#19 そして我ら星を眺め

小笠原旅行、最後の活動は星を眺めることだ。真夜中に私たちは動き始める。夜の先が見えない道路の中で進んでいく。各々が大まかに散開して列をなして歩いている。「キュッキュッ」という音が暗闇の中でしたものだから、何の鳴き声か?というところで誰かがガイドの人に質問した。


ガイドの三日屋さんは涙道さんの後に来た人で、40歳くらいのおじさんである。生物の知識に関してはガイドの中でピカイチらしい。


「これはヤモリの音ですよ。なかなか聞くことはできないと思いますが」


「でも何かヤモリの鳴き声の中に他のものが聞こえません?」


赤嶺はそう言った。


「では皆さん、むしろこれは何だと思います?私は見当が大体ついてるのですがクイズしてみましょう」


「なんだろう。鳥っぽいかなあ」


と書籍院。


「鳥だとしたらメジロとか?」


「いえいえ、違いますよ。確かに似ていますが。まあこれはバッドクエスチョンかもしれません」


そのあと沈黙が少し続いたあと、赤嶺がその発言の意図をようやく理解してこう述べたのだ。


「ああ!コウモリですかー」


小さなどよめきが私たちの間で起きた。このジョークの面白さはその場にいた人間しか理解できないのだろう。私はいまいちだったが。


────────


環凪都々と星の瞬きを見る。


天体観測の場所にまで登ってゆくとそこには光を放つものが何もなかった。真っ暗になり、星の輝きだけが空に浮かんでいる。


「あれが夏の大三角形」


環凪都々は私に向かってそんなことを説明した。


「星に詳しいんだっけ?」


「知ってるだけ」


本当に──環凪都々はなんでも知っていた。


「じゃあ、あの怪物がなんだったのかわかる?」


「あなたの話の文脈が繋がらないのはいつものことだけど、残念ながらその答えはノー」


暗闇の中に目を凝らすと、今もまだその怪物が山の上に座している。カエルの口は開けられていて、花が咲いたみたいに舌が何個も枝分かれしていた。舌の先はチロチロと蠢いている。


「あれが最終段階ってやつ?」


「んー、厳密には違うって回崎さんは言ってたよ。その先があるから。でも誰も見ることはできないみたいだ」


「なんで?」


それこそなんでも知っている環凪だってわからないのだ。


「私はそれがいいことだって、思ってるからそれでいいかな」


「ふぅん」


段々と崩れてゆくその紫色の木は、カエルだけを残して分解されてゆくように見えた。器が徐々に縮退していって、小さな醤油差しくらいにしかならないようになっていった。


「崩れていってるね。星よりもよっぽど綺麗だ」


「その感性はよくわからないけど──」


木の土台の部分が崩れ去って、カエルが下に落ちてゆく。


「星は綺麗だと思うよ」


私はきっと彼女のことが好きなのだ。伏線がどこら辺にあったのかはわからないけど、私の満足によっての無意識の被害者である彼女に、ここで告白ないし謝罪してしまうのは間違いではない。


満足とは、無意識の被害者を産んでいるのだ。もちろんそれが怪物の崩壊と関係しているなどと、セカイ系みたいなことを宣うつもりはない。だがしかし、それを見てどう解釈するかは自由なのだと、それっぽいことを回崎は言っていた。


外部からの反応に鈍感であるということは、何の罪なのか。作為と不作為という有名な倫理的な問題がある。私たちはこの世界に自分より飢えている人がいるということを知りながら、食べ物を残している。100円くらいの募金をして、1人の人間を救うことは可能だ。1000円募金すれば10人は救うことができる。知らなければ、救うことはできない。知った上で何もしないということもできる。


では、私が何を知って何をしなかったのか。人の好意を知って、それを無視したのだ。この状況に満足して、それを放したくなかったから、無視をしたのだ。こうして多数の倫理問題を経由した上で出てくるのが、一介の女子高生の恋煩いとは笑えるものだ。


「星が綺麗って告白?」


色々なことを言っていたって、私はやり方が上滑りしていくだけなのである。斜に構えたことを言っては、なかなか答えに辿り着けないでばかりいる。


「そうかもしれない」


なんてことを環凪都々は堂々と言うものだから、じゃあからかいたくなってきてまた斜に構える。


「じゃあキスしてみて」


何もわからない。

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