#5 解説



船が降りる時間になったのにも関わらず出てこない生徒を探していたら、全裸だった。蛇姫奏多は一糸まとわぬ生まれたままの姿で大の字になって寝転がって、その露出を船の底で密かに楽しんでいたのだ。


よく見ると蛇姫は右耳にピアスをつけている。これまで気づかなかった、というより教師の目の前では意図的に隠していたのだろう。


桜道がその部屋の電気をつけたとき、蛇姫はピクリとも体を動かさなかった。裸になって何をするというわけではなく、ただ空虚なところを見つめていたのだろうか。それはそれで不気味だが、裸で一人になって何かをしている方が問題だっただろう。


「蛇姫……さん?」


困惑によってなかなか声が出てこなかった。おそるおそるその名前を出し、まずは何をしているか明確にしようとした。


「はい」


地面と……正確に言えばこの下は海であるが…一体化している彼女はそのままの体勢で答えた。


「私はここにいます」


「まず起き上がってもらえる?」


「わかりました」


彼女はおもむろに起き上がる。姿勢を正し、正座する。


「ああ……あなたが蛇姫さんで間違いない?」


「はい。私が蛇姫です」


「それで……あなたが裸になっていてた理由を聞かせてもらってもいい?」


「話せば長くなるのですが、端的に言えば私が露出狂の変人だからです」


船のシャワールームはそれほど広いとはいえなかった。だがしかし浴室としての体裁は結構しっかりとしていて、湯船こそないものの声がしっかりと反響する作りだった。「露出狂の変人」という単語が室内にこだますると自然とバカらしくなってきた。


「私がなぜあなたを探してたかはわかかる?」


「あ……すいません。放送が聞こえてませんでした」


桜道はどんな発言をしたらいいかわかっていなかった。


「とりあえず服を着てもいいわよ」


「はい。わかりました」


彼女はおもむろにその辺に散らばっていた服のうち、制服のスカートを掴む。下着を着る。ブラジャーをつける。


「ではもう一度」


深呼吸した。


「なんであなたは裸だったの?」


「何度でもいいます。私が露出狂だからです」


おおむね彼女は服を着た。そこにはいつも通りの蛇姫が立っていた。


「もっと詳しく言うとすれば、この船の底には人を露出させる魔物が住んでいるのです。具体的にその魔物は"露出しやすい場所"ということですが」


(私は一体誰と話しているの…?)


桜道は訝しんだ。いつもは教室の片隅で自分の世界に閉じこもるように音楽を聞いている彼女が、狭い船の中では自分に対して正直に開放的でいれるということが素直に理解できなかった。


「あなたは露出できる場所があればそうするの?」


「いや、そんな拙僧のないことをするわけがありません。今日は特別ですよ。実のところここには他の人もいたんです」


「それは……うちの学校の子?」


「違います。女の人です。その人も私と同じような悩みを抱えていたのですが、さすがに露出はしないと仰ってました」


「……わかったから、もう行きましょう。みんなが待っています」


────


客らの列に紛れて船の外に出ると車が用意されていた。その車の中から現れたのは30代くらいの小綺麗な女性だった。どことなく上品な雰囲気を感じさせる。しかし私は人の年齢に疎いところがある。もしかしたら歳を少なめに見積もっており、本来は40歳くらいなのかもしれない。


