第5話

 めぐるが病院で目を覚ました頃、暴隠栖ぼういんずのメンバーは勇者男の居場所を突き留めていた。


 ものすごい勢いで吹っ飛ばされたにも関わらずかすり傷程度しか負っていないその姿に一同は尊敬の念を覚えていた。


「よお、お兄さん。なかなか気合いが入ってるじゃねーか」


 人目に付かない路地裏で豪拳ごうけんは声を掛ける。相手は武器を持っているし実力者なのは間違いない。舐められないように精一杯の虚勢を張った。


「君達はたしか魔王がビームを撃った時に近くで見ていたよね? ケガはなかったかい?」


「え⁉」


 男は『近く』でと言っていたが30メートルは離れていたはず。それに他の野次馬も多かった。そんな状況で自分達を区別できるはずがない。


「元の世界ではいつ奇襲に合うかわからなかったからね。人の気配に敏感なんだ」


豪拳ごうけんさん、こいつやっぱり只者じゃないっすよ」


下っ端の一人が耳打ちする。


「わかってる。交渉はオレに任せて、お前らはもう帰れ」


「さすが豪拳ごうけんさん!」


豪拳ごうけんさんの交渉術を拝見したかったけど、お邪魔したら悪いっすもんね」


 そう言って下っ端達はおとなしく去って行った。


「すごいね。彼らはキミの家来なのかな?」


「勝手に付いてきてるだけだ。オレは誰とも組む気なんてないのに」

 とある事情に暴隠栖ぼういんずの総長に仕立て上げられた豪拳ごうけんの本音だった。


「真のリーダーというには勝手に人が付いてくるのかもしれないよ」


「お前もチームにリーダーなのか?」


「いや、俺の相棒はたった一人。今は別々の世界で暮らしてるけどね」


 男の表情はどこか寂しそうで、そんな風に思える仲間がいることが少し羨ましかった。


「別々の世界というのは外国ってことか?」


「いいや。信じてもらえないかもしれないけど、僕は別の世界から魔王を追ってこの世界に来たんだ」


「……は?」


「まさか魔王があんな小柄な女性に転生するなんてね。でも身のこなしは本物だし、

ビームだって撃てる。異世界まで追ってきて本当に良かったよ」


 コスプレだと思っていた男の恰好は異世界から来たと言われると途端にそう思えてくるクオリティの高さだ。それに現にビームだって見ている。


「その、めぐるさ……お前が戦った女は町尾まちおと言うのだが、あの人はお前が来る前からずっと警察官だぞ。魔王どころか正義の味方だ」


 下っ端を帰しておいてよかったとつくづく思う。これではまるでめぐるを弁護しているようにしか聞こえない。


「俺は死んでないからこのままの姿でこっちに来れたけど、魔王は滅びながらこっちの世界に来た。おそらくその影響で別のモノに生まれ変わってるんだろう。見た目は同じでも彼女の中に魔王が潜んでいる」


「見た目は同じでも……いや、実はちょっと、同じじゃない部分があって……」


早乙女さおとめ 豪拳ごうけん(19歳) 初対面の男の前で、しかもなんとなく真剣っぽい空気の中でこの単語を発するのは躊躇ためらわれたが想い人のために決心した。


「今日になっておっぱいが大きくなってました」

「……へ?」


 何か魔王の兆候みたいなモノの情報を得られるのかと思っていたので気が抜けた返事をしてしまう。


「だから、昨日まで中学生よりも平らな胸だったのに、今日はいきなり巨乳になってたんだって!」


 もしこの男の言うことが全部本当でめぐるの一部が魔王になってるとしたらおっぱいしかない。小さい体にたわわなおっぱいというアンバランスさは捨て難いが、魔王となれば話は別だ。めぐるを魔王から救いたい一心で声を上げた。


「なるほど。俺が彼女から感じた魔王の気配は胸ら発せられていた可能性があるのか。たしかにビームも胸から発射されていた」


「そうだよ! だから剣で斬るなら町尾まちおのおっぱいだけにしてくれ」


「なかなか難しい注文だね。魔王がくっ付いているだけならともかく、おそらく彼女の身体の一部にはなっているはずから」


「それって、つまり……」


 魔王の正体がわかったところでめぐるの命は狙われる。豪拳ごうけんは突き付けられた現実に絶望した。


「ただ、俺は勇者だ。無関係な人を傷付けるわけにはいかない」


「じゃあ!」


 絶望の中に一筋の光を見出した表情はパァッと明るくなる。


「まずは彼女と魔王を分離する方法を探ってみる。とにかく戦ってみないことには何も進展はないだろうけど」


「もし町尾まちおと戦うってならオレ達も協力するぜ。一人じゃできないこともあるだろう?」


「ありがとう。もしかして暴走族というのはこちらの世界の自警団みたいなものなのかな?」


「ん? おお。まあそんなところだ」


「それは頼もしい。そうだ。自己紹介がまだだったね。俺の名前はムート。勇者ムートだ。よろしく頼む」


「むとー? ああ、武藤むとうか。俺は早乙女さおとめ 豪拳ごうけん豪拳ごうけんって呼んでくれ」


「ムトーじゃなくてムートなんだが……世界が違えば発音も違うが。まあいい。豪拳ごうけんくん、一緒に魔王討伐を目指そう!」


ガシっと力強く握手する二人の姿はお互いの力を称え合う好敵手ライバルのようであった。


(魔王の話が本当かどうかまだ怪しい。どっちにしろ、武藤むとうめぐるさんに斬りかかったら俺はそれを止める。暴隠栖ぼういんずの裏切り者、そしてめぐるさんの救世主として新たな人生の一歩を踏み出すんだ)


 こうして暴隠栖ぼういんずは勇者ムート改め武藤むとうを仲間に加え打倒町尾まちお(魔王)へ向けて士気を高めていった

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