第3話

『続いて神奈山県のお天気です。今日は曇り時々晴れ 降水確率は10パーセント 最高気温は21度 暖かくなりますが風が強いでしょう』


「だってさ。卒業証書を風に飛ばされてなくさないようにしっかり持ってなさいよ」


「大丈夫だよ、そんなの」


「あんた、せっかくの私の忠告を無視するわけ?」


若干の殺意を感じさせる姉の言葉に僕は素直に従った。


「そうだね、気をつけるよ。ありがとう」


今日は卒業式。いろいろあったけどあっという間の3年間だった。


体育館での式のあと、それぞれのクラスで最後のホームルームが行われた。

僕のクラス担任の山田先生は、教師になって初めて担任を持ったのが僕らの学年で、当然ながら初めて教え子が卒業するということで『みんな、卒業おめでとう』と言ったあと感極まって号泣してしまった。女の子達も泣いている。僕もこらえていたが、ダメでした。


『起立!気をつけ!礼!』


「みんな元気でな!困ったことがあったら一人で悩まないで俺のとこに来いよ!」


山田先生は真っ赤な目でひときわ大きな声でクラス全員に呼び掛けた。


校庭に出て別れを惜しむように友達と話していたら背後から声を掛けられた。


「宏樹くん、ちょっといい?」


振り向くと同じクラスの女の子三人組だった。声の主はクラス委員の伊藤さん。


「伊藤さん、何?」


「敦子が宏樹くんにどうしても言いたいことがあってね」


そう言うと伊藤さんは一歩下がったところにいる市川さんに『ほらっ!』と背中を押して僕の前に立たせた。


「あの、えーと、あのー、私、中邑くんのことが好きですっ。こんな私だけどもし良かったらお付き合いしてくれませんか?」


市川さんは顔を真っ赤にして所在無さげに下を向いてモジモジしている。


「市川さん、こちらこそよろしくね」


僕の返事に彼女の顔がパーッと明るくなるのがわかった。

「敦子、良かったね!」

市川さんは友達にもみくちゃにされ祝福を受けていた。


「よっ!宏樹やるじゃん!」

「マジか、俺、市川のこと好きだったんだけどなぁ」

僕は僕で周りの友達にいろいろ言われ、ツーショットやみんなで写真をたくさんたくさん撮った。


どれだけみんなと話していただろう。


「じゃあ、またな!」


桜の花びらが舞う中を卒業証書をしっかり握りしめながら帰路についた。


ひとり感慨にふけって歩いていると桜吹雪の向こうに澄さんが立っていた。きれいな髪が風に舞っている。気がつくと花屋の前だった。


「遅いぞ、少年!」


澄さんは髪をかき上げながら無邪気な笑顔で僕に呼び掛けた。


「宏樹くん、これは私からの卒業祝い」


そう言って澄さんは花束を僕に手渡した。手元にはリボンと一緒に見慣れたバンダナが巻かれて飾りつけられている。今まで見たなかで一番素敵な花束だった。そしてそれは明るい色の花たちで作られていて、まるでこれからの僕の将来を祝福するかのようだ。


「スイートピーの花言葉は『門出』と『優しい思い出』 宏樹くんの門出を祝して思いを込めて作ったんだぞ。卒業おめでとう!」


「ありがとうございます」


僕が深く一礼すると、澄さんはうんうんと頷いて、あの優しい表情を浮かべていた。


世界で一番素敵な花束を持った僕は、桜の花びらが美しく舞うなかで初恋を卒業した。

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花と初恋 きひら◇もとむ @write-up-your-fire

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