視察・デスレース・防衛線③

「すごい盛り上がり! ワクワクしますね、エリさん!」

「……おうぅ……まあ、そうじゃな」


 すごい盛り上がり――そう肯定的に捉えられるサラの感性をエリは羨んだ。周囲の100を超えるバイクの群れ、唸るエンジン、飛び交う怒号、随所で聞こえる悲鳴。物腰が柔らかいわりに胆が据わっているところがあるよなと、背中に聞こえる声にそう思った。


「おおォ! アウリンとこのォ!」

「2ケツとは剛毅じゃあねえの! 怪我ァしねぇようにな! ギャハハ!!!」


 そう声をかけて来たのは左隣にいたライダー二人組で、サラは「お久しぶりです、ピーターさん、デニスさん!」と答え、エリはその二人の顔を覚えていなかったが、それぞれのマシンを見ていつか自分が整備してやったものだと気づいた。


 二人は血縁関係にないがそっくりだ。というのも、元々筋肉質な彼らが顎髭とジージャンとグローブというお揃いのファッションでキメているのだから無理もない。エリは結局どちらがどちらかは判断しかねたが、どうせ二人は一緒にいるのだからニコイチで覚えればいいかと諦める。


「いいマシーンじゃあねェかァ! 街一番のメカニックが造ったバイクと闘えるなんて、それだけでこのレースに参加した価値があるってもんだぜィ!」

「その通りだなァ! でも危ねェと思ったらすぐに救護班を呼べよなァ! 怪我しねェように! ギャハハ!!!」


 そう、参加していたのだ。エリとサラの二人は、突如としてスタァライト・シティの高速道路上に設定された違法レース、『デッド・ホット・ランブルDHR』に参戦していたのだった。


 駐車場には全てのレーサーたちが詰め、その始まりを今か今かと待ち望んでいる。昼間だというのに、住人のほとんどはレース観戦のために表に出てきていた。元々祭りが大好きな奴ばかりなのもあり、サービスエリアの空き店舗で食べ物を売る者まで出る始末だ。


 実際、ピーターとデニスはそういった催しも堪能しているらしく、合成肉フランクフルトを頬張っていた。

 

「急なレースなのにすっげェ人が集まってるとは思ったが、やっぱ祭りは特需を生むもんだァ……! 最高ッ! やっぱり、ペッパー・カーチスって奴は噂に違わぬ伝説のライダーらしいなッ!」

「そりゃそうだぜィ! 今や栄光なき地上を走る伝説の走り屋と、点々と様々な街に赴いては違法レースを開催する違法ライダー集団、ホット・ホイールズ! たぎるぜ、たぎるよなァ! でも冷静にならないと怪我ァするぜ!」

「お前ェらは二人だけかッ! チームはッ!? まあ、俺らも二人だけだがよォ」

「いや、二人だけとはちゃうぞ」


 エリは車体の右側を指差し、二人組は覗き込むようにしてエリたちの向こう側を見た。すると、サイドカーがついており、そこに乗っているのは――


「なんだぁ!? 頭が!」

「プラネタリウムみたいな半球状じゃあねェか! 怪我か!?」

〈否定。私、SST-8000はプラネタリウムではありません〉


 スーツを着た、頭が黒半球になっているスーツ姿のロボット男。合成音声が告げる。


〈スタァライト・シティの視察を正しく行うため、この祭事に参加しています〉



・・・



 今朝。エリの目覚めは最悪だった。天才の眠りは妨げられてはならないという個人的絶対規範自分ルールを破られたからであった。「ちゃんとした理由ワケがあるんやろなぁ?」と食ってかかるエリにジョセフは大まかに内容を説明した。今日は統治企業による視察の日であり、予算削減のためにロボットがやってきたのだ、と。


