第11話 ボルシチとロシアっ子

 そんな感じでデート(production琴音)が終わり、時計の針が12時を回ったころ、はじまったのが琴音とサンドラによる料理対決。なんで始まったのかはよく分からない。サンドラがつくりたい料理があったとかなんとか。それに琴音が加わってきたような形だ。もはや対決でもなんでもない。


「……で、このbreakしたトマトどうすればよいのでショウ?」

「うーんそうだね。なんとか料理につかえない?」


 breakていうよりはcrashだとおもうのだがそれはいいや。ていうか発音がネイティブのそれ。

 こわしてしまったのは故意ではないのでなるべくサンドラに対しては優しいことば遣いを気を付ける。


「私が作ろうとしていたハヤシライスにつかえるぞい!」


 薄い胸を張って自慢げに言うトマトを潰した張本人。


「いや別にもう一個あるしいいよ、ほら」

「なんか私対しては…あ、このトマトつめたいかな…」


 冷蔵庫から取り出したばっかりだからそれもそうだろう。何を言ってるのか。

 そう言う琴音の手には市販のハヤシライスのもとがあった。あのよく売ってるブロック状のやつ。

 これなら下手に失敗はしないため安心して食べられるが…


「あれ?サンドラはなにつくるの?」

「Борщデス!」


 早速料理をいそいそと作っているサンドラに問いかける。

 自信満々に声高らかに言うものの、料理どうこうよりもまず意思疎通が出来ていないために反応に困る。


「うーん…ちょっとわからないや」


 先日のようにはいかず、読み仮名さえもわからなかったので、検索もかけようがない。つまり、サンドラのロシア語をスマホにおとせばいいのであって…


 そこではたと気が付く。こういう時に翻訳アプリやらを使えば、僕たちわかりあえるんじゃ…と思いたち、ポケットからスマホを取り出し、アプリを起動してみる。


「サンドラ、もう一回」

「Борщ」


 僕のもう一回とジェスチャーでわかってくれたのか首をかしげながら応じてくれた。2秒ほどたった後、スマホから応答がバイブ振動と共に返ってくる。


『ボルシチ』


 あーなんか小学校の給食で食べたことがあったけ。

 記憶の底に眠っていた過去の記憶を手繰り寄せるように思い出したと同時に、新しく心の中にぽわぽわとした温かな感情が微かに芽生えている事に気が付いた。


 ――サンドラと異国間での言語の違いを乗り越えてサンドラが伝えたかったこと知れたことがなによりも嬉しかったのだ。


 そんな感情をひしひしと感じる僕を置き去りにするように料理は刻一刻と完成に近づいているようだ。


「桜井くん、ちょっと味見してみるのだ」


 食洗器からスプーンを取り出し、ルーの表層をすくって口にする。


「ほ~い、どれどれー?…おお!普通にうまい」

「『普通に』は余計じゃ!」


 やはり市販のものだけあってそれなりにおいしいという意味合いも兼ねてあるのだが、それをいちいち口に出すことが失礼なことぐらいわかるので、自重したつもりなのだが、裏目に出てしまったようだ。


「そらくん!私のも食べて~」

「いいよ~…ってあれ?ただ細かくしたトマトじゃん」


 なんかあれだろうか、ぱっと見気づかないお手製の隠し味的なあれ。

 いやここは僕んちのキッチンだから出来る事はある程度限られているはずなのだが…


「いいカラ~いいカラ~」


 サンドラが片手にスプーンを持って催促してくる。


 なんかあれだろうかよく漫画とかでバッカプルがやってる『ほら、おくち開けてはい、あ~ん』的なあれ。…ダメだ漫画の見過ぎでいちいち思わず今後の展開を予想してしまう自分がいる。


 そんなことはともかくこれ人生初のあ~んだぞ。向こうロシアではあまりこいうの気にしないのだろうか。この際、どちらでもいい!え~い!

 意を決したようにぐっと目をつむる。


「ほら、オクチアケテ~」


 幾度となく見てきたフレーズを初めて耳にする。


「ハイ、、」


 ありがとうおかあさん僕生んでくれて。


 心の底からそんな言葉が浮かんでくる。

 いま息子である僕は(あ~ん童貞)を卒業します。


「あ~ん」


 まるで日本のお母さんを連想させる母性にあふれた声。

 永遠にも思えた一瞬が流れるように経ち、やがてひんやりとした金属スプーンが僕の唇に触れる。


 そして口内に細かくされたまだ粒が残っている冷たいトマトが投下される。


 味なんて分からなかった。


 ただ一つ言えることそれは……



「…うん。普通にトマトだね」

「『普通に』はヨケイ!」




 4月中旬、自宅にてロシアっ子来日女子高生に困惑する僕であった。












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