第14話

 戦力アップを期待して武藤むとうぼう隠栖いんずに引き入れてから二週間。オレ達はある問題に直面していた。


武藤むとうお前、自転車に乗れんのか」


「う……徒歩での旅だったので乗ったことがないんだ」


「それにしたって下手すぎるだろう。あんなに動けるからバランス感覚も良いと思ったのに」


「仲間に身体強化の魔法を掛けてもらって走った方が速いんだ。それにしてもすまない。暴走族に必須の技術なのに会得できなくて」


 身元も怪しい上に金もない武藤むとうに免許を取らせるのは難しいと判断したオレは自転車で付いてくることを提案した。もし本当に魔王と戦う勇者なら自転車でバイクに追い付けると踏んだが、そもそも乗れないんじゃ話にならない。


「まさか補助輪を付けるわけにもいかんしな」


「なにか装備を施せるのか? それなら是非にお願いしたい」


 自分より年上っぽい男にキラキラした目で見つめられると、罰ゲームでもないのに補助輪を付けるのが申し訳なく思えてくる。


「いや、それは本当の最終手段だ。武藤むとうならできる。オレは信じてるぞ」


「……ありがとう! きっと期待に応えてみせる!」


 そう言ってペダルをぎだすと二メートルほど進んだところで転んだ。


「イタタ。でも今までで一番進んだと思わないか?」


「このペースなら三年くらいでまともに乗れるようになるかもな」


「三年かー。聖剣の力を使いこなすよりは簡単そうだ」


 カラッとした笑顔でそこまで前向きになられると、自転車センスのなさが全然気にならなくなるから不思議だ。


「そんな悠長なことを言ってたら魔王が世界を支配するんじゃないか?」

 魔王の件は話半分にしか思ってないのに、ついそんな冗談を口にしてしまった。


「たしかに! 豪拳ごうけんくん、練習を続けよう」


 気合を入れて体勢を立て直すと、今度は少しふらつきが減って更に走行距離が伸びた。結局は派手に転んだけど、ようやくコツを掴みだしたのか成長が早い。


「暴走族の活動を休んでまで練習に付き合ってくれてるんだ。そろそろ豪拳ごうけんくんの期待に応えないとね」


「……ありがとよ」


 武藤むとうのひたむきな姿勢に対してだけでなく、この自転車練習のおかげで暴隠栖ぼういんずの活動を休止できることに対してだ。


武藤むとうは新しい重要戦力だ。しばらくはなりを潜めて町尾まちおを油断させる」


 完全に口から出まかせだが、あいつらは変に納得してくれて暴走行為を止めることに成功していた。


「このまま暴隠栖ぼういんずが自然消滅してくれるといいんだけど」


豪拳ごうけんくん何か言ったかい?」


「いや、なんでもない」


 武藤むとうとの平和な自転車練習の中で、いつも隠していた本音がつい漏れてしまった。


「それにしても豪拳ごうけんくんはすごいな。あれだけの自警団を率いているなんて」


「率いてなんていないよ。ただ勝手に付いてきてるのをどうにか抑えてるだけだ」


「それがすごいんだ。彼らは自分の意志で豪拳ごうけんくんに付いてきている。リーダーの資質があるんだよ」


「はは、褒めても何も出ないぞ?」


 オレには人に褒めてもられることなんて何一つない。自分自身が一番よく分かってるんだ。


「もしよければ、豪拳ごうけんくんはなぜこの暴隠栖ぼういんずを率いるようになったのか教えてくれないか? 話したくなければ別に構わないが」


「……そうだな。武藤むとうはあいつらとは違う。お前にだけは本音を打ち明けてもいいかもな」


 この暴隠栖ぼういんずに入った経緯が違うのはもちろん、にわかに信じがたいが勇者と語る武藤むとうの目には不思議と惹きつけられるものがある。


 こいつなら信頼できる。そう思いたくなる何かを感じていた。


「あれは一年前。オレがまだ空手をやっていた頃の話だ」

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