「相模湖総合高校の皆さんですね。今日はよろしくお願いします。私は小笠原観光の涙道と申します。以降、あなた方の旅行の案内を担当させていただきます」


少女先生が来る。


「すいません、桜道がちょっと生徒を探しているようで…先に行っててもらえますか。私が他の班を引き継ぐので」


「生徒さんがいないのですか?」


「いや、本当に大したことがないみたいです。先程桜道から連絡がありましたから」


「それならばよかったです。では他の皆さんは私と一緒にいきましょうか。幸先不安なところもありますが、せっかくの旅行。楽しくいきましょう」


少女先生は電話を取る。相手は桜道先生だろうか。


いくつかのチームに分かれた我々相模湖総合高校のメンバーは、別々の車に乗り込んだ。


「ここ小笠原村父島は総面積23平方kmごく小さな島です。これはおおむね東京都の渋谷区と同じくらいの面積です。ちょっと大きいですかね?」


車は左右に木が生い茂った狭い道に入っていった。他の車はほとんど通らない。そもそもここに車はどのくらいあるのだろうか。


「最初は無人島でしたが、1830年にハワイ王国からの移民が初めてありました。ここに住んでいると人にはハワイ王国の血がうっすらと残っている人もいますよ」


「車の窓を開けてもいいですか?」


「いいですよ。エアコン弱くてすいません。これ以上強くできないんですよね」


車は森の中を出て、山を登る開けた道に入った。坂の頂上付近にはみたことがない標識がある。ヤギ侵入注意だ。


「あの標識はみたことがありません」


「ここは国立公園でもありますからね。特別な自然を保護するために色々な措置がとられているんです」


「なるほど」


「何と言ってもここではイルカやクジラが生で見れますからね。生態系も独特です。この島は一度も大陸と繋がったことがありません。そのため、独自の進化で発達した生物が見られるというわけなんです」


遠くには山が見える。それほど高くはない。電波塔の目視した高さから考えると100mくらいだろう。


「あの……あれは何?」


私たち同じ車に乗り込んだ赤嶺がそう言った。彼女はこの島で唯一と言っても良い大きな山の上を指している。


「あれは中央山ですね。この島で1番高い山です。我々もこのあと山頂に向かいます……とはいえ、歩いても10分ぐらいですよ」


「いや、山じゃない方。山の上にある方ですよ」


「?」


「あそこに棒に乗っかった器みたいなのがありますよね?」


「あれですか?電波塔じゃないですか?」


2人が会話している内容に致命的な齟齬がある。私がその山を望むと確かにそこには「棒に器を乗せたやつ」がある。おおむね紫色の光沢がある棒はどうやら木のように枝分かれしていて、その先には円盤が何個か付いている。明らかにその造形は植物の真似をしているが、色合いや質感から全然違うように見える。


「電波塔じゃあなくて紫色の木みたいなやつ、見えません?」


「何のことですか?」


その通り、見えていないようだった。生徒たちの間に困惑が生じる。その「木のようなもの」の上部分にある盃は煙とともに粘度が高そうな液体を溢れさせた。


「溢れてるよ」


私がそう言うと赤嶺も頷いた。


「見えてる?都々」


「私は皀理とみんなが何を言ってるのかさっぱりわかんないよ」


都々は見えていない。つまり、旅行案内の涙道さんだけが特別見えていないわけではない。


その紫の枝を持つ木は、その盃から爬虫類のような生き物を出現させた。生徒たちが一層動揺する。


「うわっ」


私は思わずそう言った。その理由は盃から現れた生き物が侮蔑的な見た目をしていたからだ。気持ち悪い、人間としての感覚がそう訴える。


「何あれ……」


まず丸々と肥えたその体である。あまりにも太っているので自力でその盃から出るのは無理だろうと確信させるほどだ。ただ、盃は相当高いところにあるので、怪物と盃の自重で倒れてしまう可能性は十分にあった。体の手前には腕が2本生えているが、全く完全に退化していた。舌が常に剥き出しになっている。涎が液体と混ざることで煙が発生するのだとわかった。


「ギャァァァァァァッ!」


車は窓を思いっきり開けていた。直にその声が入ってくる。


「……今の音は?」


この音はさすがに涙道さんも気がついたようだ。


「だからさっきからそこに……!」


いない。もう一度見るとそこにはさっきまでいた怪物たちがいなかった。消えていたのだ。煙も、怪物も、そこには何の痕跡も残さなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る