第12話 絶版本とロシアっ子

「「「ごちそうさまでした(デシタ)!!」」」


 食事を終えた三人が口をそろえて言う。

 食事を終えての感想だが、予想以上に美味くて感動した。特にサンドラのボルシチ。向こうロシアでもよく作っていたそうで、作業の手際もよく、味もなんかどういえばいいかわからないが、おかあさんの味っていう感じがした。彼女曰く、日本人向けにテイストを変えているとかなんとか。


 その後三人でかたずけを終え、ローテーブルに男女で向き合うように座る。


「もうお開きにする?」


 もともとの計画上、ご飯を食べて終わりだったためそう問いかける。


「うむ、そうだな。もう帰ろうと……ってあぁぁぁぁ!」

「どうした?」


 琴音は目に映ったものが信じられないというように、一驚している。

 その視線を辿っていくと――



「おぬし、『未だ見ぬ世界の向こう側』の初版持ってたのか!!」



 ――ついおととい買ったばかりの絶版本があった。


 高ぶる感情を抑えきれてない様子で言う琴音。

 彼女に対して、それを言うことを待ってましたといわんばかりに、同意する僕。


「そうなんだよ!!この前書店でさぁ、偶然見つけちゃって――」

「な、なんと!運が強いでごわすな!桜井氏!」


 興奮のあまり普段絶対にしないであろう口調になっているがそこはいつもそもそも口調がおかしいのでご愛敬ということで。


「いや~やっぱ違うな、限定3000部で印刷された伝説の初版カバーデザインは!そのあとリメイク版はまた別でカバーデザインがいくつか出たのだがいまいちぴんとこなくてな…」


 琴音はローテーブルにおいてあったその本を手に取り、表紙を羨望の眼差しで見ながら、文芸部員トークを琴音と僕の二人で繰り広げる。


「そうそう!!ストーリーは全く変わらないんだけどね」


「そうなんだがな、なんかやっぱりカバーデザインがリメイク版だとどうしてもきになってしまうんだよな~それはそうとストーリーはまじで神」


「いや~あれは絶品だよな~」


「わかる~~」


「一番好きなシーンでいうとさ、あの星空のシーンでさ、それこそサンドラの出生地であるロシアの……」


 と、サンドラの方へ視線を投げる。



「あ、えーと…へえぇー、そうナンダ」



 サンドラは会話の内容なんてちっぽけもわからないため呆けた表情と諦念を抱き、何かを悟ったように相槌をうつ。


 途端、伝わるわけもない話題を振ったことを後悔した。


「あ、なんか…そのごめん……」



「うん。そうなんだよね。……そうなんだと…オモウ」



 僕と琴音が心の底から楽しそうに共通の話題について話していたのを見ていたからだろうか、謝罪の言葉を口に出すとそんな言葉が返ってきた。


 その言葉には、人に同意を示すニュアンスよりも自分に言い聞かせているような含みを持っていた。それもどこか僕ら日本人と、それ以外とで一線引いているような…


 ――自分とはやっぱり、どこか違う。


 そんな哀感を帯びた声だった。


 対して僕はどう反応をとればよいか分からなかった。

 いままで僕と琴音が話していた都度つど気づいていなかっただけで、僕らとの心の隔たりを感じていたのかもしれない。そのことについてさらに謝罪を重ねるべきか。いや、彼女が望んでいるのはそういったことではなかろう。そもそも彼女は僕らに何も望んでいないのかもしれない。


 そこまで考えが至ったとき、僕は彼女にどう言葉を返してあげるべき――返してあげたいか分からなくなってしまった。ただ直感的にわかるのは、彼女が言っていることは間違っている。根拠など一つもありはしない。


 部屋に重い静寂が訪れる。


 この沈黙を打ち破ったのは僕が予想だにしていなかった人物である――



「え~い!お前たちが何について悩んでいるか知りもしないが、ただひとついえることとすると、サンドラ!君は何か間違っている!!」



 ――ぴんと指を張り、サンドラを指さす琴音だった。



 言っていることがよく分からなかったという風にきょとんと首をかしげるサンドラ。おそらく日本語がわからなかくてとかそういうことではないだろう。


 正しい根拠など何一つも提示せず、ただ直感――もの書きとして養ってきた洞察力だけで自身の考えぴしゃりと言ってのける。その姿は己のまっすぐな正義感そのもので、それは琴音特有の『らしさ』でもあった。


 琴音の一声で少し場が緩和され、ある程度サンドラに対して僕が伝えたいことはまとまった。


「うん。僕もそう思うよ。まだ理由なんてものは見つかってないけどさ。これからね?」


 まだサンドラは得心いっていないようだったが、こういうのは少しずつわかっていけばよいものだと思う。



 ――そう。少しずつ少しずつ。













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