されているのに対し、カナさんは一回でよかった。



「第六の備立て」による反射であれば、技の発動タイミングは一定。最後の一瞬、最もカウンターを決めやすい状況がつくり出されたのだ。



―――結論。カナさん、ヤバい。



俺の語力もヤバい。

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