023 妄想

「ぬふふふっ…もう…。」



翌朝、会場へと向かう電車の中で、ふにゃふにゃしている。気を抜いたらとけてしまいそうなレベル。幸せが止まらない。正確にはデートの約束をとりつけただけなのだが、俺にとっては大きすぎる一歩なのだ。


ちなみに悠美ゆみさんは、隣町の高校に通う一年生だった。一つ年下。



「だ、大樹だいき…。スマホに向かってニヤニヤするなんて…なかなかに気持ち悪いぞ。」



しゅんの毒舌も、今ばかりは耳に入らない。右から左へとキレイに受け流している。素通り。



「むふふふん…ゆみさん…。なーんて…。むふふふ。」



妄想もうそうが妄想をよんでいる。とどまるところを知らない。



「もう…。まあ、いいか。あ、一つだけ報告ね。ワシさんのこと、覚えてる?」



天下のスポンサー様にあきれられてしまった。さすがにいつもの調子に戻ろう。俊が昨日、散々いじってきた仕返しの意味を込めてのテンション。最初の一歩でここまでなるほどの振れ幅は持ち合わせていない。



「うん。覚えてるよ。」



地方大会の決勝で対戦した大学生の方。本名は黒川慎太郎くろかわしんたろうさんで、ワシさんというのは愛称。個人的には結構、好印象を抱いている。



「おうっ!?急に戻ったな。


それでさ、そのワシさん、動画投稿始めたらしいのよ。俺が所属している事務所に入るんだって。さっきマネージャーさんから連絡があった。」



「へえー。やっぱりFPSの実況?」



「うん。ほら、大樹がお願いしてくれたおかげでさ、事務所に所属している人、みんなFPSのコンテンツ使えるようになったんだ。まあ、使用料は払わなくちゃいけないけど。」



俺の行動は、思っていたより多くの人に利益をもたらしたらしい。狙ったわけではないが、素直に嬉しく思う。


まあ、現実的に考えると、公開する方向に舵を切ったということだと思う。もともとFPSの運営インテグラルは、基本的に商用利用を認めないスタイルを貫いてきた。そのかわり公式動画が大変に充実しており、先日の地方大会ダイジェスト版は大会終了後、1時間で無料公開されていた。


のちに社長さんから聞いた話では、転換点になったのは、シュンカンゲームズに上がった俺の動画だったそう。先日ついに1000万再生をこえた動画だが、運営としては想像すらしていなかったレベルのことだったらしい。公式コンテンツにかなりの力を入れていたインテグラル社として、強烈なインパクトをもって受け止めることとなった。裾野すそのを広げる…皮肉った言葉を使うならば、使えるものは何でも使え精神だと思う。



「それで…何かあったの?」



俊がわざわざそんな話をするということは、何かあったということに違いない。そもそもワシさんと俺は面識があるといった程度で、連絡先すら知らない。世間話の一環としてこの話題を持ち出したとしたら、報告という言葉と矛盾むじゅんする。



「実はさ、コラボすることになった。しかも全国大会の解説動画で。」



「ま、まじかい。」



ちょっと驚いた。シュンカンゲームズは登録者100万人ごえの有名どころ。友だち贔屓びいきを差し引いても、結構な大手だと思う。かたやFPSゲーム界では有名とはいえ、動画投稿者としては新人駆け出しのワシさん。事務所が一緒とはいえ、あまり俊サイドにはメリットがない気がする。


俊は仕事に関しては計算高いところがある。別に悪い意味で言っているわけではないし、ビジネスはそういうものだと思っている。



「まあ、ほら。俺さ、FPSあんまり詳しくないじゃん。大樹もさ、めちゃくちゃ強いけど…ねえ。」



なるほど、確かに俺も詳しくはない。知識だけで比べたら、俺はこの大会最下位だと思う。



「それでプロを呼ぼうってことか。納得。」



解説動画とめい打って投稿する手前、解説の要素が抜けてしまっては「タイトルで釣っている」みたいなことを言われてしまう。その点、ワシさんは全国大会常連のFPSプレイヤーさん。技の知識や戦術への理解はすごいと思う。そういった知識なく勝ち進めるほど、甘い世界ではないのだ。



―――まあ…俺はチートだから例外として…。



「うん。それでさ。大樹も一緒に出てくれんかなー、と思って。」



「え…俺?多分、専門的な解説の役には立たないと思うけど…?」



前回同様、抽象的な話しかできないと思う。カウンターは、こう、何と言うか、感覚なのだ。


シュパッときた攻撃をサッとかわし、バスッとカウンター。


細かいタイミングの説明はできるけれど、それはあまりにテクニカルすぎる。シュンカンゲームズの視聴者層、別にFPSプレイヤーばかりというわけではない。



「まあ、そこはプロに任せて!やっぱりねー、全国大会優勝者が登場!っていうネームバリューは欠かせんのよ…。」



再生回数を巡る切実な事情があったようだ。なにより主役はあくまでも俊。そして俊は動画投稿のプロフェッショナル。俊が大丈夫と言う以上、素人の俺がとやかく言うのは出しゃばりすぎというところなのだ。もちろん、友だちとして意見するときはあるけれど。


と、ここまで思考して、やっと言葉の理解が追い付いた。



「いつの間に俺、優勝したことになってるん?」



「あ、ばれた?でも、優勝するでしょ。普通に考えて。一日目最後の試合は…まあ、ちょっと危なかったけど、別に負けそうとかそういうわけではなかったでしょ?ノーダメージが継続できないかも…ってくらいで。」



「まあ…そうだけど…。」



あんまり舞い上がりすぎると、手痛いしっぺ返しがとんでくる気がする。謙虚にいこう。



『左側のドアが開きます。ドアから手を離してお待ちください。』

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