三 水の神

 やあ。


 先日話した神社に行ってみたよ。


 私は想い人がいないから、とりあえずは世界平和を祈ってからおみくじを引いたんだ。


 ところが、何度引いても「ダイキチ」しか出なくてね。


 結局持ち合わせを全部使い切ってしまって、「チョウ」の存在どころか「キョウ」すら確認できなかったよ。


 やっぱり特定の個人を指定しないといけないのかな。

 それとも、願いのスケールが大きすぎたのかな。


 どうやら神様にも色々都合があるみたいだね。




 そうそう。


 神様で思い出した。


 うちの家系は分家がいくつもあるんだけど、あちこちに散らばったせいか、それぞれで習わしが違ってね。


 分家ごとに別の神様を祀っていたりするんだ。


 その内の一つ、水の神様を祀る家の話をしよう。




 その家は裏がすぐ山になっているところにあってね。


 庭に出て山を仰ぐと、正面に滝が目に入るんだ。


 その滝がなかなかに見事な景観でさ。


 大きさはそれ程でもないんだけど、一筋の清流がうねうねと岩の隙間を蛇行して流れ落ちる様は、まるで龍が天に昇っていくように見えるんだ。


 昔の人も同じような事を思ったらしくてね。

 その滝を、龍神様が宿る神聖なものとして崇めるようになった。


 それが水の神様の起源という訳だ。


 この滝の源流は山の上から湧く泉なんだけど、なんでも今まで一度も枯れた事がないらしい。


 普段雨はそれほど降らない地域なんだよ。

 一ヶ月丸々晴れというのも珍しくもないくらいにね。


 逆に、台風なんかが来るとそれはもうとんでもなく降る時がある。

 それこそ滝のようにね。


 さした傘の骨が折れてしまった事もあるよ。

 雨粒が顔に当たると痛いくらいだった。


 いや、あれはもう粒なんてものじゃないかな。

 弾だ。機関銃を連想してしまったよ。



 しかしそんな土砂降りな時にも、下流が氾濫したことが無いんだ。


 特別に治水工事をした訳でもない。


 枯れず溢れず。いつでも一定の水量を保っている。理想の河川だよ。


 そんな安定した水源を押さえる事で、その家は繁栄したんだ。

 他方での飢饉などはどこ吹く風でね。


 これこそ龍神様の恵みだと、今でも熱心に拝んでいるという訳さ。



 まあ、学者さん達は口を揃えて、地形がどうとか地層がこうとか、もっともらしい説明を並べてくれているよ。


 迷信が科学で解明されてしまう時代になったと言えばそれまでだけど。

 それはそれで寂しいものだね。



 ああ、でも一つ。

 学者さんが触れなかった点があるな。



 台風の時は雨が降ると言ったけど、それは分家の回りだけでね。


 山を含んだ分家の敷地内には、ただの一滴も降らないんだ。


 お陰で山のすぐそばなのに、一度も土砂崩れが起きた事はないそうだ。


 私が泊まりに行った時にも大雨の日があったんだけど、そこだけずっと台風の目の中にいるみたいに、からりと晴天だった。


 庭へ出て敷地の境目を見やると、ぐるりと一面、槍にも似た豪雨が取り囲んでいるのが見える。


 まるで、滝を裏側から眺めているような気分だったよ。




 うん。

 まだまだ人が解明できない神秘というものはあるんじゃないかと思えるね。


 他にも何か思い出したら聞かせてあげよう。


 じゃあ、またね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る