ハイ・ロー・ゴースト・キャット③

「あ! またありました! AIうんち!」

「よし! でかした!」

「ええぞ~! もっと集めたれ!」

「頑張ります!」


 首裏のケーブルをモニターに繋いで物言わない給仕服のロボットと、盛り上がる白衣白髪と革ジャンアフロ。電子ネコを探し始めて30分、幸先のいいスタートだった。なぜネコ探しがうんち探しになったのか、それはサラがサイバー空間『回覧板』にダイブする前の話に遡る。


「サラ、あなたはAIだけど、だからといって回覧板に入れば他のユーザーと同じように仮想的に構築された街に放り出される。……ように、インターフェースを作ってある。だから、基本的には街中でペットを探すのとそう変わりはないってことを覚えておいて。性質の方も普通の猫を模してるから、路地裏とか、換気扇の下とかを探せばいい」

「じゃあ、本当に、普通にネコちゃんを探すつもりでいいんですね」

「うん、とりあえずは」


 エンターの話をサラはうんうん頷きながら聞いていて、その足先が楽しげに揺れているのを、エリはカウンター席で見逃さなかった。小腹が空いて注文したサンドイッチ――合成小麦のパンを薄く切ったものを焼き上げ、油と塩を挟んだもの。最近の安価なパンは食感が良い代わりに塩味の加減が難しく、エリが知る限りこのシンプルかつ奥深い料理を完璧に仕上げられるのは店長だけだ――をパクつきながら、疑問に思った事柄を投げかける。


「見つけるところからやらにゃいかんの? 一括でネットワーク走査して場所の目星くらいつけれへんのか」

「ホントはそうするべきなんだけど、リソースがカツカツでね。計算資源も利用者のコンピュータから間借りしてんのよ。なんせ死にかけの街ですから」

「ああー……そりゃそうか」

「局所的に発生する遅延が致命的で、運が悪かったら巻き込まれたデータが破損するかもだしね。だから、地道に痕跡を追っていくことになる。それも、同類にしか気づけないような」

「同類――AI同士でしか気づけん符号が?」

「そういうこと」


 得意げなエンターに、エリの脳内は「もったいぶらず簡潔に教えろ」という気持ちで満たされたが、恐らく実際に見た方が早いのだろう。サラの『回覧板』ジャックインの準備が完了し、エンターの枝分かれした銀腕の内2つが稼働する。最大限の性能でサイバー空間を活動できるよう、コンピューティング用の数値をモニタリングしていた。


 ジジ、と微かに静電気が鳴ったかと思うと、アウリン店内に小さく高周波が鳴り始め、間もなくサラの人格はサイバー空間へと入り込む。ディスプレイにサラの様子を疑似的に三人称視点で再現、描画した様子が出力され、エリも席を立ってエンターと共にディスプレイを覗き込んだ。


 そこにあるのは、ローポリながら雰囲気は捉えて質感が再現された仮想の街だ。モデルとなったのは在りし日のダウンタウン。摩天楼の隙間から青空が覗き、カラスがシルエットだけ飛んで、湿度が高く見えるよう光が反射する。細部にまで目を凝らすと粗はあるが、誰もが場所を想起できる、絶妙なクオリティで作り込まれた空間だ。


 行き交う人々はまばらで、皆クーロン城の住人なのだが、見知らぬ顔もある。これは、あまりに知り合いだらけの封鎖的なコミュニティから抜け出し、「街中」という他人同士のプライベート空間を望んだ住人が外見を変えているからだった。正体が誰かは詮索しないのがルールだ。


 それはそれとして、サラの服装も給仕服からストリート仕様に、スウェットとスキニーパンツに変わっている。エンターの趣味で選ばれたファッションだった。


「っと、入れました。これ見えてます~?」

「バッチリ見えてるよ。カメラはこっち。……キャップもあった方がいいか」


 エンターがキーボードを叩き、分かりやすいようにカメラオブジェクトを表示させつつサラの頭に黒いキャップを被せる。周囲を見回していたサラはカメラに気づくとぴょんぴょん飛び跳ね、手と共にキャップを振り振り応え、


「じゃあネコちゃん探しスタートですね。とりあえず路地裏の方に入ってみるつもりですけど、大丈夫です?」

「それでOKよ。路地裏に入ったら、そこにある痕跡を探して。AIであるあなたなら多分、変な言い方だけど肌感覚で察知できるはず」

「痕跡、ですか」

「あの猫の行動パタンには食事の振る舞いが組み込まれててね。辺りのゴミ情報インフォを食べて無意味な羅列に変換するように設定してあるの。だから猫がいた場所にはそういう、不自然に無意味な情報が散乱するはず」

「……AIのうんこっちゅーことか」


 呆れた目でエンターがエリを見る。エリは何やら嬉しそうな顔でいるので、こいつは精神的にはもっと幼いんじゃないかという疑念がよぎる。少しの間をおいて、エンターの反応は、


「言わないようにしてたんだけど……。本来は自身に蓄積されたキャッシュの有用性を判別して、不必要ならセキュアな形で廃棄する忘却プログラムなんだからね」

「なら余計うんこじゃろ。しかし、『回覧板』の中でそれをやっとるっちゅーことは、相当量ばら撒かれとるぞ。ローカルネットの匿名掲示板なんかまあ消してええもんばっかりじゃ」

