第3話 勇者一行

 レオ姉が私の家を訪ねてきてから数時間後、太陽が地平線から顔を覗かせ、徐々に活気が出てきた頃。私は王都の噴水広場でレオ姉が連れてくる勇者一行を待っていました。噴水の縁に腰掛け、足元の石畳を飽きるほど見つめていると、不意にレオ姉が私を呼ぶ声が聞こえてきました。その声に顔を上げると嬉しそうにこちらに手を振り、先頭を歩くレオ姉以外にも3人の人物が私に向かって歩いてきました。


 レオ姉の次に歩く二人は二列になってこちらに向かっており、私から見て左の人は白の胴着から覗く筋骨隆々な肉体が印象的な老人です。髪や眉毛は白髪になっていますが、それらとは対照的に黒い目は鋭い目線をこちらに向けています。それほどの年を経たにも関わらずその背は曲がっていません。むしろ隣に居る男性の方がやや見劣りするほどの見事な体格です。


 対してその隣に居る男性は一見すると優男と言った印象を受ける金髪碧眼へきがんの男性です。白銀の鎧に赤いマント、そして腰に下げた剣から察するに彼が勇者なのでしょう。先ほどの老人――こちらは武闘家の方でしょう――が彼に耳打ちをすると勇者の彼は私に目線を送ると微笑みました。ですがレオ姉にひと睨みされるとその表情は一変し、しょんぼりとしてしまいました。


 最後にその二人の後ろにいたのは赤味を帯びた褐色の肌に切れ長の金の瞳が特徴的な女の人でした。レオ姉よりも数歳上といった印象を受けるのは冷静な印象を受ける顔立ちだけではなく、女性としては高めの身長もその一端でしょう。細かな体型は纏っている緑色のローブで分かりませんがそれでもスタイルの良いレオ姉よりも女性的な体つきをしていました。道行く男性が鼻の下を伸ばしながら一行を見ているのはその為でしょう。当の彼女はそれが嫌なのか、ローブに付いているフードを深く被り周囲の視線を遮っていました。


 ともかくその三人とレオ姉の4人が勇者一行だということは各々から発せられるただならない雰囲気から見てとれました。立ち上がった私の前に4人が並ぶと、一番左にいるレオ姉が私に残りの三人の紹介を左から順にしてくれます。


「お待たせ、エレナ。金髪の彼が勇者アレクス、白髪で体格の良い方が武闘家のアルド、最後に彼女がレンジャーのレミスよ。これから共に旅をしていく仲間だから、しっかりと覚えてね?」


 レオ姉の紹介に合わせ、軽く礼をした彼らに私も自己紹介を行おうとしたのですが、勇者アレクスは微笑みながら「その必要はないよ。君がエレナ君だね?君の話はレオーネ君から良く聞いてるよ」と遮られた為、『申し訳ないけど付いていけない』という話をどう切り出そうか迷ってしまいました。


 そんな私のことはいざ知らず、レオ姉は今日一番のテンションで私のチャームポイントを勇者さん達に推していきます。


「ほら見て!あの『どうしよう……』って心配そうな顔!庇護ひご欲が掻き立てられてああ、もう私耐え切れないわ!エレナ、私の胸に飛び込んで――」

「うるさいレオ姉!ちょっと黙ってて!そもそも私は一言も『勇者さんたちの旅に付いて行く』なんて言ってないからね!?ここまで付いてきたのは勇者さんたちに断りを入れる為なの!」


 暴走し、私を抱き寄せようとするレオ姉に対して突き放すように言葉をぶつけます。その言葉を受けて彼女は気を落とします。また、同時に勇者さんも冷や汗をかきながら私に考え直すように迫ります。


「エレナ君!?どうか考え直してくれないか?我々としても君をパーティの一員に迎えたいんだ。この通りだ。頼む!」


 そう言うと勇者さんは先ほど紹介されたとき以上に頭を上げて私についてきて欲しいと懇願します。どうしてにこれほどまで固執するのでしょうか。私以上に運び屋ポーターとしての能力が優れている人はそれこそごまんといます。何せ鍛えている成人男性であれば無能力同然である私以上に重い物を待ち運べるのですから。疑問に思った私は改めて勇者さんにその理由を訊こうと思ったのですがその返答を聞くよりも早くその答えを耳にすることになりました。


「そうよ!私、エレナが居ないと旅になんていけないわ!一週間旅をして分かった事だけれど、やっぱり離れ離れになるなんて耐えられないのよ!」

「レオ姉……あのねぇ、さすがの私でも怒るよ?世界を救う旅なのに一般人同然の私を連れていくなんてどう考えてもおかしいよ……。もし私がそれでも一人旅をするって決めたら勇者さん達の元を離れて付いてくるつもりでしょ?どっちにしろ勇者さん達の迷惑になるから止めて。だから、ここからは別れて行動しよう?」


 原因はやはりレオ姉の駄々でした。恐らく、『エレナが一緒じゃないのなら一行から抜ける』とでも言ったのでしょう。魔王を相手取る勇者さん達にとって、戦力を残しておきたいのは当然です。そして、レオ姉は質の悪いことに魔法使いとしては超一流といっても過言ではなく、手放してしまうのは大きな痛手となります。なので、先ほど勇者さんは冷や汗をかいて私に『考え直してほしい』と言ったのでしょう。


 私の心は彼らと別れ、迷惑をかけることなく旅をすることで固まっていました。ですが、レオ姉は依然として私を勇者一行に、いや、自分の側に置きたいのでしょう。必死に説得を続けてきます。利害が一致している勇者さん達も同じく付いてきた際にどのようなメリットがあるか説明して考え直してほしいと迫ります。そのなかで、私の心を動かしたものがありました。というよりも、私の『能力を使わずとも運び屋ポーターが出来ると証明する』という目的を果たすためには彼らに付いていかざるを得ない状況になったのです。


「――そもそも、エレナ君は一人旅でどうやって運びポーターとしてやっていこうと思ったんだい?国通しの行き来には通行証が必要なのは君も理解しているはず。けれど、それの発行には運び屋協会ポーターズギルド冒険者協会ベンチャーズギルド等のどこかの協会に所属しなければいけない。例外は、国が必要と判断した一行、つまり僕達だけだ。それでも、一人で旅をしようというなら止めはしない。レオーネ君の事も何とかしよう」


 通行証の存在は昨日から今まで勢いだけで行動していた私の頭の中からすっかり忘れ去られていました。冷静になると、一人で旅をすることがいかに危険で無謀なことなのかを勘定せずにいままでそうしようとして来た自分が恥ずかしくなってきます。


 結局、私は勇者さんの一言で彼らについて行くことを決めました。私の力が必要だからではなく、レオ姉を手放さない為に仕方なく入れたという感じが否めない加入理由に私はこの旅が終わる頃にはそれこそ、かの有名な運びポーターの様に『旅に欠かせない要因だった』と勇者に言わしめるほどの力を付けようと決意するのでした。

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