 エリは呆れた顔で、奥の席に座るSST――客人は丁重にもてなしたいので少し待っていて欲しいと伝えると納得し、待機状態に入っている――を見やり、


「それで、わっしをこんな時間に起こしたっちゅーわけか」

「ロボのことなら一番詳しいでしょ、エリくん。頼むよ、街を救うと思ってさ」

「こいつを改造せえっちゅうんか? 別にええけど、関係者全員首飛ぶど」

「何ィ!?」

「それは……」


 キールが驚愕した後、タヌマが厳かそうに口を開くので皆がそれに集中した。


「それは、困るな」


 場が静まり返る。静寂の合間に「お冷です」「私は水分を必要としません」と、奥の席で業務に徹するサラとSSTのやり取りが流し込まれた後、一番に口を開くのはエリだ。


「なんや、大したこと言わんなこのおっさん」

「おい! タヌマさんに向かってなんてことを言うんだ! 言い方に気をつけろちんちくりん!」

「ンやとォ!? おどれ喧嘩売っとんのか、うちゃるぞコラ!!!」

「上等だ! 表に出ろ!」

「まあまあまあまあ……」

「マスター、なんだこいつは!」

「マスター、なんやこいつ!!!」

「店長ね……」


 そう置いて、ジョセフが改めて互いを紹介する。


「視察の日なぞ毎年気にしとらんかったな。タヌマのおっさんは言われてみれば見たことあるような気もするけど、こいつは知らん」

「こいつって言うな! お前のようないかにもトラブルを起こしそうな奴がいたなんて知らなかった、クソ……」

「そりゃ、僕が引き合わせないようにしてたもん」


 エリとキールの二人は驚いた顔で、グラスを拭くジョセフを見る。その横でタヌマはこらえるように笑う。


「実は毎年、視察の日に合わせて物品の修理とかをお願いしてたんだよねぇ。今年も本当は朝一で修理依頼するつもりだったし……」

「な……」

「悪気はなかったんだよ? ただ、ね、キール君と相性悪そうだなって」


 エリは声も出ない。そりゃ、自分でも目の前にいる男とはソリが合わないと一瞬で察知したが、全てを見透かされて図られたのだと言われると唖然とするしかなかった。ジョセフはなんだかんだ言って老獪なやり手であり、同時に「エリは修理に没頭したりしていないと何かと騒ぎを起こしかねないから」とは言わない優しさも持っていた。


「あっはっは! 狂犬注意ってワケだ!」

「おどれ……」

「実はお前も、だ、キール。いつも昼飯を買いに走らせてただろう。あの時間帯は嬢ちゃんが起きてくる時間なんだ」

「え……」


 高笑いをするキールはタヌマの言葉に一瞬で凍りつく。若い二人が静まったのを確認して、タヌマは言う。


「それで、結局どうする。この街で一番マシーンに詳しいって聞いたんだが……嬢ちゃん……何か、無いか」

「僕らには改造くらいしか思い浮かばなくてさ。それか、データカードを差し替えちゃうとか。中枢をごまかしちゃえばいいんでしょ?」

「マシーンて。データカードて。企業戦争のときでももうちょいハイテクやったんちゃうか……」

「現場はそれで通ってたんだよね」

「そんなもんだ」


 エリは乾いた笑いをもらしながら首を捻って、何かを思いついて言う。


「とにかく、内部への改造は絶対にアカン。リアルタイムで評価を送っとるわけやけど、その送信プログラムに異変が起こったら察知されるやろうし、そうでなくても改ざん行為はどっかのタイミング絶対に気づかれる。そーゆーもんや」

「……じゃあどうするって言うんだ。こんなイカれた街を見せても結局同じじゃないか?」

「そう、だから、判断基準そのものをズラしてやりゃええ」


 噛みつくキールにエリが答える。


「あくまで『この街ではこれが正常』なんやと判断される限りは問題ない。もちろん企業法に触れりゃ一発アウトやけど、視察プログラムなんやし『文化』として判断される分には緩く判断されるはずや。アップロードされた報告の内容は向こうでは精査されないから、目の前のプログラムだけを騙せばええ」

「どうしてだ。動画でも撮ってるんじゃないのか」

「ならロボットでなくてもええやろ。コスト削減の為なんやから、あのSSTとかいう奴は評価の点数を送るだけ。点数さえよければ本社の連中は気にせえへん」

「本当かぁ?」

「……って、知り合いのプログラマから聞いたことがある、気がする」

「おい、急に怪しいな」

「せやけど、信じるしかあらへんやろが。幸い、『もてなすため』なんていう適当な理由で待機状態にできるくらいの柔軟性とザルさはあるみたいやし」


 エリの頭に浮かぶのは色とりどりのエンターキーが縫い付けられたアフロ頭だった。彼女がエリに伝えたことはただ一つ。「ガバそうな対人プログラムは押せ押せでなんとかなる」。