「そうですねー」

「うん、そういうのは特に重要度プライオリティが低く設定してるから、ログはだいぶ食べられてると思う。……サラ、よかったね」

「え゛!?」


 何やら難しそうな話をしているなと猫の痕跡探しにいそしんでいたサラに、エンターが急に話題を振る。不意打ちを喰らって声が裏返る彼女に、


「メンテするときにオープン状態でプールされてる情報と付随IDは確認しててね。あんた匿名でよくポエム書いてるでしょ」

「な゛っ゛、ちょっ」

「毎回削除手順間違えてるから一つも消えてなかったんだよね。IDはエリの端末からだったけど、こいつそういうの絶対しないしサラだろうなって」

「なら言ってくださいよぅ……ええ、どこまで見られて……?」

「『たとえばこの気持ちは雲の間から差す陽の光がスモッグに反射した――」

「わ~~~!!! なしなしなし! 黙ってください!」


 恥ずかしさと怒りが半分ずつでサラが叫ぶ。ごめんごめん。エンターが笑いつつ「いや~怖いよねネットって」とぼやき、エリは「そいでわっしの端末借りとったんか……」と納得しているようだった。


「あ! 見つけました! 仕事しましょう仕事! まじめに!」


 サラは痕跡を見つけたらしく、話題を必死で断ち切りつつ追跡を始めた。



・・・



 そうしてサラは想定の倍以上の速さで電子ネコを追跡し、「ヒーリング・ジャングル」ワールドや「炎を見つめよう:大きな篝火かがりび」ワールドを抜け、雑居ビル建ち並ぶ「オールド・ワールド・ブルース」ワールドにて本体を発見した。


 オールド・ワールド・ブルースはスタァライト・シティが運送業で栄える前、クーロン城ができる前の町並みを再現したサイバー空間で、昔の街を知る有力な老人たちがスポンサーについて計算資源を提供しているだけあって細部まで作り込んであるワールドだった。


 単純に処理できる情報の量が多いので、他のワールドであふれたキャッシュやネットワークのいくつかの操作の処理もここで行われている。だから、情報を食べるゴーストである電子ネコにとっては最適な餌場であり、ここに集まるのは必然とも言えた。


 が、問題は他にあった。


「エリさん、エンターさん、猫ちゃん、見つけました、けど」

「な……」

「どないなっとんじゃ、これ……」


 その黒猫はデカかった。具体的には高さが6、7メートルほどある化物じみた大きさだった。あまりの巨大さにそういう建物かと勘違いするほどだった。巨大電子ネコの前には一人の若者が立っていて、サラのことを認めると駆け寄ってきてこう言った。


「ああ、サラちゃん、ええところに来た。たいへんなんじゃあ、マサがあの猫に食われてしもうた!」

「えええ!? 誰、あっ、ラームさんですか!」

「おい! どういうことじゃ輸入屋!」

「ああ、エリちゃんも――エンターちゃんもいるんか、これは運が良かったかもしれん」


 サラについて回るカメラの下にはモニターがついていて、外にいるエリとエンターの様子を映し出していた。クリーニング屋のマサとは50年来のマブダチである輸入屋のラーム翁の話はこうだ。


 いつものように昔を懐かしんで古い町並みで当時の外見を再現したアバターを使って散歩をしていたところに猫が現れた。猫好きでもあるマサは猫とたわむれはじめ、輸入屋として数々の商品を扱ってきたラームはその観察眼から仕様を察し、この電子ネコが情報を食べるということをマサに教えた。そうしてマサによる餌付けが始まってしまった。


「最初はちょっとにしとけよって言った。ゴミ情報ばっか食う猫だからって。なのに、マサ、あいつは昔から人の話を聞かねえ!」

「それで、食べさせた情報っていうのは?」


 エンターの問いにラームは震えながら、


「色々だ。せっかくなら美味しい情報がいいよねとかワケの分からねぇこと言ってケーキの情報だの魚の情報だの、果てはキャビアだ!? むちゃくちゃだ!」

「おーう……マジか」

「どないした、エンター」


 ラームの話を聞いて頭を抱えるエンター。エリが訊くと、エンターは恐る恐る言葉を繋いで、


「ラームさんの話を聞きながら猫の観察してたんだけど、取り込んだ情報を自分に応用しながら再生・再現してる。今ケーキのターンなのかな……ちょっと好奇心旺盛にし過ぎたかも……いや、まず権限が……」

「要点言わんかい!」

「たぶん、次は増えて泳ぎ出すよ」

「は?」

「大変です!!! ネコちゃんがまた大きくなって――」


 言った瞬間だった。に゛ゃ゛あ゛お゛。電子ネコが爆発する。否。爆発したかのように思えた猫の黒い破片の一つ一つが小さな猫に変わっていく。その猫の下半身には魚のようなヒレが生えており、あえて言葉で言うのなら猫魚にゃーぎょとでも。


「なんじゃあ!?」

「魚を夢みた猫……完全に取り込んだ情報から自身の存在をアップグレードさせて……完全に、繁殖を始めようとしてる。まずいよこれは。野生動物が過度に繁殖し始めていいことが起こった試しなんてないんだから」

「言うとる場合か!」

「エリ……さ……エン……」

「!?」


 サラの通信が急に途切れたことに気づいた二人が会話からモニターに戻るとサラのか細い声。見ればカメラに写るサラが固まって、いや、超スローになっていた。


「まずい――秒間フレーム数が2くらいになってる」

「処理落ちか」


 本来の設計では想定していない――いや、万が一で想定しつつもかけられるコストから目をつむっていたボトルネックだった。旧時代の計算機を拡張、延長して繋がれたローカルネットワークの限界。


「猫が増え続けてるんだ。急激に増殖した猫の描画が追い付いてない!」

「あ……悪夢じゃ……」


 弱々しくエリが呟く。


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