第15話

「おにーちゃーん。お弁当忘れてるー」


 三つ下の妹は来年高校生になるというのにまだどこか子供っぽく、小さい頃と同じようにオレに懐いてくれていた。


 オレが親父譲りの高身長なのに対し、妹のまいは背の順で並ぶといつも先頭になるくらい小柄だ。きっと母さんに似たんだろう。そのせいでまいは初対面の人からは小学生と間違われる。


まい、ありがとな」


「もう! お兄ちゃんってば本当にだらしないよね。あと三年早く生まれてお兄ちゃんと一緒に同じ学校に通ってあげればよかった」


 腰くらいまでの長さがあるツインテールを揺らしながらハァっとため息をつく我が妹。


「双子ってことか? それならまいに姉の座を……譲りたくないな。やっぱりオレがお兄ちゃんだ」


「そうだね。お兄ちゃんは妹ナシでは生きていけないダメお兄ちゃんがお似合いだよ」


「ダメお兄ちゃんとは随分な言われようだ。オレだって一人でも生きていけるぞ」


「ふーん? それじゃあ明日から自分で早起きしてお弁当作って、忘れ物しないで学校に行くんだね? まいはお兄ちゃんが成長してくれて嬉しいよ」


 非常に頼りがいのある妹はわざとらしい泣き真似でオレをあおる。


「いや、その……すみませんでした。明日からもよろしくお願いします」


 今までの生活習慣なんて急には変えられない。三日坊主にならないためにも少しずつ変えていくのが大切なんだ。だからひとまず明日は今まで通りで。


「わかればよろしい。それじゃあ練習頑張ってね」


「おう、まいも車に気を付けて学校行けよ」


「もう! 子供じゃないんだから大丈夫だよ」


 オレは軽い気持ちでまいに声を掛けて空手部の練習へと向かった。いつもと同じようなこのやりとりがオレの中で何度もグルグルしている。


もし、この日だけでも一緒に登校してたら。

もし、まいが風邪で学校を休んでいたら。

もし、オレがケガをしていて、その看病のためにほんの少しだけ出発が遅れていたら。

もし、もし、もし……。

今でもいろいろな『もし』を想像する瞬間になってしまった。

 

 母親からの連絡で病院に駆けつけた時にはすでにまいは息を引き取っていた。身体はボロボロになっていたものの奇跡的に顔は無傷で、逆にそれが現実を受け入れられない理由になったし、悲しみと怒りが増していく理由にもなった。


 事故の原因は運転手の居眠りだったそうだ。真っすぐで交通量も少ないからついウトウトする人が多いらしい。

 そんなやつのせいでまいが……。

 まいの葬儀が終わってしばらくして、オレは家族に内緒でバイクの免許を取った。まいがあんな目に遭ったのに運転するのには勇気が必要だったが、それもまいの無念を晴らすためと自分を奮い立たせた。


 しっかりと交通ルールを学んだ上で、オレは毎日騒音を響かせながらバイクを走らせた。この騒音で誰も眠れないようにすれば二度と悲劇は起きない。そう信じることだけがオレの心の支えになっていた。

 

 ある日、いつものようにバイクを走らせていると当時の暴隠栖ぼういんずの総長である鬼瓦おにがわら(おにがわら)に目を付けらた。


「おうおう、なかなかいい走りしてるじゃねーか」


 その金髪こそ綺麗に染められているものの、耳だけでなく口元にも付けられたピアスはいかにもな雰囲気を醸し出している。今までの学校生活では絶対に関わらなかったような、目を合わせずに逃げていたような存在が目の前に迫っていた。


 緊急事態ということで法定速度を無視して逃げることも考えたが周りを囲まれていたし、なにより一見友好的だがその瞳にはオレに対する敵意が溢れているのを感じた。

 これは逃げられない。どこまでも追いかけてくる。だったらここでしっかり話を終わらせた方が良いと判断した。


暴隠栖ぼういんずって知ってる? この辺を仕切ってるチームなんだけどさ」


「いえ……すみません」


「あー、そっかそっか。僕らもまだまだってことだ。なあ?」


 背後に控える仲間と思しき人達に話を振る。


「キミはいつも一人で走ってるの? よかったら暴隠栖ぼういんずに入らない? 

その体格なら絶対モテるよ」


「……オレはただ交通ルールを守って走りたいだけなので。ちょっと音楽がうるさいかもしれないですけど」


「車と違ってバイクは周りの音が入ってくるからね。音量を大きくする気持ちはよーくわかるよ」


 鬼瓦おにがわらは馴れ馴れしく肩を組んでくる。暴走族の総長というだけあって、腕からその筋肉量が伝わってきた。


「僕は総長の鬼瓦おにがわらって言うんだけどさ、キミの名前は?」


「……」


 あまり関わらない方がいい人間であることは明白なのでだんまりを決め込む。時間が経てた解放されると思っていた。


「人が名乗ったんだからテメーも名乗れよ!」


 肩を組んでいた腕で胸を叩きつけられる。


「うぐっ!」


「へー。これで倒れないってやっぱ強いね。今日は帰るけど、ずっとここで走り続けるなら覚悟してね」


 バイバーイとさっきまでの怒りはどこへ行ったのか不思議なくらいフレンドリーに鬼瓦おにがわらは去っていった。

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