「じゃあ、とりあえずは、騒ぎ全般を当然だと思わせればいいんだね?」

「当然……というよりは、問題無い、って感じやな。人が死んで当然、だと一発アウトやろうな。人が死んでも実は生き返るから問題無い、って嘘ついて信じさせられるんならセーフや」

「……難しいね」

「具体的にはどうすればいいんだ?」

「……」


 ロジック自体は完成したものの、最終的なキールの問いには答えられないエリは腕を組んで俯き、思考モードに入っている。つられて全員が同じポーズで考えを巡らせていると、


「外のお祭、盛り上がってますねえ」


 結局お冷を下げて来たサラが言う。そういえば、外の馬鹿騒ぎも収まっていない。解決すべき問題は山積みだ。突如街で開催された違法レースを、どう視察の目から隠せばいいのだろう。


「毎年やってるんですか?」

「まさか、あんなもん――」


 サラの問いに、エリは答えながらハッとする。「サラ、外の騒ぎ、どう見えとるんや」と訊くと、この街に来てまだ一年も経っていないサラは、


「いつにもまして賑やかだなぁ、って。叫び声とか聞こえますけど、皆さん楽しそうですし。あっ、よければ、エリさん、あとでお祭、見に行きませんか……?」


 などと、少し恥ずかし気に。つまり、詳細を知らない者からは、こういう風に捉えられることもあるのだ――


「サラ……」

「……はい」

「……やっぱおどれ、最高やわ」

「へっ!?」


 立ち上がり、サラの両肩を掴むエリに、ぼんっ、と顔を赤くするサラ。流れを理解できず首を傾げる男三人にエリは宣言する。


「あの祭に、わっしとエリも参加する!」

「えええええ!?」

「あらら、どういうこと!?」

「なぜだ!?」

「……わからん」


 驚く全員は気にせずに、そのままSSTの座る席を向いたエリは、


「おい視察屋! おどれも参加せえ。この街を理解するんなら、あの祭に参加するんが一番や!」


 さらにはSSTにまで外の騒ぎに参加しろと言うのだ。あまりに唐突なことで混乱する三人は小声で言葉を交わす。


(おいおいおい、あいつどうしちまったんだ……!?)

(わからないけど……エリくんのことだから……うーん……)

(……嬢ちゃんのことだからなぁ……)


 タヌマが言う。


(どさくさに紛れて……視察ロボットを……)

「アホか! するか、そないなこと」

「おい! 言葉強いぞ! タヌマさんがしゅんとしちゃっただろ!」


 聞こえていたエリが言い返し、キールが歯を剥く。タヌマが俯きながらキールを押しとどめて、「じゃあ、どういうことなんだ」と問うと、


「どういうことも何も、そんままや。SSTにも、この最高に楽しい祭を楽しんでもらわにゃ。わっしらだけで楽しむなんて勿体ない。せっかく来てくれたんやから、もてなさんとなぁ」


 エリは笑顔だ。口角の端には邪悪さすら匂う。何も言えなくなっている三人を後目に、


「さあ視察の任を果たすんやろ。わっしらに着いて来んかい!」

「ええっ、ちょっと、エリさん、二人でじゃないんですか!?」

(レース終わったら一緒に露店廻ったるから、な、頼むわ)

(……約束ですよ?)

〈私は……〉


 小声でやり取りをする二人に、SSTは言った。


〈私は、視察の命を受けてやってきました。ですから、どんな問題も見逃すわけにはいきません〉


 半球男が立ち上がる。


〈参加しましょう、その祭に〉


 唖然とする三人、剛腕と勢いで事態を前に進めるエリ、悔しくもあったが「これも試練だ、『試練を超えて深まる仲もある』と前読んだ雑誌にも書いてあったし」と前向きになるサラ。


 かくして、レースは始まる。



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